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095:ビートルズ 塔矢から久しぶりに電話が掛かってきた。 『社?久しぶり。』 「ああ、でもまた北斗杯の予選で東京行くからな、会えるわ。」 『そうだね。』 「そっちは?もうお前とヒカルは決まっとるようなもん?」 『だったらいいけど。そう簡単にも行かないと思うよ。』 「なんでぇな。こないだの名人戦の二次予選かてええとこまで行っとったやん。」 『ああ、ボクはいいんだけれど。ヒカルは少し調子が悪いみたいだ。』 「いけるやろ、あいつ本番に強いし。」 『そう願いたい。』 「大丈夫や。お前と一緒に北斗杯出る為やったら、アイツ石にかじり付いてでも勝つで。」 オレがいわゆる「同性愛カップル」に気付いたんは、二回目の北斗杯の時やった。 合宿ん時から、なんや妙に目と目を合わせとる事が多いと思とったけど、 朝になったら進藤が塔矢の部屋から起きて来たんは知っとったけど、 本格的に分かってしもたんは、北斗杯が終わった後の打ち上げ。 偶然トイレでキスしとるアイツら見てしもた時の事や。 いや、そらびっくりしたわ。 けど、見んかった振りすんのがええ、と決めた時には、既に二人と目え合うとった。 二人して小動物みたいにおろおろして、赤うなっとるん見たら・・・きしょいなんてとても言えんで 「・・・ええんちゃう?」 何でもない顔で言うしかなかった。 その後の飲み会では、進藤は未成年のくせして自棄みたいによう飲んで、 真っ赤な顔でへらへら笑ろとった。 「・・・大丈夫かいな、アイツ。」 「まあ大丈夫だろう。」 「オレに見られたんがショックやったんやろか。」 「うーん、それもあるかも知れないけれど。」 塔矢とオレは隅で小声でしゃべっとった。 塔矢は静かな声で、ずっと昔から好きやった事、好きで好きで堪らんで それでも言えんと苦しんどった事、ある時お互いに同じ気持ちやっちゅう事が分かって 天に昇る思いやった事を淡々と語った。 そして成就した後も、隠し通さなあかんかった恋の苦しさを。 「・・・だから。一人の人間にでも知って貰って、進藤は随分救われたんじゃないだろうか。」 そう言うて、幸せそうに進藤を眺めとる塔矢の横顔を見た時に、 いかに深くて辛い恋をしとるんかがよう分かってしもて。 ちょっとでもきしょいと思て、申し訳なかったと思た。 それからしばらく交流もなかったねんけど、久しぶりに東京に遊びに行くっちゅうたら、 塔矢が親もおらんし泊まりに来いって言うてくれたんや。 でもほいほい行った塔矢家の広い玄関で、オレは困惑した。 「なんか・・・お邪魔っぽうて気ぃ使うねんけど。」 「そんな必要ないさ。」 なんや既に進藤もおって、手ぇ繋いで出てきたんや。 そんで、オレ、お邪魔虫・・・な感じかと思たねんけど、二人は自分らの 仲を知っとるもんが一緒におるんが、嬉しいみたいやった。 今まで人前で出来んかった事、軽くいちゃついてみたり、のろけたり、 「御馳走さん」のオンパレードで結構うんざりやっちゅうの。 でも、何か意外と自然で、そやのに今までどんだけ外で我慢しとったんかと思うと 微笑ましくもあって、オレはせいぜい冷やかしたった。 塔矢も進藤も、幸せそうやった。 でも日が暮れるにつれ、進藤の顔が曇ってきた。 「どしたん?」 「社・・・明日の晩には帰るんだよな。」 「ああ。学校やしな。」 「あの、楽しかったよ。オレ、明日仕事だから。」 「さよか。」 「・・・みんなが社みたいだったら、いいのにな。」 「・・・・・・。」 みんながオレみたいやったら。 オレみたいに同性愛カップルに普通に接する事出来る人間ばっかりやったら。 ちゅう意味やって分かっただけに、オレは肯定も否定も出来へんかった。 肯定したら、差別の存在を認める事になる。 否定したら、偽善になる。 「誰憚る事なく、人前で手を繋げたら。」 「・・・そやな。」 どんなに目ぇ逸らしても、強く生きよと思ても、 お前らには生きにくい世の中やんな・・・。 「きっと一生塔矢といるけど、一生結婚も出来ない。」 「・・・・・・。」 俯いた進藤の肩を、抱き寄せる塔矢も俯く。 世間からはみ出した二人。 寒空の下、身を寄せ合って温め合うとる二匹の捨て猫みたいやった。 その時。 オレの頭の中で豆電球が光った。 「そや!結婚してしもたら?」 「ええ?!」 それからが大変やった。 あるもんで間に合わせなあかんからな。 小さな小さな結婚式。 参列者は、友人代表一人。兼、神父。 座敷で適当なCD音量絞ってかけて待っとったら、から、と襖が開く。 北斗杯のスーツ着た塔矢が、自分のお下がりのスーツを着て レースのカーテンかぶった進藤の手ぇとって、入場してきた。 このカーテンの進藤は最初かなり笑えて、みんなで散々爆笑したんや。 もう慣れたけどな。 ぱちぱちぱち・・・。 たった一人の、拍手。 あまりにも寂しゅうて、塔矢が苦笑して自分でも手を叩く。 進藤も手を叩く。 ・・・Hey Jude, don't make it bad Take a sad song and make it better・・・ ・・・落ち込むことはないんだよ・・・悲しい歌だって前向きに受け取れよ・・・ CDプレーヤーから、オレでも知っとる有名なナンバーが流れる。 この場に相応しいんか相応しないんか、 塔矢のお母さんが衝動買いしたっちゅうビートルズ。 And anytime you feel the pain,hey Jude,refrain Don't carry the world upon your shoulder 痛みを覚えたら、思い出すんだ。君が全てを抱え込んじゃいけない。 ・・・・・・ 「静粛に。それでは、塔矢アキラ、進藤ヒカルの結婚式を始めます。」 いや、何かいざとなったら照れるな。 起立!礼!着席!とか巫山戯たなったけど、やっぱりやめた。 「ええっと。ほんだら・・・『塔矢アキラ』。」 「はい。」 「『汝は』・・・『富める時も貧しき時も』・・・で、『健やかなる時も病める時も』。」 えっと、なんやったっけ。 常に互いを愛し、敬い・・・命ある限り変わる事の無い愛を貫くことを誓います。 そやったっけ。 大体こんなものだと思う。 さよか。では『進藤ヒカル』。 はい。 汝も・・・とにかく貧乏なろが病気になろが、何が起こっても死ぬまで塔矢アキラを愛し続ける事を誓うか? はい・・・。はい、誓います。 では、誓いのキ・・・やなかった、指輪の交換やな。 指輪は、オレが新幹線の中で食うた天津甘栗の口止めとった針金。 を輪っか状に丸めたもん。 そんな、オモチャの指輪とも言えんようなもんを、塔矢は真剣な顔でつまみ上げて、 慎重に、慎重に進藤の左手の薬指にはめていく。 オレは噴き出さんように必死や。 進藤は嬉しそうに左手を顔の前にかざして見つめた後、今度はもう一つを塔矢の指にはめる。 二人があんまり真面目やもんで、また笑えて・・・笑えて涙が滲んだ。 「ずっと着けてる訳にはいかないけど、オレ、これ一生大事にする。」 「いや、後でちゃんとしたもん買うたら?それより、誓いのキスやで。」 塔矢が、ゆっくりとカーテンを捲り上げて進藤の顔に手を触れる。 二人は数秒、見つめ合って、微笑み合った。 ・・・他人のキスを生で見るのは、これが二回目。 一回目もコイツらやったけど。 キスって・・・キレイなもんやな。と思た。 「・・・では、以上をもちまして塔矢アキラ・ヒカルの結婚式を終わります。」 こんなままごとやけど、何か緊張が解ける。 「じゃあ、お寿司でも頼むから。」 「社の結婚式にも呼んでくれよ。」 「アホ。まだ早いっちゅうねん。」 「そうかー?」 「オレは散々遊んでから結婚するでぇ。」 「はははっ。そう言う奴に限って早く結婚したりすんだよ。」 「おまえなぁ。」 「・・・ありがとう、な。社。」 ・・・急に目ぇ見つめて真顔になって。 ずっこいっちゅうねん。 「本当にありがとう。幸せだよ・・・。社にも、幸せになって欲しい。」 「ああ。お前らが幸せやったらオレも幸せや。」 ガラにもなく。 オレらしくもなく。 ・・・妙な雰囲気になってきた。 「ほな、オレ行くわ。」 「え、どこへ?」 「ビジネスホテルでも探す。」 「え、だって。」 「今夜、お前らの初夜やろ?絶対同じ屋根の下に寝たないっちゅうねん。」 「そんなぁ。オレが帰るよ。」 「アホ。はにぃむーんすっぽかす花嫁が何処におんねん。」 また顔を見合わせて真っ赤になっとる二人は放っといて、自分の荷物に 上着を突っ込む。 Let it be , let it be , let it be , let it be Whisper words of wisdom , Let it be・・・ 消しそびれたプレーヤーからは、まだポールが小さな声で歌う。 その切ないメロディーに、また目頭が熱くなりそうになって、 慌てて乱暴にファスナーを閉める。 ビートルズが流れる度に、きっとオレは今日の事を思い出す。 ビートルズがこの世にある限り、オレは今日の事を忘れへん。 門まで見送ってくれた二人は、結婚しとるというにはやっぱり頼りのうて。 どう見ても、まだ保護者が必要な子どもらみたいに儚くて。 だからこそ Let it be , let it be ,・・・ なすがままに。 あるがままに。 頑張りや。 心から思えた。 「ほなな。・・・幸せにな。」 塔矢とオレだけが、進藤ヒカルの事を「進藤」やのうて「ヒカル」って呼ぶんは そういう経緯があったからなんや。 −了− ※あまりにも碁を打ちそうにない三人ですみません。 ビートルズと言いながら尾崎豊の「I love you.」です。 「今だけは悲しい歌聞きたくないよ〜」とか「二人はまるで捨て猫みたい〜」とか・・・。 いやそこだけだけど。 和訳間違えてたら教えて下さい。 | ||
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