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091:サイレン 「ヒカル・・・。」 囁くような声がオレを呼ぶ。 目を開けると清々しい微笑み、そうか・・・鍵掛けてなかったか・・・。 「おはよう。」 すべすべしたほっぺが近づいてきて、柔らかく頬ずりする。 「うん・・・おはよ。」 「驚いたか?」 「ああ。」 「まだ寝ぼけてるな?」 クスクスと笑って頬に口づけるのをやはり笑いながら受け止め、 それでもその口がずれてオレの唇に近づくのはさり気なく避けた。 アキラは少し寂しそうな顔をした後、布団の上からオレにのし掛かって 首に抱きついて来る。 布団越しでも柔らかい胸の感触が微かに感じられて、オレはどぎまぎした。 頭の中で、警鐘が鳴る。 「アキラ・・・。」 「何?」 「どっか出掛けよっか。」 「・・・・・・。」 「ほら、天気もいいし。外でデートしよう。」 アキラは今度は寂しそうな顔はせずに、眉を顰めた。 だからその顔、怖いんだって。 「何故?」 「・・・・・・。」 「ねえ、どうしてなんだ。」 そう言われると、困るんだけど。 「何故、」 「何の話?」 「とぼけるな!私の気持ちを知っていて、どうして、」 「アキラ。」 「ずっと・・・ずっと私は、」 「アキラ、ストップ!」 「・・・・・・。」 「ダメだよ。それ以上、言わないで。」 「・・・どうして。」 アキラが俯いて、唇を噛む。 それでも彼女は絶対泣かない。オレは知ってる。 でもだからこそ、オレはおまえにそんな顔をさせたくない。 流すことの出来ない涙が、おまえの心を溺れさせる事も知っているから。 そんな顔を見せ続けられたら、きっとおまえを抱いてしまうから。 胸の中で、サイレンが鳴る。 「ねえ、アキラ。」 「・・・・・・。」 赤い警鐘燈がくるくる回って、痛いから。 耳鳴りがするほどサイレンが煩いから。 「もうそろそろ終わ・・・りにしない?」 ぱっと顔を上げて見開かれる、黒い瞳。 きれいだ。とても。 「・・・何を?」 ごめん・・・本当に。 「楽しかったよ。おまえと一緒にいられて。」 「嘘。」 「本当だよ。こんなに幸せだった事はなかった。」 「違う。終わりにしようなんて嘘だろう?」 「本当。」 「でも、だって、私の事を好きだって、」 「うん、好きだよ。大好きだよ。」 「じゃあ、」 「好きだけど、それは恋じゃない。」 「・・・・・・。」 「心の底から大好きだけど・・・、もう限界なんだ。」 唇を震わせるアキラ。 美人だな・・・ホントにおまえは美人だよ。 「騙・・・してたんだ・・・。私一人で舞い上がって、私一人で恋をして。」 「・・・そう思って貰ってもいい。」 「抱きもしない、キスもしない、それって私を大事に思ってくれているからだと思ってた。」 「・・・・・・。」 「バカみたいだ・・・。」 サイレン。 それは頭の中でサイレンが鳴るから。 でもおまえが大切すぎるのも事実なんだよ・・・。 「おまえはオレにとってあまりにも特別な人なんだ。だから、」 「・・・・・・。」 「・・・だから。・・・終わりにしよう・・・。」 パンッ! 頬が鳴った。 熱い。 女の子のビンタなんて、避けようと思えば避けられた。 特にアキラはとろいしさ。 オレは俯いたまま顔を上げなかった。 アキラは泣かない。泣きやしない。だから顔を見る必要なんてない。 「本当なんだ。おまえはオレにとって特別すぎる、大切すぎる人だから。」 「・・・分からない。分からないよ。」 「オレなんかといたら、おまえはダメになる。きっと。」 「・・・・・・。」 ああ、男の都合のいい逃げ口上だ。 でもホントにそうなんだ。 オレと居ても何一ついい事なんかない。 いつかは必ず離れなきゃならないんだから、早い方がいい。 「おまえには目的があんだろ?親父さんを越える碁打ちになるんだろ? だったらオレなんかに構ってんなよ。」 「・・・死んだ人は、越えられない・・・。」 震える声。 泣いてなんかいない。アキラは泣かない。 「大丈夫。おまえなら名人にだって何だってなれる。」 「・・・・・・。」 「だから、オレなんか捨ててまっしぐらに自分の目標に向かって走れ。」 「ずるい。ずるいよ、キミは・・・。」 「・・・ずっと見てるから。遠くから、ずっとずっと。・・・ずっと、愛してる。」 倒れ込んできたアキラを抱きしめて、 その甘い匂いに眩暈がして・・・ そしてオレは目覚めた。 ・・・「進藤?」 「・・・ああ?」 「どうした。」 「え、何が?」 「怖い夢でも見たのか?」 塔矢がからかうように、笑う。 そう、二人で地方に仕事に行く途中の新幹線の中で寝てしまったんだった・・・。 そんで、顔を触ると頬が濡れている。 「あーヤバっ!」 「何の夢を見ていたんだ?」 それは、遠い未来の夢。 有りそうで、有り得ない夢。 「自分の娘と近親相姦しそうになる夢。」 「・・・それはまた妙な話だな。結婚もしてないのに。」 「うん・・・。」 まあ原因は思い当たらないでもないけどね。 男が男である塔矢アキラを好きになるなんて・・・普通じゃない。 からオレは多分、一生この想いは口にしない。 でも、子どもが出来たらアキラと名付けて可愛がるくらいの事はしてしまうかも知れない。 と、常々思ってるから。 「娘の方は気付いてないんだよ、オレが親父だって事に。」 「?」 「オレは今のオレのまんまなんだ。」 「へえ。それはちょっと安心だけれど、ますます奇妙だ。 ということはその夢の中では年を取ったキミと今のキミが併存してるって事?」 「ううん・・・。」 いなかった。 夢の中には、年取ったオレは既にいなかった。 「オレ・・・早死にするかもな。」 「・・・・・・。」 「結構早めに大成して名人にでもなれるけど、その分早く死ぬかも。」 別に塔矢の関心を引こうと思って言った事じゃないけど。 塔矢はさもバカにしたようにふん、と鼻を鳴らした。 「早めに大成なんてするもんか。大体ボクというライバルがいるんだから。 同じくらいの器が二人いたら『大成』って言って貰えないの、知ってるか?」 「でも、」 「夢の話だろう?そんなもの、逆夢にすればいいんだ!」 「な、」 なんで、なんでさぁ、そんな事言われなきゃならない訳? そんなに怒るワケ? 何でそんなに目が潤むほど腹を立ててるわけ? いっけどさ。 ・・・逆夢かぁ・・・。 おまえに告白もしないで早死にとか、確かにゾッとしないけれど。 逆さまに、しちゃおうか。 うんと長生きしちゃおうか。 おまえに告白しちゃおうか・・・。 そうすっとあの愛娘アキラに会えなくなるのは少し残念だけどね。 −了− ※バック・トゥ・ザ・フューチャー。(違う) | ||
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