43.ホルマリン漬けの君 「オレ、オマエのその目、嫌い」
見下ろす進藤が、荒い息と共に吐き出す。
「目?」
「なんでヤッてる最中に、相手をそんな目で見られんだよ」
「どんな、目を、している?」
「鋭いってか、睨んでない?」
「睨んでなんかいないよ」
本当に、睨んでなんかいない。
ただ、
「オマエ、本当はオレの事、嫌いなんじゃない?」
「そんなわけ、」
「いーけどさ。誘ったのはオマエの方だって事、忘れるなよ」
ボクはただ、見ている。
感じている時に、震える進藤の肌。
喉の汗。
勿論見ているだけじゃない。
感じている。
ボクの中で膨らみ、堅さを増す熱。
肩に触れる手は、いつもより少し熱いかも知れない。
夕食はどうだっただろう。
あっさりしたパスタを選んだ。
普段は食べない果物を食べた。
風邪をひきかけている?
無理はさせてはいけない。
「進藤……今日はもう、やめようか」
「はぁ?!今さら?」
「イキたかったら、イッてもいいけれど」
進藤はボクの足越しに、殺気を含んだ視線を寄越した。
一瞬張りを失い、またすぐに固くなる熱。
「あっそ!じゃあ一人でヤるからオマエは目ぇつぶってろ」
ダッチワイフのように揺すられながら、それでも薄目を開ける。
目をつぶっていろと言われても、進藤をこんなに近くで観察出来る機会を
無駄には出来ない。
怒ったように、わざと荒々しく打ち付ける。
痛い。けれど気持ちいい。
進藤がボクで感じている事に、心が満たされる。
進藤は、狂ったように腰を振り、ボクの中で果てた。
「っは〜。気持ちいかった〜」
抜いて隣にごろんと横たわる。
満足そうな顔を、無防備な脇を、横目で見ながらティッシュを引き寄せ
自分を拭う。
「オマエ、なんだかんだ言っても最後の締め付けは天下一品だよなぁ」
多少不機嫌でも、終わった後は必ず上機嫌になる。
これは九割間違いない、進藤の法則。
ついでに言えば、天下一品だなんて、色んな人と経験があるような事を言いつつ
ボクが男女含めて初めての相手だし、結局ボクしか知らない。
進藤の行動範囲は全て把握している。
それに自分の快感なんて二の次三の次で進藤の様子を観察し続けているから
彼をよがらせる事なんて朝飯前だ。
「オマエ……オレのこと、本当に好きなのか?」
「ああ。とても」
「なんか、信じらんない」
「そう言われてもな」
好きだよ。とても。
キミはボクの最大のライバルだから。
「どう?今から」
進藤が石を挟む指をする。
「望むところだ。でもまずは服を着ろよ」
情事の後、すぐに打とうとする時は、序盤で例の手を打つ確率
七割五分。
今日は風邪気味だから、六割か。
ついでに言えば、中盤で意地を張る時は
終局後またすぐにヤりたがっている時。
これは面白くない。
母親と衝突した日は……、
朝食を食べていない朝は……、
伊角さんと打ったすぐ後は……、
タイトル戦の検討をした直後は……、
女の子がすぐ横で見ている時は……、
ボクが少し冷たくした夜は……、
眠るとき腕枕をした翌日は……、
風呂場でした後は…………、
ボクの中に貯まっていく進藤のデータ。
そしてボクが彼の私生活に、性生活に、深く関わることによって
微妙に、しかし確実にコントロールできる棋譜。
キミはボクの、理想のライバル。
そして可愛い実験動物。
だから愛しているよ。
とても。
いつか、ずっと未来。
キミがライバルじゃなくなったら、
キミの中身に用がなくなったら、
ガラス越しに、愛してあげよう。
輝かしい思い出の、抜け殻を。
--了--
※冷たい感じのアキラさん。
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