16.Egoist 「塔矢って、オナニーとかすんの?」 何でそんな事聞いちゃったんだろ。 聞かなくても答えは分かってると思ってた。 聞いたら軽蔑されるかも知れないけれど、されないかも知れない。 下ネタ言ったら、どんな顔すんのかなーなんて、 試してみたかっただけだった。 「うん、するよ」 えええええええええーーーー!! 「……まじで?」 「え。キミはしないのか?」 「しな……いや、する、けど、」 「ああ驚いた。自分が異常なのかと思った」 いや、確かに、この年でそういう事しない方が異常というか 大多数はすると思う。多分。 でも、塔矢だけはその大多数な筈がないって。 思いこんでた。 どういう訳か。 それか、しててもこんな風に平然とそれを言えてしまう奴じゃないって。 しかも自宅の座敷で正座して、真剣に打ってるこんな時に。 エロ話なんか、絶対出来ないタイプだって思ってた……。 「あの………」 「何」 「じゃあ、オカズってどんな感じ?」 「……え?ああ、まだその話?」 「気になって」 「普通にグラビア雑誌だよ。後で見せるからちょっと黙っててくれるか?」 それきり、塔矢は長考に入った。 あの(この)塔矢が、ねぇ……。 エロ雑誌見ながら、シコシコやってる所なんて想像つかない。 どんなだろう。 空想の中で、塔矢の指が雑誌のページをめくる。 巨乳な女の子がこちら向きに四つ這いになってるページを開き、 あぐらをかいたまま、パンツのジッパーを下ろす。 ボクサーブリーフの中から半勃ちのモノを取り出し、少しづつ皮をさする。 ……って、これオレの手順じゃん。 塔矢もこんな、間抜けな事、やってんのかなぁ……。 想像したくないような、でも面白い光景のような。 俯いた白い顎、揺れる黒い髪。 鼻息が荒くなる。くちゃくちゃと、湿った音がし始める。 そんな白昼夢を見ている内に、オレはあっさり負けてしまった。 「失礼だな。キミは」 「な、なんで?」 オマエのオナニー想像してたのバレてた?! 「後半上の空だったじゃないか。このボクと打っていて」 「ごめん」 このボクって何様、と思いながらも悪かったのは確かなので謝る。 そうだよなー。 よりによって対局の最中、ヘンな想像で集中力を欠くなんてプロ失格だ。 「そんなに気になる?……ボクのオ・カ・ズ」 「!」 これが、ちょっとでも笑ったりお茶目な表情で言ってくれればいいんだけど こんな事を真顔でまっすぐ視線を合わせながら言うから塔矢は怖い。 オレが答えに詰まっていると、塔矢は小さくため息を吐いて「じゃあ来いよ」と 立ち上がった。 庭伝いに廊下を進み、角を曲がったところで塔矢は障子を開けた。 そこが塔矢の部屋らしい。 え、ええ?ホントにオカズ雑誌をオレに見せるつもりなの? そんな簡単に? 興味がないわけでもないけれど、見たくない気もするというか。 複雑な気分で立ちすくんでいると、勉強机の引き出しの中から 雑誌らしき物を取り出した。 「オマ……そんな所に入れとくなんて不用心じゃね?」 「不用心って。家の中だぞ?」 「いや、家族に見つかったりしねぇ?鍵かかんないみたいだし」 「父も母もボクがいない時に勝手に部屋に入ったりはしないよ。絶対に」 「あっそ。ならいいけど。塔矢先生のお弟子さんも?」 「勿論。万が一見られたとしても、それは見た方が恥ずかしいだろう?」 「うーん、まあ、そんなもんかなぁ」 と。 話しながら差し出され、何気なく受け取ったグラビア雑誌は。 「こ、」 こここここれ、ムキ、ムキムキ?ムキ?男?だよな? なんだこの逆三角形! なんで縄で縛られて?ビキニ?男のヒモパン? 嘘……だぁ! 取り敢えず「ふぅ〜ん」なんて言いながら、何気ないように パラパラとめくる。 でも、頭の中はフル回転してこの混乱した状況を 推理し続けていた。 1.塔矢がガチ。(これはない)(……だろ?) 2.誰かが塔矢のをこれにすり替えた(誰も部屋に入らないって言ってたけど) 3.塔矢がオレをからかっている。 4.今オレは夢を見ている。 4.が一番可能性が高そうだから、さっきからさりげなく 体を抓ってるんだけどやっぱり痛い。 とすると3.か2.か。 それを確かめる為には塔矢の表情を見れば何か分かると思うんだけど、 違ったら怖いから顔が上げられない。 オレはどうする事も出来ないまま、ぱらりぱらりとページをめくり、 目の前で展開される「男の肉宴」を凝視しつづけた。 「冗談だよ」 って塔矢が言ってくれないかな〜なんて期待しながら、どの位経っただろうか。 「進藤」 声を掛けられて、情けなくもびくっと肩が震える。 「どう?キミもこういうの、興味ある?」 「いや……あの、正直、わかんない……」 キミ「も」って!やっぱりそっち側の人間だったのかオマエ! 「そう?その割にじっくり見ていたみたいだけど」 「うーん、その、ちょっと信じられなくて……オマエが、こういう……」 「女性もいいけれど、こういうのもいいと思うんだけど」 碁の検討でもする時みたいに、平然と言う塔矢。 なんか宇宙人に見えてきた。 オレが生きてきた世界の、常識が通じない人間。 通じないという事にすら、何の拘りもないモンスター。 「貸して」 塔矢はオレからその恐ろしい雑誌を取り返すと、自分の膝の前に ばさ、と置いた。 「何、してんの?」 気づいた時には、塔矢は既に上半身裸だった。 シャツの下に着ていたタンクトップ(ランニング?)を軽く畳む。 既に下に置かれているシャツの上に置き、ベルトに手を掛ける。 オレ……襲われんの?! 可能性に気づいた途端恐怖に血の気が引き、吸った息が吐けない。 塔矢はオレを見ないまま、ゆっくりとパンツから足を抜く。 しかし、こいつは意外な行動をとった。 靴下だけでほぼ全裸の塔矢は、オレを無視してオレの前に横たわる。 雑誌を引き寄せ、オレに背を向ける。 それからは、聞かないでも分かった。 前に持っていった手の揺れ、じれったげにむずむずと動く体。 信じられない事に、塔矢はオレの目の前でオナニーを始めたらしい。 本当に信じられない。 頭おかしいんじゃねーの! それも、あんな男の裸写真見ながら。 他人の自慰を見るのは初めてだけれど、オレと違って塔矢は 服を脱ぎ、横たわって、というか少し俯せてするタイプらしい。 さっきオレが想像した以上の光景が、目の前に広がっている。 圧倒的なリアリティを以て。 畳が擦れる音。 ため息のような息づかい。 確かに上がった室温と湿度。 微かに、でも確実に少しづつ濃度を増す牡のニオイ。 『失礼だな。キミは』 さっきの塔矢の台詞が耳に蘇る。 ……どっちが失礼だってんだよ! 塔矢の息が上がる。 白い背中が微かに赤みを帯び、しっとりと湿って来る。 イかせるもんか! オレをないがしろにして、オレの目の前で、させるか! 「おい!塔矢!」 「……」 「やめろよ!何でわざわざ今、オナってんだよ! そういう事は人がいない所で1人でやれよこの変態!」 「……」 「オレを無視すんな!」 塔矢は手を止め、少し長めに息を吐くと顔をこちらに向けた。 微かに紅潮した頬。 切なげに細められた潤んだ目。 オレは息を飲む。 ぞくりと、鳥肌を立たせたのは、さっき襲われるかもと思ったときの 恐怖とは少し違う。 その事に、オレは戦慄した。 「無視なんて……キミが、信じられないって言うから……」 「だからって」 「見てるだけでいいから……」 「もしかして、オレもオカズにされてる?」 見られて興奮してるのか? 気持ち悪い。気持ち悪い。 露出趣味というのがあるのは分かるけど、 その相手がオレ……ある程度近しい同性だってのも気持ち悪いし それを平然と押しつける神経も気持ち悪い。 オレの嫌悪を全く意に介さず、塔矢は妖艶に笑うと 自分の指を口に持っていった。 舌を出してゆっくりと、ねっとりと舐めていく。 唾液で光る第一関節。第二関節。爪。 また顔を向こうに向けると、糸を引く程たっぷりと濡れた指を 自分の尻の間へ……。 「塔矢!」 オレは何故、その時逃げなかったんだろう。 変態。 オカマ。 気持ち悪いんだよ。 このことをみんなにバラすぞ。 いつも男とこうやってヤッてるのかよ。 思いつく限りの言葉で罵倒したけれど、 塔矢は何も言わないし、やめない。 それどころかますます動きが激しくなる。 片足をぴんと伸ばして、畳にこすりつけているらしい。 尻に入れた指が増える。 ぐちゃぐちゃと、濡れた音が高くなる。 オレは考え続けていた。 これは、やっぱり夢なのか。 これは、塔矢の羞恥プレイなのか。 それともオレは、誘惑されているのか。 恐らく塔矢はオレなんか好きじゃないだろう。 性愛対象としても(マッチョがタイプみたいだからな) 人間としても。 でも……でも、 オレの股間はもうギンギンに張ってはちきれそうだった。 後先構わず、目の前にある穴に突っ込んでしまいたかった。 嫌がられたら? 強姦になる? いや、同じ場所に墜ちてやる方が塔矢の為だろ? やっちゃったら?今後どんな顔をして会えばいいんだ? いや、それはやらなくたって同じだろ? なんでこんな事になっちゃったんだ? 悪いのは全部塔矢だろ? そうだよな? 自分が異常だと思いたくなくて、男に欲情しているなんて認めたくなくて、 自分を抑える理由を探していた筈なのに、 気づいたらオレは自分を解放する理由を探しながら塔矢に触れていた。 腕を後ろ手にひねり上げ、片手でパンツを下ろすのももどかしい。 「あっ!」 やり方なんて知らない。 ただ闇雲に突っ込むだけ。 入るかな?なんてちょっと心配したけど、 唾液でぬるぬるしていた尻の穴は、あっさりとオレを飲んだ。 「い、たい!やめろ、進藤!」 「何で?」 「キミは、ノーマルだろ?やめ、」 ああ、やっぱりか。 見せつけて興奮する為だけの道具だったわけねオレ。 なんて頭の片隅で思ったけれど、それ以外は何も考えられず ただ夢中で腰を動かす。 相手が人間だって事忘れて、腰を持ち上げて自分のイイ体勢を 作る。 「ああ、塔矢の腹ん中、熱い」 口からだだ漏れる思考。 それを自分で聞いて、また興奮する。 突く度にすすり泣くような、唸るような、塔矢の「うっ、うっ」という声。 塔矢が感じようが、感じまいが、全く気にせず腰を振り続けた。 多分、入れてからびっくりする程短時間で、オレは終わった。 突き抜ける快感と、放心に、頭の中にもやが掛かったようで、 多分現実逃避してるんだ、ってどこかで分かっていたけれど 何も考えたくなくて、何も知りたくなくて、 オレはそのまま意識を手放した。 「……進藤」 気が付いたらきちんと服を着ていて、何もかもなかったのかのようにそのまんま。 というような都合の良い事は起きなかった。 オレは相変わらず局部だけ露出していて、そのあたりがカペカペする。 寝ていたのは数分らしい。 塔矢は横で肩肘をついて起きあがっていたが、やっぱり裸靴下のままだった。 「あー……っと」 取り敢えず出した声は、思いがけずしわがれていた。 二、三回咳払いをしている内に、自分が何も話すことがない事に気づく。 「……」 「……」 「……」 「……えっ……と、何?」 「何って……何が?」 「おまえが……呼んだんじゃん。進藤って」 「ああ……」 塔矢は、してやられたというような表情を見せた後、 軽く苦笑した。 「もう一回……、」 「え?!」 「打つ?」 「あ、ああ、そうだな。そうだよな」 「さっきはお互いに不本意な結果だったし」 日常の中にいきなりエロを持ち出したしたり、 非日常の中でいきなり日常の話をしたり。 前振りがないのは塔矢の癖らしい。 今まで碁の話以外したことなかったから、気づかなかった。 「それと、今夜は泊まって行くか?」 「うん、迷惑じゃなきゃ……って、え?ええ?」 な、な、なんで? そんなまた、艶っぽい目で、 「ボクは、どうだった?」 「えーっと……あのー」 「ボクの、体はどうだった?」 「意外と、鍛えて、」 「ボクの、な、か、はどうだった?」 「あの、……暖かかった……です」 「そうじゃなくて」 塔矢に……塔矢の中の具合を聞かれている……。 今日は、本当になんか、なんていうか、シュールだ。 ふと気まぐれで、塔矢をからかうつもりだった一言。 申し訳なかった一局。 塔矢家の廊下。 出してきたホモ雑誌。 横たわる、白い背中、白い尻。 「何を笑っている?」 「うん、あの、オレ、ホモじゃないんだ」 なんか、面白いわけじゃないんだけど、笑うしかなかった。 いや、面白いか、この状況。 「そう……」 「……ごめん」 「でも、中で出された気がするんだけど」 「…………」 ですよねー。 あれでホモじゃないなんて、説得力ないですよねー! 「いいけどね。じゃあ、もうしない?」 「オマエこそ、あれだ、その、ああいうガタイのいいのんがいいんだろ?」 「……」 さぁ、別に。 偶々手に取ったのがあれだっただけだ。 他に持ってないし。 ……したのもキミが初めてだったし。 初めて、じゃないかな? いや、セックスが、じゃなくて。 塔矢がこんな風に、気恥ずかしそうに、ぼそぼそとしゃべるなんて。 あきれるくらい堂々と、オカズやオナニーシーンまで見せてくれた塔矢なのに。 「結局、なに?何が言いたいの?」 「キミこそ!どうなんだ?」 「え?」 「もうしたくないのか?どうなんだ?」 したい。 認める。 確かに、相当気持ちよかった。 でも、塔矢にさせてくれって頭を下げてまで、という事はない。 ……オマエがしたいって言うなら、してもいい。 って言いたいのが正直な所だ。 でも多分塔矢も、キミがしたいって言うならさせてやるって言うだろう。 塔矢が驚くほど自分勝手だってのは、今日よ〜く分かったけど、 実はオレだってそうだよな。 興味本位で塔矢の性癖を暴いて、好きでもないのに理屈つけて抱いて。 こういう奴同士が、こういう関係って……上手く行くのかなぁ。 ま。気持ち良ければいっか。 後は、どうやって塔矢に「抱いてくれ」って言わせるか。 だよなぁ。 --了-- ※書いたけれど忘れていたもの。 自分でも呆れましたが、エロに向いていない人が無理矢理エロを書こうとするとこうなる、という。
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