099:ラッカー








ボクには一つの悩みがある。





「なぁ〜、とぉやー。ちゅーして。」

「ふ、ふざけるな!」

「あらぁ、いつもお熱いわねぇ。」

「止めて下さい、市河さん!」

「だってぇ。アキラ君ってそこいらの女の子よりキレイなんだもの。
 進藤君だってぐらっと来るわよねぇ。」

「ぐらっと来るなんてもんじゃねーって。もう嫁に欲しいぐらい。」

「きゃー!進藤くんたらぁ!」


この軽い男は・・・!
ボクが、ライバルだと認めた時からどんどんボクの生活に入り込み、
今では冗談めかして男のボクに好きだなどと戯けた事を言う。




悩みと言うのは、そんな進藤にある「隠し事」をしている事。




「冗談はよせ。ボクは男だ。」

「そう?そんなの関係ある?」

「当たり前だ!そんなの生物の法則に反する!」

「あ。おまえ、同性愛をサベツするんだ。」

「同性・・・って。差別とかじゃなくても気持ち悪いとは思わないのか?」

「思わないよ。塔矢だもん。」

「・・・・・・。」

「おまえは、キレイだよ。」




だからこそ、進藤にキレイだと言われるのが辛い事・・・。








「おまえって出会った頃からずっとその重っくるしい髪型してるよな。」

「放っておいてくれ。」

「ほら、偶にはその前髪上げてみたら?感じが・・・、」

「触るなっ!」


額を曝そうとするのを止める為にびしっ、と音を立てて手を払う。
勢いが強すぎたか。
進藤は目を大きく開いてボクを見つめながら、無意識のように手をさすった。
少しやりすぎた、と思いつつも睨み付けるのはやめられない。


「・・・なんで?」

「・・・・・・。」

「何で、髪の毛触ろうとした時だけそんなに怒るの。」


知りたいか?


「な、なんだよ。はは、勿体ぶんなよ。」


・・・明日、ボクの家に来い。


「お。デートのお誘い?」



そんな簡単なことではない。
もしかしたら進藤とボクの関係は明日を境にすっかり変わってしまうかも知れない。

今のままでいい。
今のまま、変わりたくないと言う思いはある。

いつまでも、こんな追いかけっこを続けて。
キミの一方的な愛が注がれるのをただ見つめているのも悪くないけれど、

やはり、それは欺瞞だと思う。






がらがら・・・・。


「こんちはー。」

「やあ。」

「あれ?今日おばさんとかいないの?」

「ああ。ボクだけだ。」

「へぇ・・・。」


思った通り進藤はニヤと笑う。


「ねぇ。ちゅーしていい?」

「何で急にそうなんだ。」

「いいじゃん。いい加減させてくれたって。」

「いい加減て。」

「それに、誰も居ない家に呼ぶなんて、えっちもオッケーって言ってるようなもんだぜ?」

「だからどうして男相手にそういう思考になるんだ!」

「だって塔矢だから。」


相変わらずへらへらしている。
そんなへらへらに好きだなんて言われても嬉しくも何ともない。


取り敢えず座敷に引っ張って行き、取り敢えず一局打った。
ボクが勝った。





「あー、しまったなぁ。中盤までは良かったんだけどな。」

「ほら、ここで放り込んだのがいけなかったね。」

「いやその前の段階で・・・って、負けたからナシなんてナシだぞ。」

「・・・何の話だ?」

「おまえの髪型の秘密を教えるってんで今日呼んでくれたんだろ?」


・・・忘れてなかったか・・・。
打つのが楽しくて、ボクはつい忘れていたよ。
・・・キミも忘れてくれていても良かったのに。

今日呼んだ事を最早後悔する自分がいる。


「ああ。」


ボクの気も知らず、進藤が盤を回って側に来た。
顔を寄せてくるのを無言で押し返し、

ボクは、進藤の目を見つめる。


「ん?」


見つめながらゆっくりと、前髪を上げた。

剥き出された額に、当たる進藤の息が少し生ぬるくて気持ち悪い。


「・・・・・・。」

「・・・これが秘密だよ。」

「・・・何?ソレ。」

「痣。」


ボクの右の生え際から額の中央、こめかみにかけて醜い痣が見えている筈だ。


「12の頃は、生え際の小さな小さな痣だった。」

「・・・・・・。」

「元々この髪型だったから前髪で隠していたが、だんだん・・・加速度的に大きくなってきて。」

「・・・・・・。」


進藤の顔には、表情が見えない。
驚きすぎて何も言えないのかも知れない。


「・・・このペースで行けば今年中に髪で隠せなくなるだろう。
 5年もすれば顔全体に広がって、化け物のようになるだろうね。」

「・・・・・・。」


進藤の口が半開きになる。

キミが『そこいらの女の子よりキレイ』だと思っていたボクの顔に、
こんなに醜い痣があったんだよ。

さあ、どうする?

愉快だ。今まで散々キレイだ好きだと言っておいて。
掌を返したように離れるかい?
碁を打つとき以外は近づかなくなるかい?

などと考えるのは自虐的である以上に意地悪だと思う。

でもそんな意地悪な事を思いながらも、鼻の奥がつん、と痛くなって来た。
涙が出そうになる。

・・・ほら、驚いているじゃないか。
呆れているじゃないか、失望しているじゃないか。

やっぱり、やっぱり言わなければ良かった。
こんな事・・・・・・。






「ちゅーしよ。」

「・・・え?」

「いいじゃん、もうそろそろさせてくれても。」

「キミ、見えてないのか?ボクには醜い痣が、」

「かんけーねえよ。それより、」

「・・・10年後でもそう言えるか?きっともっと広がって上半身痣で覆われているよ。
 それでもボクが好きだと、キスしたいと言える?」

「言えるよ。」

「・・・・・・。」

「関係ないっつってんだろ?オレが好きなのは、『塔矢アキラ』なんだから。」

「・・・・・・。」

「10年、20年経って、どんなに姿が変わってもおまえが好きだよ。
 だから・・・しよ?」





進藤がのし掛かってきて、畳に倒される。
馬乗りになってボクの前髪を掻き上げ、しばらく痣をじっと見つめた後、ちゅ、とその上に口をつけた。


「いいじゃん。この痣でおまえが病気になったりするってんじゃなかったら。」


微笑んで、今度こそ逃すまいとボクの頬を挟んで唇を合わせてきた。







・・・まさかこんな事になるだなんて思ってもみなかった。

結局服を脱がされて、恐ろしいことにそのままされてしまった。
悲鳴を押し殺しながらも、それでも体に進藤を受け容れ、抵抗する事は出来なかった。


何故と言って進藤は完全にボクを受け容れてくれたから。



ボクが進藤に隠していた事、

・・・それはボクも進藤を好きになってしまっていたという事。



そして新しく出来た隠し事。



汗をかいても落ちないラッカーで描いた痣。
それはうすめ液を使えば落とすことが出来るけれど。



本当に醜いのは進藤を試したボクの心。

全てをくれなければ、何一つ与える事の出来なかった狡さ。





・・・それでもキミは、ボクを好きだと言ってくれるだろうか?







−了−







※誰ですか、この女々しい人は。
  まあ美人の典型的な悩みってことで。

  実際は痣があろうが美人は美人です。(そういう人を知っている)
  そうでない方もそれなりに。






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