32.生殺与奪権(※パラレル) 「オレが頼めば、きっと助命出来ると思う」 馬上に向かって畳みかけても、後ろ手に縛られた塔矢は背筋を伸ばして 真っ直ぐ前を向いたまま薄く微笑んだだけだった。 彼は「王」に対して謀反を企て、それが明るみに出て処刑される事になっている。 オレの役目はコイツを遠い処刑場に連れていき、その執行をする事。 今はその護送の途上だ。 …酷い。何でオレが塔矢を殺さなきゃならないんだ。 薄ぼんやりと思う。 罪を犯したのだから時には命でそれを償わなくてはならないだろう。 でも、何故よりによってオレが。 かつ、かつ、かつ、かつ…… 人気のない石畳の道を、馬は進んでいく。 「……なぁ。オレに頼めよ。頼んでくれよ。命を助けてくれって。 二度と謀反なんか起こさないからって」 塔矢はやはり答えない。 無駄だと思っているんだろうか。 そんな訳はない。 オレが王に対して少なからざる影響力を持っている事は奴も知っている。 塔矢だって、ついこの間まではオレと肩を並べて王の気に入りの廷臣だったのだ。 「オレなら、オマエを助ける事が出来る」 その時、それまで黙り込んでいた塔矢が突然声を出した。 「そして、」 やはり前を見つめたまま。 「そして僕の命の代わりに、キミは何を王に差し出す?何を失う?」 「……」 言葉が出なかった。 こんな浮き世離れしたこんな優しげな顔で、突然、何を。 言葉が出ない。 それを哀れに思ったのか、塔矢は返事を待ち続ける事をやめて言葉を続けた。 「そして…僕は何をキミに差し出せばいいんだ?」 「何も!」 今度はすぐに声が出た。 けれど顔が熱い。 否定はしたけれど、心のどこかで少し期待をしていたから。 塔矢のように義理堅い男が、一方的に便宜を受け取りたい筈がないと。 ……塔矢を一度でも抱けるのなら、自分の体などどうなってもいい。 その妄執を塔矢に見破られたのが恥ずかしかった。 けれど勿論、オレに抱かれるなんて絶対御免だと言われても それでもオレは塔矢に生きて欲しい。 塔矢が、それを望んでさえくれれば。 それを口に出してさえくれれば。 言葉を。 どうか、たった一言、「頼む」と。 「ありがとう」 「え?」 突然頭上から思いがけない言葉が降ってきた。 「キミの気持ちはとても嬉しい」 「そんな……」 「それに、罪人である僕をこうやって大切な客のように扱ってくれた事にも感謝する」 ……いつもいつも。 言葉は丁寧だけれどどこか失礼な奴だと思っていた。 人を見下したような雰囲気に、憎しみと恋慕を覚えた。 いつになく率直に礼を述べられて。 それは明らかに急速に死に近づいている者の物言いで。 涙が出そうになる。 「けれど」 どうか塔矢。 やっぱりいつも通り、冷たくて生意気な口をきいてくれ。 他人を見下したような態度で、オレを怒らせてくれ。 「けれど僕は、間違った事はしていない」 「……」 「彼が王であり続ければ、いつか国は滅びる」 「……」 「だから進藤」 「……」 「次は僕の代わりにキミが……」 「……」 「……」 絡み合う、視線。 時を忘れる程長い間縺れ、粘度を持っているかのように離してくれない。 心ならずもそれだけで達してしまいそうな程。 だからと言って そんなもので 体などより。 地位などより。 ずっと大切な物を、捨てろと、言うのか。 「塔矢……」 「さあ。刑場が見えてきた」 夕陽に映える石の砦。 目をやった塔矢の表情はいっそ清々しい。 「予定は明日の日の出の時刻。 ならば僕が今生で見る太陽はこれが最後になる」 その夜オレは塔矢を犯し 朝を待たずに出奔した。 −了− ※え〜、世界観も話も抽象的ですね。
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