097:アスファルト
097:アスファルト










塔矢と、遭難・・・てゆうか山の中に取り残されて、
成り行きで肌と肌で温め合って寝ていた。


「あの・・・進藤。」

「・・・ん・・・何?」


うとうととしていたら、塔矢の声がした。


「・・・朝・・・?」

「いや、まだなんだけど、少し頼みがあって。」

「何?」

「ボク・・・ばってくれ・・・いか。」


ふ・・・と一気に意識が浮上する。
今、なんか言ったよな。でもオレ凄い聞き違いした気がする。


「何て?」

「ボクの手足を、縛って欲しい。」


・・・やっぱり聞き違いじゃなかったんだ・・・。
何も言えないでいると塔矢は、慌てて早口で続けた。


「いやボクは、実は寝相が凄く悪いんだ。寝ている間に殴ったり蹴ったりしたら悪いし。」

「いーよ。んなの。オレだってきっとやるし。」

「それに、知らない間に服を独り占めしてしまうかも知れないし。」


ん〜、それはちょっと寒いな。


「ふ〜ん・・・。どうやって?」

「ボクの荷物にタオルが入っている。」


手探りでごそごそと出して来た二枚のフェイスタオル。
座った塔矢は、手を「お縄にして下さい」状態で差し出す。
面倒くさいなぁと思いながらも、ぎゅっと縛った。


「痛くない?」

「大丈夫。それよりもう一回縛った方がよくないか。」

「タオルだから取れねーよ。んなにきつく縛ったら取るとき大変じゃん。」


それから揃えた足に向かう。
結構、細いんだな。
ふと、そういやパンツも脱いでたんだった、今コイツ全裸なんだ、と思い出して
つい足の上の方の暗がりに目が行きそうになったけど、慌てて目を逸らす。
何考えてんだ。塔矢のもんなんか見て、どうするんだ気持ち悪い。

足首にタオルを巻き付けながら、テレビでやってた脱出もののイリュージョンなんか思い出して
普通人を縛る経験なんてないよなぁ、なんて思いながら縛った。


「これでいい?」

「うん・・・ありがとう。」


そのまま肘をついて、向こうを向いて横たわった塔矢の白っぽいシルエットは
なんか掴まって手足を縛られた鹿かヤギかみたいで、ちょっと痛々しい感じがした。


「じゃあ・・・おやすみ。」

「うん。おやすみ。」


背中に覆い被さるようにして、せめていっぱい温かいようにと思って寝た。






次に目が覚めたのは、塔矢が腕の中でもがいていたからだ。
仰向いて、足をばたばたさせている。


「塔矢?」


声を掛けても返事はなくて、よく見えないけど目も閉じているみたいな感じだ。
ああ、寝ぼけてるんだ。
やっぱり縛られたままなんて不自由だよな。

自分で縛ってくれと言ったけど、多分寝たら本能が嫌がってるんだろう。
どうしようかな、と思ってたら、結び目の遊びが少なかった足のタオルが外れたようだ。
ホッとしたようにぱたりと足を延ばして、またすぐに寝息が聞こえる。

オレも寝ようと思ったら、また「ん・・・。」と言いだして、腕を動かしている。
今度は手かよ。
殴られるよりこっちの方が安眠妨害だよ。
ちょっと考えてから、腕を取って外してやった。


「・・・あ・・・?」

「うん。もう、寝ろよ。」

「ん・・・。」


少し頭を振った後・・・・・・。
塔矢は、上からオレに覆い被さってきた。


「え・・・?」


寒いのか?でも?
なんか、そんな、前から抱擁って照れない?
ってか、なんか、おまえ、変・・・怖い。

塔矢はオレを強く抱きしめて、そんで顔の当たった顎のあたりで
ぬめる・・・気持ち悪い感触が這う。

見上げた遥か天空で、オレを掴まえる巨大な手のような枝々がざわっ・・・と揺れた。



・・・コイツ・・・・・・塔矢じゃない!



塔矢は絶対こんな事しない。
しかもこんな非常時に。
寒い・・・寒いはずの体が、臨戦態勢に入って熱くなる。

でも、動けない・・・。怖くて。

妖怪?
人間じゃないよな、こんな時間にこんなとこ通りかからないよな、
ああ、幽霊以外にもそういう物の怪って本当にいたんだ。
学校の奴らとかに教えてやりたいけど、もうダメだ。こんな山の中で闇の中で、
人知れずきっとオレ、喰われちゃうんだ。そういや本物の塔矢ももう死んでるのかなぁ
この状況だったら絶望的だよなあ。

なんて考えながら固まってると、


「進藤・・・。」


囁くような、やさしい、塔矢に似たモノの声。

とう・・・や?

塔矢?おまえ、本物の塔矢か?

違うかも知れない、オレを油断させる為にこんな声出してるのかも知れない。
・・・でも。

またざわざわと、黒い木々が揺れる。

違っても良い。
物の怪でもいいから、もう少しだけ、塔矢の振りをしていて・・・。





しばらくそうしてから塔矢か塔矢に似たものは、オレのパンツを・・・
ってパンツ?!

何事かと思っているとパンツもトランクスも引き下ろして、オレのものを躊躇いもなく掴む。


「・・・・・・!」


な、何?何?
いやだ。こわい。

身を捩っても手は止まらず、それでも耳元に掛かる息は生暖かく。
塔矢だと信じたい気持ちと信じたくない気持ちが入り交じって、
何だかだんだんどうでも良くなってきて、


月が、見える。

寝る前は見えなかったのに。

時間が経ってるんだな。

やっぱケツ冷てぇ。


あ・・・勃って来た、オレ。
コイツ、上手いんだな。
ぼと、って先に冷たい、
でも途端にくちゃくちゃと、気持ちよさが段違いに、
ああツバか。

キタナイような、もうどうでもいいような。

オレの足の間に、相手が腰を入れる。
硬いものが硬いものに触れ、さすられ、揺らされる。


・・・きもち、い、い・・・。


動く腰に広げられた足の、付け根が痛い。
オレ、そんなに体柔らかくないんだよ。

でも、
こうやって、
女の子みたいに
されてるだけで。

ほら。

ねえ・・・。



闇なんて。

光がないだけじゃん。

それだけの事じゃん・・・。





やがて鋭い快感の後、生冷たいモノが臍から腰骨の上を伝って、
背中の方に流れ落ちた。

気持ち悪いなぁ。
ベタベタするなぁ。
でも動くの面倒くさいなぁ。

と思ってたら、タオルで拭いてくれてホッとする。

やっぱりコイツ、塔矢本人なのかなぁ・・・。
こんなに気が利く物の怪っていない気がするけど。
でもこんなにエロい塔矢もいない気がする。


月がすっかり隠れて、もう顔がどこにあるかも分からないや。


まだ相手はオレの足の間でなんか動いてて、ちょっと鬱陶しい。


「いてっ!毛!」

「あ、ごめん。」


ぷち、という痛みと引き替えに、慌てたような塔矢の声がして、
一気に恐怖の波が引いた。

ああ、やっぱり塔矢、なのかな・・・?

と確認する前に安心した途端に熱くなった体に夜気が気持ちよくて、
何だかすごく満たされた気持ちと、眠気が・・・勝っちゃって・・・

で、意識を失った。








翌朝はうるさい蝉の声で目が覚めた。

う・・・節々が痛い。背中がざりざりする。
眠れたような眠れなかったような、よく分からないだるさ。
岩の影からはみ出した足に、日が当たってじり、と温かい。

えっと、山の中で夜明かしして。
で・・・塔矢。

と、塔矢は?!


前の川の方で水音がしている。
がばっと起きると、ズボンだけ履いて片膝をついて何かをしている白い背中があった。


「・・・・・・とうやー?」


何となく恐る恐る呼びかける。
くるっと振り返って、


「ああ。おはよう。」


無表情で答えた塔矢は、びっくりするぐらいいつもの塔矢だった。
背景が大自然で上半身裸なのが、何かの間違いというかアイコラみたい。

でも、その手に持っているのは・・・水もしたたる白いタオル。

えっと・・・・・・それってやっぱりオレのん拭いた、からだよな。
乾いてカペカペになっちゃって、たんだよな。

ゴメン。なんか。

てゆーかさー、やっぱ、夢じゃ、なかったワケ?か。
え?


塔矢はオレがタオルから目が離せないのに気が付いているのかいないのか、
また川に向かってしゃがみこみ、バシャバシャと水音を立て始めた。

・・・ぶるっ

っあー・・・。さみっ!じゃなくて、えっと、しょんべんしょんべん。

立ち上がってから自分が全裸だ、と気が付いて(遅いよ)
やっぱり昨夜の事は夢じゃなかったんだな、って改めて思う。
服を着て斜面の藪の方にでも行くか、と思ったけど。

なんてえか、素っ裸って気持ちいい・・・!

カモン大自然!オレって原始人!って感じ。

それによく考えたら塔矢しかいないし、その塔矢には既に見られてるし、
急いで服着る必要全然ないじゃん。

ということでオレは全裸裸足のまま、今まで寝ていた所に影を落としている
大岩によじよじとよじ登った。
早朝のプチロッククライミング。


そして、てっぺん近くに顔を出した途端に目を射る


朝日。


まあーぶーしーー・・・。
丁度日の出、だったんだ。

目が開けてらんない。
オレは顔を背けながら這い登って、岩の上に仁王立ちになった。
木々に遮られた上流から、下流に向かって流れていく小川。
その向こうに見える山並み。
反対側の、朝日に照らされた斜面。
木々の緑。


ああ・・・この大自然は、ぜーんぶオレのモノ!


と、思えた。
どうして昨夜はこの森に襲われる、なんて思っちゃったんだろう。
実際オレを襲ったのは塔矢なんだけどね。ぷぷっ。なんて。

すうっ・・・と息を吸い込む。


「おてんとさーんっ!!!おっはようございまあーーーーす!!」


チチッ!
チイーッ!

ばさばさばさっ!

頭の上の森から、小鳥が群を成して飛び立って行く。
蝉も半分ぐらいが、ぴた、って鳴き止んだ。

あーっはっはっはっはっ!

面白くて腹抱えて笑ってると、後ろの川の所で、目を見開いたままへっぴり腰で固まってる
塔矢と目が合って、また笑いの発作。

ひとしきり笑って収まって来てからオレは塔矢に向かってピースをした。げらげら。

それからお天道様に向きなおり、パンツのボタンを外そうとしてから、あ、違うや、って
またぷっ、て一人で噴き出して、それから小便をする。

岩の下へ、長い長い放物線を描いて、吸い込まれていく金色の筋。

せっかくなんで普段出来ない事、ちんちん持って振り回すと、
大きな8の字を連続して描くのが、何かヨーロッパっぽい模様みたいな、
次は縦に、ぎざぎざぎざ。

きらきら、きらきら、

朝日に輝いて、金の鎖、なんてキレイ。


「進藤!汚いぞ。」


下から塔矢の声がする。


「いーんだよ。どうせ山の栄養になるんだし。」


お前もここへ来てやってみろ、気持ちいいぞ、って言ったら、
ボクはもう普通に済ませた。だって。






それからは服着て、昨日落ちた所までてくてく戻って
手を貸し合って崖をよじ登って。

下の広場まで戻ったら、なんと!芦原さんや伊角さんや、何と塔矢のお母さんに、
うちの母さんまでいたんだ。
母さんオレの顔見るなりひっぱたこうとしたんで、頭抱えてひいーって逃げて
芦原さんに「まあまあ無事だったんですから」なんて宥められて。


「私が心配で寝られないっていうのにお父さんったら
 『あいつは大丈夫だ、キャンプ気分を味わってるんだろ』なんて笑うんだから。」


お父さん慧眼です。
ちょっと怖かったけど楽しかった。
塔矢と一緒だったし。

携帯で既に山に入って探してくれていた人を呼び戻す。
その人達が帰ってくるまでの間、塔矢のお母さんが「おむすび作って来たのよ。」と言って、
にこにこしながらアルミ箔の包みをくれた。
いいよなぁ、いつも余裕って感じのこういうお母さん。

おむすびは、めちゃくちゃ旨かった。






駐車場に行く砂利道をみんなで歩いて帰る時、自然に最後尾で
塔矢と並ぶ形になった。
みんなに聞こえないように小声で、


「悪いんだけどさ・・・。」

「うん?」

「ちょっと、楽しかったよな。」

「・・・・・・うん。」


顔を伏せたまま笑う。
オレもつい、笑顔が止まらない。


「でさ、」

「うん。」


じゃり、じゃり、じゃり、じゃり、


「昨夜縛ってくれって言ったのって。」


じゃり、ぱた。ぱた。ぱた。

砂利道がアスファルトに変わる。
ああ、さらば大自然。ただいま、文明社会。

でも隣の足音が消えた、と思って振り返ると、まだ塔矢は砂利道ゾーンで立ちすくんでいた。


「どしたの?」

「・・・・・・。」


みんなどんどん先に行ってしまう。
って、やっと見つけた息子達なのに冷たいなぁ。
心配したんじゃなかったのかよ。

塔矢は、相変わらず棒立ちでこちらを睨んでいるんで、仕方なく数歩戻った。


「キミは・・・何を・・・。」


って、え?もしかしてオレが覚えてないと思った?
もしくはこのまま忘れた振りしてなかった事にするもんと?
ってっても、実際あった事だし。


「や、別に、ホントに寝相が悪いのか、それとも縛られてないとオレを
 襲っちゃいそうだって自分で思ってたのか、どっちだろと思って。」

「・・・・・・。」

「・・・ん〜、ま、いっか。どっちでも。」


そう言って塔矢の手を持って引っ張ると、不承不承、塔矢は
アスファルトの地面に足を踏み出した。
カモン、塔矢。文明社会へ、現実世界へようこそ。



悪くない。悪くないよ、こういうのって。
ずっとケンカみたいにしててさ、お前と打たなかったけど、ホントは打ちたかったし。
お前と打てるようになって、面と向かってケンカ出来るようになって、
ホントは嬉しかったし。

それに遭難した男女みたいに温め合っちゃった事だしさ。

まずはお友だちから始めましょうか、塔矢くん。
まずはお手々を繋ぎましょうか。






その後、塔矢と別れて乗った芦原さんの車の中で、


「アキラはびっくりする程寝相いいだろ。」


なーんて聞かれたのは塔矢には内緒だ。
当分ね。







−了−






※何がしたいの一体。







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