59.インプリティング(刷り込み)
59.インプリティング(刷り込み)








普段は割と早く寝るんだけど、偶には夜更かししてみるもんだな。
深夜のTV番組で、面白い特集やってた。

テーマはズバリ、「潜在意識」。

ちょっとした仕草や小細工でサブリミナル効果的に潜在意識に働きかけ、
意中の女をオトせる簡単な催眠術みたいなのがあるらしい。

これはやってみたい。
誰かに試したい。

和谷、早く合コンのセッティングしてくんないかな〜……。





なんて思ってたら、早速翌晩飲み会があるって連絡があった。
ナイスタイミング和谷!

……って来てみたら、棋士の集まりじゃん。
なんだよそれ……。

見飽きたような同業者の顔ばっかだし、女の子少ないし。
奈瀬がちょくちょくしゃべりに来てくれるけど、そういうんじゃないんだよ。

よく知らない、ちょっとガードが堅そうな。
そんな相手に試してみたい。

なんて思いながら飲んでたら、塔矢アキラの横顔が目に入った。

後から思うとなんでそんな事思ったのか分からない。
やっぱ酔ってたのかも知れない。

とにかくオレは、TVでやってた例のテクニックを試したくて仕方なくて、
それを何故か塔矢でやってみようと思っちゃったんだ。

愛想がなくてなかなか心を開かない、そんな相手にこそ役に立ちそうで。
塔矢アキラがぴったりの練習台だと思ったんだろうな〜。たぶん。
塔矢で成功すれば、どんな女でも落とせる。

そんな訳で、オレは塔矢の視界に入る場所に移動した。
直接は全然しゃべらなくてもいいんだ。




塔矢は、年配の棋士の話を聞いてるみたいだった。
時折深く頷きながら、右に軽く首を傾ける。
作戦その一。
オレは左に(つまり同じ方向に)同じくらい傾けた。

塔矢が左の肘をテーブルに乗せる。
オレは、右の肘をテーブルに乗せる。

あ。塔矢が指の節でちょっと鼻に触れた。
あれは聞かれたくない事を聞かれた時、振られたくない話を振られた時
無意識に出る防御の仕草なんだって。

でもオレも、偶然のように反対の手の指で鼻に触れる。

塔矢が何度かこちらをチラ見した気がするけど、たぶん気付かれる程じゃない。
でも、深層意識に働きかけるには十分だ。

こんな風に、鏡に写したように相手の仕草を真似ると
相手の無意識に「近しい者」「自分にとって特別な人」って擦り込まれるんだって。

誰でも結局は自分が好きで、でも自分が見てる自分は鏡の中の自分。
だから、鏡のフリをしたら「あれは自分」って認識しちゃうんだって。
そのバカさというか単純さが、深層意識のイイ所。
……らしい。


お。そうこうする内に、今度は芦原さんがやってきた。
塔矢門下で塔矢アキラの次に若手。
子どもの頃からの馴染みで、塔矢が一番笑顔を見せる相手だ。

うん、丁度良い。
作戦その二実行!

オレは隣で誰かがしゃべって来るのを適当に聞き流しながら
ライターを取りだした。
いや、勿論先輩棋士の前でタバコを吸おうってんじゃない。

塔矢を注意深く観察して、楽しそうに笑ったタイミングで「ボッ」
ライターに火を点ける。

……う〜ん……気が付いてるのかなぁ。
TVの再現VTRでは、火を点けた途端に女の人の表情が止まって
魅入られたように炎を見つめてた。
でも、塔矢はこっちを見もしない。
ちらっと見ても、別に気に掛けるようでもない。

あんなに、催眠術みたいに上手く行ったりはしないのかな〜。

原理としては、楽しそうな時に炎で目を引く事によって
楽しい気持ちと、オレの炎を結びつけられるらしい。
終いには、相手の目の前で火を点けるだけで、ふらふらと
人形みたいに言いなりになって着いてきてくれる……

筈なんだけど!

でも、それでも辛抱強く塔矢が笑う度に火を点けていると、
なんと、塔矢がこちらを見る回数が増えてきた。

塔矢が笑う。
火を点ける。
訝しげにこちらを見る。

が、だんだん、

ぼうっと炎を見るようになってきて……


すげえ!
サブリミナルすげえ。
塔矢がはまった!
もうライター一つで塔矢を操れんじゃない?


VTRの最後には、オレと同じ事をしたブサイクな男が、結局一言も話さなかった
美人の前に行っていた。
彼女が「今日は…」ありがとうございましたとか、話せなくて残念でしたとか、
そんな社交辞令を言う前に目の前でライターの炎を翳す。
そして一言。

「行こうか」

そう言っただけで、美人はこくりと頷いて、ふらふらと着いていった……。

あんなに上手く行くもんか。せいぜい、何もしないよりは印象に残る程度?
と思ってたのに、実際やってみると今、恐ろしい程にVTRと同じ効果を上げている。
相手は塔矢だけど。


オレは自信を持った。
これで、次の合コンはいただきだ!

……でも、肝心の最後は大丈夫か?
本当に掛かってるのか?

気になると確かめたくて仕方ない。
今なら、今度こそやめときゃいいのにって思うけど、
その時のオレは、効果を完全に確かめる事しか頭になかった。
本当にライターの火で塔矢が操れるのか、やってみたくて仕方なかった。



長い飲み会が終わり、みんなでどやどや店を出る。

塔矢はこんな時、大体二次会には行かない。
強いて誘う奴もいねーしな。


「塔矢」

「ああ進藤。今日は側に居たのに全然……」


ボッ

火を点ける。

縦に長い、オレンジ色の光。


塔矢は……それを見つめて、言葉を切った。
魅入られたように、瞬きもせず……


「行こうか」

「……ああ……」


背を向けて歩き始めると、夢遊病者のようについてきた。
後ろの方で、「あれ?進藤帰るの?」「塔矢も?」「一緒に?なんで?」とか
ざわざわ言ってる声が聞こえて来たけれど、今のオレには心地よい
賞賛の声にしか聞こえない。

合コンで、表立っては何にもアプローチしないで、最後に一番いい女を
かっさらって行く自分を想像すると、かっこよすぎてくらくらした。


「……おい」


うひー、オレってすごくね?
たった30分のTV番組見ただけで超モテ男くんじゃね?


「おい!進藤」

「え?」


振り返ると、従順に着いてきていた美女……じゃなくて塔矢が
不審な顔で立ち止まっていた。


「で。どこへ行くんだ」

「えっと……」


……そこまで考えてない。
塔矢にライターの炎が効くかどうか確認さえ出来れば良かっただけだから。

でも、塔矢にそんな事言えない。
なんつーか、もう一回夢遊病状態になってくれっ!
って思いだけで、もう一度ライターを取りだし、カチッと火を点けた。

塔矢はまた炎を見つめ……そして溜息を吐いた。


「もういいってそれは」

「……え?」


塔矢の手がすっと上がってジッポーの蓋を閉める。
そしてオレの手に自分の掌を添えたまま、すっと距離を詰めてきた。


「ボクが知ってる事を言おうか?」


ごくっ。
そのつもりがないのに、自分の喉が鳴る。
うわー、うわー、何だ?何を言うつもりなんだ?
何かわかんないけど、何かすごくこわい!


「一つ。キミが昨日夜更かしした事」


当たっ……てる!なんで?なんで?


「そしてもう一つ。ボクをオトしたがってる事」

「……」


……そう、か……。
塔矢もあの番組見てたんだ……。
そらそうだよな……オレだけが見てたって筈ないよな……。

じゃあ、掛かったフリをしてただけ?演技してくれてたの?
ぎゃー恥ずい〜!バカだオレ!
てゆうか塔矢もバカだろ!

……て。ててゆうか!
何か誤解してくれてる?
確かに、確かにオレは意中の相手を落とす方法試したけど!オマエ相手に!
それは…、それは……!


「で。どうするの。ホテルにでも行くのか」

「えっ…ええっ?!いや、あの、」


なんつか、オトされてくれる気満々?
いや、オレには、そんなつもりは、えと、ちょっと!!




結局「煮えきらない」とか何とか言われて、その辺にあったホテルに
オレの方が連れ込まれた。

何があったかは……、うん。聞かないでくれ。





−了−





※この番組は本当にありました。だいぶ前だけど。






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