094:釦
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塔矢アキラが例の、高永夏との爛れた夏を送ったマヨヒガから帰ってきた翌々週。

既に完全に戦線に復帰した塔矢アキラ、進藤ヒカル、社清春、そして団長の倉田で
遅ればせながらの棋杯打ち上げ一泊旅行をした。



夕食で一人成人しているにも関わらず酒も飲まずに通常状態以上の健啖ぶりを
発揮した倉田に、少年三人は飲まれるやら呆れるやらで。

特に塔矢アキラは彼らのテンションに付いていけず、
「まだ疲れが残っているようです」などと一人早めに部屋に引き上げた。






一時間後、漸くお開きになってヒカルは夕食(というか宴会)のあった
倉田と社の部屋を後にする。



聞きたくもない倉田の愚痴だの歌だのを聞かされて、辟易しながらも旅の空、
妙に浮かれた気分で鼻歌まじりに部屋に帰って来たヒカルは、
既に延べてある二つの布団の片方にアキラが眠っているのを発見した。



あーあ。オレも窓側の方が良かったのに。

子どものような感想を持ちながら、ふと悪戯心が湧いてアキラの布団を持ち上げ
横に滑り込んでみた。



気が付いたらどんな顔をするかな・・・。

勿論朝までこのまま寝るつもりはなかった。
あくまでも、ちょっとしたお茶目のつもりだった。



ところが。

アキラは「ん・・・」と小さく呻きながらヒカルの方に寝返りを打つと、
ごく自然な仕草で股間に手を伸ばし、ヒカルの逸物を握って軽く揉みしだいたのだ。


「あ、あ、」


あまりの驚愕に声の出ないヒカル。
しかしその只ならぬ雰囲気にヒカルの方を向いていたアキラの目がぱちりと開き、


「!!!」


こちらも声一つ上げられず、バッと布団をまくり上げて凄まじい勢いで飛びすさり、
両手を広げて窓際にぺたりと張り付いた。



アキラの寝ていた布団に横たわったまま動けないヒカルと
窓に張り付いたアキラ。

しばし凍り付いた時間を見つめ合う。






これって、これって、そういう事?そういう事だろうな、
だってすごい自然だったし、女の子と間違えたっつっても胸ならまだしも
こんな所揉まないよな普通、それに慣れた感じだったし、何か上手かったし、
ええ?ええ?コイツってそういう奴だったの?今まで全然気が付かなかった、


しまった!永夏の事は忘れたつもりだったのについうっかり寝ぼけて、
てゆうか何で進藤ボクの布団に入ってるんだ、にしても逃げたのは失敗だった、
気が付いても悠然としていればまだ巫山戯たのだと誤魔化せたものを、
いやボクにそんな芸当が出来るもんか!そういうキャラじゃないし、


その間双方の頭は相当高回転だったが、いやむしろアキラの方が速かった位だが
いかんせん考えねばならぬ事の量が最初から違うので、ヒカルが先に平常心を取り戻した。


「あ、あの、」

「は・・・は?」

「オマエ、そういう趣味、」

「バッ、バカを言うなっ!」

「いやだって、」

「だってもクソもあるかっ!」

「ま、まあ、落ち着いてよ、」

「この・・・!」

「いや、オレ、そういうのに理解ある方だと思うから。」

「・・・・・。」

「い、いいんだよ、人それぞれなんだから。」

「だから!」

「オレ、オマエが男好きでも別に気持ち悪いとか病気とか思わねえし、」

「思われて堪るかっ!違うんだから!」

「・・・だって、オマエ、オレのモノ揉んだ。ナチュラルに。」


びしりと言われてアキラは言葉を失う。

いけない。このままではいけない。
進藤はどんどん冷静になっている。
自分も頭を冷やさなければ、と大きく深呼吸をする。


「それで、」


お互いに同時に口を開いて、またしばし黙り込む。


「・・・どうぞ。」

「あ、ああ。それで、相手は誰な訳?」

「・・・・・。」

「緒方さん?芦原さん?」

「あのね・・・。」


アキラは自分も大概思いこみが激しい方だとは思うが、進藤はそれに輪を掛けていると思っていた。
勿論主観である。


ともかくこのまま放っておいたらいつまでもしつこく聞いてくるだろうし、
進藤よろしく「キミにはいつか話すかも知れない。」などと誤魔化して、
人前で食い下がられたりしても困る。

何より変に誤解されつづけるのは非常に不愉快だ。

こういった場合、無駄に逃げ続けるよりは早めに白旗を上げるのが
被害を最小限に食い止める策かも知れない。
数手先まで読んだだけで、彼は本能的に悟っていた。




アキラは一つ溜息をついて、覚悟を決める。
そして、口を開いた。



誘拐されていた間の事を、
永夏の自慰の道具に使われていた事を、
その内永夏も塔矢の性欲の処理に協力するようになったことを、
感情を交えず簡潔に伝える。


「・・・というわけなんだ。」


本当は泣きたいほど情けない思いを隠して出来るだけ冷静に話したつもりだが、
ヒカルを見ると彼の方が泣きそうな顔をしていた。


「おま・・・そんな、酷い事・・・。」

「高永夏は悪くないよ、多分。お互いに極限状態だったんだし。」

「でも、」

「悪い、夢だったんだ。」

「ごめ、んな。オレ、興味本位で・・・。」

「いいよ。だからボクは元々男が好きな訳じゃないし忘れたつもりだったんだけど・・・。」


言葉を切って考える。
進藤が思うように自分が可哀想だなんて思ったことはない、それでも。

やはり、

話したのが進藤で良かった。
進藤に話して、良かった。


「カラダは高を忘れていなかった訳だ、自分でもさっきまで知らなかったが。」

「そっ・・・」


ヒカルが膝立ちで一歩アキラににじり寄る。


「そんな風に言うなよ!大丈夫だよ。」

「大丈夫って・・・・・。」

「と、とにかく、高永夏の事は忘れちまえよ!だって高永夏は、」

「・・・・・・。」

「もしっ、忘れられないんなら、オレ、オレでよければ、協力するから!・・・ちょっとなら。」


社交辞令だと思った。
それでも、嬉しかった。


「・・・無理するなよ。」

「してねえよ!本気だよ。」


アキラの瞳に静かな笑みが浮かぶ。
そう言ってくれる人がいる、という事が分かっただけでどれだけボクは・・・。


「その気持だけで、救われるよ・・・。」

「気、気持だけじゃないっ!嘘なんかじゃ、ないって!」


言いざまにヒカルが自分のパジャマの釦を上から一つはずす。
二番目の釦に掛かった指を、アキラはやんわりと押さえた。


さっきとは違う意味で泣きそうだった。


ヒカルが自分ではずした一番目の釦に指先を触れる。

白石に似たそれは、
ヒカルが無償で自分と同じ場所に堕ちてくれると言った、その証拠のようで、
これから自分は白番になる度に今日の事を思い出すかも知れない、と思った。



漸く永夏から、解放された。

そして、進藤に、捕まった。



アキラらしくもなく胸が熱くなる。

何故か体まで熱くなる。

進藤の釦をはずす手を止めたのは、勿体なかったかも知れない。

彼の好意になら、頑固な自分でも素直に甘えられそうな気がする・・・・。


これが友情というものなのかも知れない、とアキラは思ったが、
全然違うという事に彼はまだ気付かない。









−了−







※まあ・・・バレてるというか。

  このシリーズは淡泊度が普段より更に5割増しということで。







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