10.夕焼けサディスティック
10.夕焼けサディスティック








学校が終わる。
リュックを担いで飛ぶように教室を出る。
掃除はサボる。
後ろから追いかけて来るあかりの声も、音速で駆けるオレには届かない。
って振りをする。

家には向かわず、駅に向かって走る。
小銭を出すのがもどかしくて、五千円札を券売機に突っ込む。
釣り銭を待つ。
小銭を探した方が早かったかとちょっと後悔。
丁度入ってきた電車に飛び乗ってプラマイゼロ。


……今日は、初めて佐為に出会った日。
あれから三年。
初めて佐為なしで迎えるこの日。


電車って何でこんなに遅いんだと一番前の車両まで行って
運転席を覗き込み、速度をチェック。
その後あの駅は四両目が出口に近いんだとかぶつぶつ言いながら
早足で引き返す。
オレってちょっとキモい。


……今日は、塔矢に告白する日。
そう決めた日。


決めてからはその日が待ち遠しくて待ち遠しくて待ち遠しくて待ち遠しくて。
でも、いざ明後日明日と近づいて来ると急に怖くなって延期しようかなんて
一瞬思ったりもしたけれど。


だってオレはきっと今日、塔矢に振られる。
玉砕する。

いきなり男に告られても普通ヒくって。
しかも自他共にライバルだと思ってる男。

でも、言わずにはいられない。
「気持ち悪い」、「悪いけど」、「キミホモだったのか」、
塔矢からどんな酷い言葉を浴びせられるだろう。
恐れながらも、楽しみにしている自分が居る。

きっと、何を言われても自分の気持ちは揺らがないだろうから。
それを確認するのが、逆に待ち遠しい位なんだ。

何て言われても、オレはオマエを諦めない。
これから何度でも何度でも告白するだろう。
今日は最初で最後の一戦ではなく、単なる第一回戦。
この一歩を踏み出さなければ、後が続かない。

何て言われても。
オマエに嫌われれば嫌われる程、罵られれば罵られる程、
きっとオレの心は燃え上がる。

この、真っ赤な夕焼けのように。



海王中学前のバス停を降りた時には、本当に辺り一面真っ赤だった。
学校の桜の葉も紅葉し、白い校舎も秋の夕陽に照らされて
物凄い赤に染まっている。

オレは、一生この色を忘れない。
オレの心が流す血だ。

下校してきた生徒に塔矢の教室の場所を聞いて、
(委員会か何かで遅くなるって言ってたからまだ居るはずだ)
でももしもう帰ってたらどうしようって、ちょっと不安になったり期待したり。


「3−A」

あの教室だ。
窓を突き抜けた夕陽は教室の壁をも紅に染める。
何だか幻想的で、眩暈がしそうになりながら廊下を進む。
真っ直ぐに歩いてるつもりが、いつの間にか端に寄っていた。

ドアに手を掛ける。

中に、人の気配がある。

思い切って、

ばたん。


「あのっ!」


数人に振り返られて、思わず絶句。
何となく、夕焼けに染まった教室で二人っきりで、みたいなシチュエーションを
想像してたから、他に人がいて驚いた。
でもよく考えたらそうだよな。
約束もしてないのに一人でオレを待ってたりしたらそっちの方がびっくりだ。


「進藤?」

「あ…ええと…」

「塔矢、知ってる人?」

「うん、碁の……」

「ああ、」


強張った表情でオレの告白を聞くであろう塔矢は、やわらかい笑顔で
近づいてきて、オレを廊下の端に連れ出した。
オレの覚悟とは裏腹に、そこにあるのはただ日常。


「どうした?今日は碁会所で待っていてくれって言っただろう?」

「うん……」


うん、だけどオレは、オマエに振られる為にここまで来たんだ。

外側から赤く染められた塔矢の顔。
内側から紅く染まった、オレの顔。

怖い。怖い。

オレは今から、コイツと恋人になれる1%の確率のために
コイツと友だちになれたかも知れない90%を捨てる。
でも、この一歩を踏み出さなければ、オレはもう前に進めない。


「それとも何かあった?」

「うん、あの」

「?」

「オレ…………オマエの事、好きなんだ」


烈火の如く怒り出すだろうか。
いやまず、意味が分からないって戸惑った顔をするだろうか。
悲しそうな顔をされたら一番救いがねぇ。

思った塔矢は、
驚くべき事に即答した。


「ボクもだよ」

「…………」




……現実は。
現実は、シビアな想像をしていたオレの頭の中よりずっとシビアだ。
普通なら喜んで良い筈の返答に、オレは凍結した。

聞き返されるより、
怒られるより。
オレを傷つける、
残酷な一言。

想いを、受け止めてさえくれない塔矢の天衣無縫な微笑みは
オレの血に染まってサディスティックに光っていた。

呆然と見つめながら、オレはただバカみたいに笑っていた。




−了−





※夕焼けサディスティックというよりは夕焼けマゾヒスティック。
  塔矢も本当にヒカルが好きで、内心小躍りしてるかも知れませんが
  そこまで書くと冗長なのでやめます






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