|
|
098:墓碑銘 |
|
|
|
ボクは時間通りに来たつもりだが、待ち合わせのベンチには既にメッシュの後ろ頭が覗いていた。 足を弛めて後ろから近づく。 ベンチの後ろに立ったので進藤は気付いただろうが、振り向かなかった。 ボクも声を掛けずに進藤が見つめて居るであろう景色を眺めた。 ここは広い公園の中の小高い丘の上で、目の前に葉のない木々とグレイの広場が広がる。 その上にはグレイの空。 春ならば桜が見事なのだろうが、今の季節はほとんど人影も見えない。 寒くて震えそうなのに、恐らく進藤もそうなんだろうに、 お互い相手に気付いていても声を掛けずに前を向いている。 意地を張っている訳ではない。 もうそんなに子どもではない。 ただ、この時間が何故か心地良くて、ボク達はしばらく動かなかった。 「・・・行こっか。」 ようやく進藤が声を発して立ち上がった。 振り向きもしないで、塔矢かと確かめもしないで。 他人だったらどうするつもりなんだ。 「今日はありがとな。」 やっと目を合わせて微笑む。 「あれ?オマエそれ。」 ボクの手元に目を落として少し目を見開く。 「・・・だって。」 電話があったのは昨夜だ。 「なあ。明日一日オフだろ?予定がなかったら付き合ってくんない?」 「用事はないけれど・・・今日の明日か。お互いに疲れているだろう。」 「そうだな。でも打ってくれってんじゃないんだ。」 墓参りに、付き合えと言うのだ。 だから一応襟のある服を着て来たのだが、 進藤自身は普段着のダッフルコートでお供えを用意しているようでもない。 どういう仲の人なのだろう。 わざわざボクを誘ってこんな時期に参りたいなんて。 囲碁関係者には間違いないだろうが、進藤とボクの共通の知人で他界した人などいない。 いや先方が一方的にボクを知っていたという可能性はあるが・・・。 彼のお身内か行きつけの碁会所の常連客で亡くなった人がいるのだろうか。 でもボクと打ったこともない人の墓参りに連れ出すのも考えてみるとおかしい。 前を行く進藤の背中を見つめながらとつとつと考える。 今日の進藤は、いつもと違った。 沈んでいるようにも見えるが、妙に穏やかな顔をしていて。 それが、いつも表情豊かな彼を少し大人びて見せている。 きっと、彼にとってとても特別だった人の墓なのだろう・・・。 行けば分かる話なのだが、今日は進藤があれこれと話しかけて来ないので また推理を巡らせてみた。 ボクは、気付かない間にその人と打っていたのだろうか。 沢山の指導碁の内の一つが、その人だったのだろうか。 いや・・・・・。 オンラインということも考えられる。 だとしたらその相手は、 ・・・・・「sai」だ。 進藤は公園を出て巣鴨の古い町並みを見ながら歩いていく。 しかしボクは自分の思いつきに気を取られて、ほとんど風景が見えなかった。 ただ、知人のまた知人の墓参りに付き合うだけ。 ボクには関係のない話。 ではなくなって来た。 これから参る墓の主がもし「sai」だとしたら。 だとしたら、ボクは今日やっと彼の正体を知ることになる。 進藤を生涯のライバルと決めた日から、少しづつボクの頭から「sai」は遠ざかっていた。 電脳上にしか存在せず、こちらが打ちたいときに打てない、 現れなければ本当に存在しているのかどうかもわからない。 そんな相手よりも、目の前に確かに血肉を持って存在する進藤の方が ボクにとっては重要な相手になっていたのだ。 進藤自身が「sai」なのではないかと言う可能性を捨てきれなかったせいもある。 それでも「sai」がいないなどとは思わなかったし、忘れた訳でもなかった。 それどころか、いつか進藤が「sai」との関係を話してくれるのを 常に心のどこかで待ってすらいたのだ。 それももうほとんど諦めかけていた、そんな時に、不意に「その時」はやって来た。 でも、それが彼の亡くなった後だなんて。 「sai」であって欲しくもあり、それ以上にそうであって欲しくなかった。 でも考えれば考えるほど彼でしかあり得ないような気がする。 これから行く墓の墓碑銘を 瞼に焼き付けてボクはきっと一生忘れない。 「塔矢。」 進藤が急に振り返る。ぶつかりそうになって慌てて立ち止まる。 「何だ。」 「ありがとな。花。」 「・・・ああ。」 手元の皮肉な花束に目を落とした。 何を言っているんだ、別にキミに贈るわけじゃない。 そんな馬鹿馬鹿しいことはしない。 男に花を贈る趣味はないし、誕生日だとか他の時ならまだしも何故。今日。 そうじゃなくて墓参りと言えば花だろう。 ボクはキミが墓参りに付き合えと言うからお供えとして花を買ってきただけ。 それだけだって言うんだ。 別にキミに贈るわけじゃな・・・・・・ ・・・・・・・・。 ・・・ああ。 そんなことは当然、分かっているんだろうな。キミは。 クソッ。 今日、 進藤が「sai」の墓前に何を報告するつもりなのかは分かっている。 来年のこの日は絶対に 「去年塔矢から獲ったタイトルを取り返されました。」 と、報告させてやるから覚悟しておけ。 −了− ※これはくるりさんにスペシャルサンクス〜v 冒頭のシーンは彼女の絵そのまんまです。(待ち合わせとか墓参りとかは私設定) 空気感がとてもステキな絵です。どこにあるか、言ってもいいんだろうか。 いや、使っても良いと了承は貰ったよ。かーなり前にね!(って忘れてはったりして・・・汗) ヒカルがsai(というか秀策)の墓に報告するからには「本因坊」でも獲ったんですかね。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||