15.煽動者(アジテーター)
15.煽動者(アジテーター)








北斗杯の開会式の壇上で、今年の日本選手団団長である塔矢が
挨拶をしている。


あれから北斗杯は二年に一度の割合で恒例化していた。
でも未だに、一番盛り上がったのは初回だったとも言われていた。

あの時団長だった倉田さんと楊海さん、安さんの雰囲気が良かったお陰で
代々団長同士は仲良く喧嘩、じゃないけど、冗談で応酬するようになっている。

それがいかにも、この棋杯が争いではなく日中韓友好の行事なんだと
印象づけていて、内外に評判がいい。
だから今更そういった「形式」を止めるわけには行かないんだろうけどさ。


なんなんだあの高永夏は!!





「……ですので、今回の北斗杯は例年にも増してうわっ!」


今年の日本チームの団長が塔矢アキラに内定したと伝わると、
中国は陸力、韓国は高永夏を団長にしてきた。
全員第一回北斗杯の各国大将だ。

この方が盛り上がる、と北斗システムのお偉いさんが
面白がってゴリ押ししたという話もある。


その高永夏が、少し挨拶が長くなってきていた塔矢の後ろから忍び寄って
あろう事かお尻をぺろっと撫でたんだ。

会場も壇上も大爆笑。
からかわれた塔矢は、拳を振り上げて殴りかかる振りをしながらも
顔は苦笑を浮かべざるを得ない。


「トーヤカワイー」


永夏がマイクを奪って片言の日本語で言うと、会場は更に湧く。


「カワイーケド、マケテアゲナイ」

「はいはい、分かったから」

「マケテ、マゲナイ?アゲマイ?」

「ボクの挨拶が長かったのが悪かったんだねー、もう切り上げるから。
 そういう訳ですので皆様、今年も楽しんで行って下さい!」


大きな拍手と笑い。
その後も、永夏に付きまとわれて、逃げたり抱きつかれそうになったりしながら
後ろに捌けていった。

知らない人が見たら、塔矢と永夏は普段から余程仲が良いと思うだろう。
勿論そう思わせるのが狙いだけど、実際は二人は一回目の北斗杯以降
一度イベントで対局したきり、その時もほとんど話もしていない筈だ。


そんな奴が、オレでも出来ない事を……!





「高永夏は、いい男になったな」


後ろから挨拶もなしに声を掛けられて、そんな事をするのは
この人くらいだよな〜と思いながら振り向くと、案の定緒方先生がいた。


「来てたんですか」

「仕事が早めに終わったからな、寄ってみただけだ。お前こそ何故ここに?」

「オレは仕事です!解説です」


先生の家に泊まって以来、塔矢とは目も合わせられないでいる。
突然開いた距離に、塔矢も何も言わなかったから、きっと先生に
何か聞いたんだろう。

その、オレの恋心というか劣情は、意外にも他では噂にはならなかった。
そういう点で、この人はそこまでガキじゃなないんだと、俺は評価しているし
感謝もしている。


「高永夏は、前から女の子が騒いでましたよ。よく分からないけど」

「見た目の話ではなくて大人になったと言う意味だ」

「どうですかね」


最初に見た時から、悔しいがまあ一種のイケメンである事は認めていた。
男だから、顔で性格の悪さはフォロー出来ないけどな!

だから逆にその時はスーツが似合わねー奴、と思っていたけど
今は、体格も良くなって髪も短めにして、紳士服のモデルみたいになってる。


「当時はいかにも高慢そうで独善的でどうなる事かと思ったが、
 蓋を開けて見ればなかなかどうして自分の役割を心得ている」

「そうですか?相変わらず好き勝手に振る舞ってるように見えますけど」

「広告塔としての自覚はありだろう?」

「どうだか」

「女性関係でふざけるのは許されないだろうが、塔矢アキラなら大丈夫だ。
 女みたいでも女じゃないからな。その辺は分かっているのだろう」


ふざけるな!塔矢ほど男っぽい奴いねーよ!
と思うけど、あのきれいな顔に、髪に、何度も欲情した事のある身としては
何も言えない。
特に緒方先生には。


「……ま。女だったら美人でしょうね」

「真面目だしな。高永夏も陸力もいじり甲斐があるだろう」


団長の中では一番年下という事もあり、
今回は何だか可愛がられキャラになってる。
あり得えねー。
つか、高永夏があんな風にセクハラするから、陸力まで
調子に乗って馴れ馴れしくするんだよな。

日本の棋界人には考えられない。
塔矢行洋元名人の息子だぞ?
昔、対局した時のアイツの怖い目をもう忘れたのか?


「怖いからこそ、こういう場では敢えて上に立とうとするんだろう」


あ。もしかして思考だだ漏れしてましたか。
でもまあ、それなら分からなくもない。


「アキラくんも子どもじゃないから、碁以外では刃向かわないし。
 ……いやむしろ、楽しんでいるかも知れないな」

「まさか!」


壇上の、塔矢を見た。
高永夏と陸力の間で、和やかに話している。
やっぱり、きれいだな。
とりわけ色が白くて、美形度では高永夏にもひけを取らない。

様子から恐らく二人の通訳をしているんだろうけど……
なんだか、二人の男で一人の女の子を取り合ってるようにも見えた。


「『美は、誰にでも身を委ねるが、誰のものでもない』」

「は?なんすかそれ」

「ミシマの作品の中の有名なセリフだ」

「はぁ」

「若い間しか読めないぞ。今の内に読んでおくといい」


そんな暇はないんだけど。
つか何を唐突に。

ニヤニヤ笑いながら、塔矢達の方に注がれている視線。

…………


「……美が、誰かに身を委ねた事があるんですか?」


普通に聞いたつもりだけど、表情が少し硬かったかも知れない。
高永夏にも腹立つけど、この人にも1%の疑惑がないわけじゃない。

緒方先生は、お、気が付いたか、という顔になった。
オレだってそこまで鈍くない。


「さて。どうだろう。本人に聞いてみたらどうだ?」


そんな事、聞ける訳がねー!
だからアンタに聞いてるんだろうが!

あの、白い肌を抱いた事があるんですか。
アイツは、高永夏や陸力に身を任せる可能性があるんですか。

ないですよね。あり得ませんよね。

オレがキスした時の、あの冷たい嫌悪感に満ちた目。

あれが、同性だから気持ち悪いんじゃなくて、オレ個人に向けられた物だとしたら。

高永夏が同じ事をしても、甘い視線を返すんだとしたら。



今のオレはおかしい。
妄想が暴走して、ほとんど真実みたいな気がしてきてしまっている。

妄想だ。オレの思いこみだ。

そう自分に言い聞かせても、


目眩がしてきて、隣の人に凭れないよう、オレは真っ直ぐ立っているだけで
精一杯だった。




・・・今日の一節・・・

君は吉野の千本桜 色香よけれどきが多い





--了--





※久しぶりに高永夏が書けて満足です。








  • 戻る
  • SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送