48.煙草の残り香 「……何を考えているんだ」 「何も」 夜中に突然自宅に訪ねてきた進藤は、急用かと尋ねたボクに「別に」と答え するりと横を通り抜けて玄関に入り込んだ。 「今日、泊めてくれよ」 「は?どうして」 「どうしても」 納得行かない。 行かないのに勝手に靴を脱いで上がり込む。 「おい、」 「あ……ごめん、電車なくなっちゃってさ〜」 確かにそんな時間ではあるが、彼の家は、なら歩いて帰れと言いたい距離だ。 それ以前に、遊びほうけて終電を逃してしまうほど遅くまで営業している店は この辺りにはない。 彼の友人がいるという話を聞いたこともない。 (むしろいるならそちらに泊めて貰って欲しい) つまり言いたいのは、態と泊まりに来たんだろう、 そしてボク達はそういう間柄じゃないだろう、と言う事だ。 確かに同業者で顔見知りではあるし、北斗杯の前の合宿で一度泊めた。 だがそれだけだ。 「単なる知人」の域を出ない。 彼の碁に関してはどうしようもなく惹かれてしまうのを認めるが 彼自身は…好きか嫌いかと言われれば「嫌い」に入る類だと思う。 「……何を考えているんだ」 今度は彼はストレートに答えた。 「オマエを、抱きに来た」 寝入りばな、部屋に侵入されて蒲団をまくられて。 何の冗談だと思うが、どんな冗談であろうが許せる範囲ではない。 しかし、ひっぱたいてもいいだろうかと思いながら進藤を睨み付けていると 今度はシャツを脱ぎ始めて、怒りに沸騰しかけていた頭が一気にゾッと冷えた。 「そういう冗談は、好きじゃない」 「オレも」 淡々とした表情と口調が憎らしい。 だが、自分より幼いと、秘かに思っていた顔が今は裏側に獣を隠しているようで 不気味でもあった。 脱ぎ終わった進藤は、衣類を無造作に背後に放りやって いきなり飛びかかって来る。 もう少し何か段階があるだろうと、悠長にも思っていた僕は呆気なく押し倒された。 「やめろっ!」 蒲団からはみ出て、畳に押しつけられる手首。 唇に貼り付く自分の髪。 胸の上の、他人の体温と重み。 押し殺した自分の声さえも他人の物のように聞こえる。 「嫌だ!」 嫌としか言いようがなかった。 冗談であれ、本気であれ、こういうのは耐えられない。 「嫌なんだ、本当に、」 「悪い」 悪いと思うのならやめろ。 というかそんな所で謝るな。 冗談じゃないみたいじゃないか。本気みたいじゃないか。 本気……なのか? 気でも、狂ったのか。 「キミは……、そういう人なのか」 「え?」 「その、僕に対して、」 「あ、そう言うんじゃないから」 「ならどうして、何故、」 忙しないやりとりの間も、男の手が襟元を脇腹を這い回るのが堪らない。 元々他人ではあるが、今自分の上にいるのはどうしようもなく他人だと思った。 頭では進藤だと分かっているが、進藤以上に他人だ。 いや逆に、進藤だと思えばもっと耐えられない。 「やめろ」 やめろ。やめろやめろ。やめろやめろヤメロやめろヤメロヤメロヤメ 聞き入れられない言葉が頭の中をぐるぐると回り、意味を失っていく。 関係なく進藤は、絞り出すような声を出した。 「……あの人の、命令なんだ」 あの人?あの人? 急に何だろうと思ったが、しばらく考えて先程の「何故」という問いに シンプルに答えているのだと気付いた。 別に動機が知りたかった訳じゃない。 「どうして」も「何故」も、「やめろ」と同義語だった。 しかし、背後から進藤を操ってこんな事をさせている人間がいるとするならば 誰だか知らないが、僕にとって憎むべき人だ。 その時。 「……好きなんだ。逆らえないんだ。好きなんだ」 内容とは裏腹に、妙に冷めた平坦な声音で言って喉に唇を這わせてきた 進藤の髪から、嗅ぎ慣れた煙草の残り香がした。 抵抗していた僕の腕から、力が抜けて行った。 −了− ※ああ、そりゃ逆らえないな、とある意味納得してしまったアキラさん。 |
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