13.骨を埋める(うずめる)
13.骨を埋める(うずめる)








塔矢が、しばらく仕事を休んだ。
アイツにしては珍しい。
仕事が好き……というか碁が好きで仕方のない奴なのに。

緒方さんに聞いてみると、検査入院をしていると言う。
何の。と、しつこく聞くと大きくため息を吐いた。


「まあ、お前もあいつとは因縁浅からぬ仲でもあるし」


そう言ってどこかに電話をした。

オレに代わった電話の相手は何と塔矢先生だった。
明日見舞いに行くときに一緒に来るといい、と。


連れて行かれたのは、何とかセンター……つって、いわゆる「精神病院」だった。




その病室は、鉄格子のはまった窓以外は全然普通だった。
塔矢先生と話をしている塔矢も。
それでも、先生が帰って二人きりにされた時。
何を言って良いのか、どんな顔をすれば良いのか、分からなくて困った。



「えっと……元気そうだな」

「ああ」

「いつ退院とか、あるの?」

「まだ検査が終わってないからね。分からない」

「そう……」


塔矢はどこまで状況を把握してるんだ?
ここがどういう病院か分かってる?
オレのことは覚えてるのか?
ああ、それは記憶障害だからそういうのとは違うのか?

自分がおかしくなってるって分かってるの?
でも、そもそもどこがおかしいんだ?
一見何でもないぞ。
何がきっかけ?いつから?碁の話はしていいの?

考えすぎて、言葉が出ないオレの顔を、気持ち悪いくらいにじっと見つめる。

気持ち悪いなんて思っちゃうのはオレの先入観か。
前の塔矢はどんなだった?
自分から話をするタイプだった?

そうでもない。いつもオレの方からしゃべってた。
だから、オレがしゃべらなかったらこんな風に黙って見つめて来たのかも。
ああ、もう、分からない。
どんなだったか。
いつもって、普通って、何だったっけ。

額に、汗が流れる。
と、そんなオレを見ていた塔矢が突然吹き出した。
ベッドの上で体を折って笑う塔矢を見て、ああ……やっぱり……なんて、


「っはははは!そんなに、そんなに困らなくていいよ!」

「………」

「大した事じゃないんだ、本当に。
 ちょっとした誤解だから、すぐに退院出来ると思う」

「……」

「父も落ち着いていただろう?」

「……ああ」

「ごめん。どんな反応をするかつい観察したくなってしまって」

「ええー!なんだよそれ」


半信半疑。
酔っぱらいは自分は酔ってないと言う。
狂人も、自分が狂ってるなんて言わない。って聞いたことがある。
至極まともに見える狂人もいるとも。


「最初は些細な誤解だったんだ。
 ほら、先日適性検査のような物を受けただろう?」

「ああ」


どっかの研究室の依頼の、なんか心理テストみたいなやつね。
考えずに直感で答えて下さい。

大変そう思う。
まあまあそう思う。
分からない。
あまりそうは思わない。
全く思わない。


「あれで、『誰かに悪口を言われている』っていう項目があっただろう?」

「うん」

「そりゃ誰かには言われているだろうなって思って『そう思う』に丸をしたんだ」

「ええーー!あれ、あからさまに統合失調症の兆候検査だろ?」


っとと。しまった!……か?


「後から思えばそうなんだけど。その時は出来るだけ直感的に答えてたから」

「マジ?」

「別室に連れて行かれて『どこから聞こえますか?日に何度位聞こえますか?』って」


どうやら、そこでやっと検査の意味に気付いたらしい。
オレは大笑いしてしまった。
なんだよ!
塔矢らしい、天然ボケというか、なんだよ!


「ははははっ!で、こう思ったから丸をしたって言わなかったの?」

「だって、あれは設問の方に問題があるじゃないか、って思ったら
 言い訳するのもなんだか面白くなくて」

「頑固だなぁ」

「うん。それでまあ、いくつかの質問に敢えて直感で答えていたら
 いつの間にかこうなっていた」

「ばっかじゃねーの?」

「うるさいな。自分でも落ち込んでるよ。こんな事で仕事を休んで」




それから、塔矢先生か塔矢のかーさんか、どちらかがお見舞いに行く時に
着いて行かせて貰って、塔矢と時間を過ごすことが増えた。

碁も打っていいって言うから、毎回一局は打つ。
入院する前よりたくさん会ってるくらいだ。

どうも身内以外でそんなに行ってるのはオレくらいみたいで、
それはやっぱり間違いでもこういう病院にいるって公開したくないからで。
でも、塔矢のために打ったり気分転換する相手は必要で。

本当は芦原さんあたりをその役割にするつもりだったけど
棋力とか年代とかを考えて、オレ自身が良いならそれが最適って事になったらしい。

悪くない。そんな特別な役割を与えて貰えた事。
塔矢にとって、ほとんど唯一の外界との窓口になれた事。

塔矢は碁を打つ以外にも、今日は採血したとか、脳波を計ったとか、
また心理テストをしたとか、雑談混じりによく話した。

前より、明るくなったように思う。
話す相手が少ないから、話が集中するのかなぁ。





「進藤……ちょっとこちらに来てくれないか」


いつもの通り病室で碁盤を挟んでいると、塔矢が向かいから声を掛けてきた。


「何?」

「ちょっと」


真剣な顔に、円椅子を引きずって塔矢の隣に移動する。
塔矢の顔が、近づいてくる。

オレの髪に、頬が触れるまで側に来て


「看護士さんたちに聞かれると、やっかいな話なんだ」


声を出さずに囁くもので、オレも小声で


「何で?つか誰もいないけど」

「やっぱり精神病棟だからね、盗聴じゃないけど部屋の音を拾うマイクは
 標準装備してある」


そんなもんか。
急に発狂して暴れたり自殺しようとしたりする人もいるからかもな。


「……で?」

「信じて貰えないかも知れないけれど、キミだから言うんだけど」

「前置きはいいからさっさと言えよ」

「幽霊が、見えるんだ」

「……」

「しかも、碁を打つ幽霊だ」

「マジ?!」


オレは大きな声を出してしまって、塔矢に表情で窘められる。


「……どんな奴?」

「とてもハンサムな、男の人だ」

「強い?碁」

「強いなんてもんじゃない。父でも勝てるかどうか」


佐為だ……。
口には出さなかったが、間違いない、と思った。


「……その人、古風な格好してる?」

「知ってるのか?心当たりがあるのか?その人に」

「……」


なんて言ったらいいんだろ。
佐為だって言えば、オレの方が頭がおかしいみたいだ。

いやでも。塔矢に見えてるなら、信じて貰えるよな?
つか、佐為は帰ってきてるって事だよな?

帰って来たなら、なんでオレに姿を見せないんだよ!佐為!


「その人、今もいる?」

「ああ……丁度、キミの後ろに」


言われて、オレはもう耐えられなかった。
涙を流し始めたオレを見て、塔矢が眉を上げる。


「怖がらせたなら、すまない」

「……がう、ちがう。そんなんじゃ、ない。怖くなんか全然ない」


佐為……オレの後ろに、いてくれたんだな……。

見えなくなったのは、佐為が悪いんじゃない。
多分、オレが変わってしまったんだ。

この白い白い部屋で、日常を全部排して碁のことを考え続けてる、
塔矢の純粋な魂だけに、その姿を見せるんだろう。


「なあ、その人の事、もっと聞かせてくれよ」





それからオレは。
塔矢と通して佐為と打って、塔矢を通して佐為と会話もするようになった。

久々に打つ佐為はやっぱり強くて。
久々に話す佐為は、相変わらず我が侭で、間抜けだった。

このまま塔矢といたら、その内オレにも佐為が見えるようになるかも知れない。


だから、そんなに塔矢くんと仲良いならもうここに住んじゃう?と
憂鬱な顔をした両親に言われても二つ返事でオーケーしたんだ。





気が付いたら、塔矢の入院はもう半年を越えていて
これは検査入院なんてもんじゃない、本物さんなんだなって分かる。

そんで、一緒に入院を勧められたオレも、きっと外から見たら
頭がおかしいんだろう。


でも、全然構わない。


塔矢がいて、碁があって、佐為のいるこの白い部屋。
ここにはオレが欲しい物は全て揃ってる。
外の世界にはない、全てが。


さよなら。父さん母さん。
さよなら。日本棋院。
さよなら。この日までの、日常。



オレはこの白い部屋で、塔矢と佐為と一緒に、死ぬまで生きていくよ。




-了-





※「悪口を言われている」に○をして再検査を受けたのは知人の実話です。
  本来はこの程度の人なら自宅療養でしょうね。





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