088:髪結の亭主
088:髪結の亭主









日本囲碁界の巨星、塔矢行洋がこの世を去ってから既に三年が経つ。

その葬式以来何度かこの家に足を運んだけど、
まさかその塔矢の家でこんな朝を迎える日が来るなんて。





オレは洗面所を探してやたら長い廊下を歩きながら、訥々と思い出していた。


塔矢先生の葬式の日、オレは仕事が入っていて随分遅れた。
本葬には間に合わなかったけど、せめて線香だけでも上げさせて貰おうと思って走ってきた。
玄関には沢山の人がいたので、縁側かどっかから上がろうとか非常識な事を考えながら
横手に入ると、そのキレイな日本庭園の灯籠の陰に、黒いスーツの塔矢アキラが佇んでいた。


その初めて見るようなぼうっとした顔。
気持ちは、よく分かる。
オレもその少し前に似たような経験をしていたから。

ずっと側にいた人がいなくなった事が信じられなくて、認めたくなくて。

大体立ち直ってはいたけれど、どこかそんな気持ちを引きずっていたオレに
塔矢がシンパシーを覚えたのも無理もない。

あの葬式の日、偶々そんなオレ達が二人きりで出会った時。
運命のようなものを感じなかった訳ではない。


「あ・・・進藤。」

「あの・・・大丈夫か?」

「・・・・・・。」

「何て言っていいかわかんないけど・・・ずっと側にいてうるさいなぁ、と思ってた人でも
 いなくなると、寂しいよな。」

「父はうるさくなどなかった。」


塔矢は怒ったように言い、それからふっと自嘲気味に笑い、
最後に、泣いた。

オレの前でぽろぽろ、ぽろぽろ、と涙をこぼした。

何とかしてやりたかったけど、何もしてやれなかった。




「あの、ハンカチ・・・。」

「ありがとう。持ってる。」

「・・・・・・。」


やっと涙の納まった塔矢は、天を仰ぎ


「前回泣いたのも、キミの、前だった。いつもボクが泣く時には、キミがいるな。」


と呟いた。




後で聞いたところによると、葬式の時は塔矢は涙一つ見せず、気丈に挨拶をして
それが却って参列者の涙を誘う程だったと言う。

きっと、オレの前だから泣けたのだろう。
同じ悲しみを、味わったばかりのオレの前だったから。







廊下を一回曲がり間違えてから、やっとオレは洗面所に着いた。
見慣れない広い洗面台。
ばしゃばしゃと顔を洗ってから、いけね、タオルが、と思うと、わ、びっくりした。
目の前にきれいに畳まれた真っ白なタオルが差し出された。


「これを使って。」


塔矢も、起きて来てたのか。
でも・・・なんでこんなに普通の顔をしていられるんだろう。


「サンキュ。・・・おはよ。」

「おはよう。」


無表情に挨拶をする。白いパジャマ。


「あの・・・昨夜はよく寝られた?」


んな事聞くなよ。しらじらしい。


「よく、寝られなかった。」

「ボクもだ。」


そりゃそうだ。

オレが顔を拭いている間に、塔矢は歯磨きを始めた。
気付くと、オレの前にも新品の歯ブラシが置かれてある。

何も言わず、横長い鏡に向かって並びながら、二人で歯を磨いた。
塔矢先生と塔矢も、こんな事したことあるんだろうか。
考えるとおかしいな。

本当に、こんな朝を迎える日が来るなんて。







塔矢が先に歯磨きと洗顔を終え、気まずい沈黙が流れる。
やがてぎこちなく話しかけてくた。


「・・・昨夜も聞こうと思ったんだが。」

「ああ?」

「いつも寝間着を着ないで寝るのか?」

「ほへがへらき。」

「・・・そのジャージが?」

「ひはほひ、はがはなんかひへふひゃふがいふほは。」

「は?」


ペッ。ジャー。


「今時、パジャマなんか着てる奴がいるとは思わなかったっての。」

「何を言っているんだ。普通だろう。」

「んな事ねーよ。急に人が来たとき困るじゃん。」

「寝間着を着替えていないような時間帯に訪問してくる方が悪い。」


あーそっか。起きたらすぐ着替える訳ね。


「じゃあ朝飯も着替えてから食うわけ?」

「当たり前だろう?まさかそのまま?」

「うん。」


家庭が変われば生活習慣も違うなぁ。さすが塔矢家。
なんて思いながら、こんな話振って来るなんて、コイツもきっと会話に困ってるなぁ、
と思った。


「で・・・あの。」

「何?」

「昨夜の、話なんだけど。」

「・・・ああ。」


来た・・・。
目を逸らしたら鏡の中の塔矢と目が合いそうになって、また逸らして。


「家を出て一人暮らしをするって。」

「うん。オレもう自活出来るしな。」

「でも一人だと、何かと不便だろう?」

「そうでもないと思う。」


塔矢が、何を言いたいか分かってる。
だって昨日の夜も。


「・・・ここで。この家で、一緒に暮らさないか。」

「う〜ん・・・。」

「碁も・・・いつでも打てるし。」


昨日の夜、これで少し気まずくなったんだ。
このでっかい家で暮らすのって悪くないとは思うんだけど。


「・・・やっぱ、オマエとオレって。」


塔矢先生の、陰がこの家のそこここに見え隠れするから。


「ライバルはライバルだし・・・どういう関係になっても。」


と言うと、塔矢は耳を真っ赤にした。
髪の毛で隠れてると思ってるだろ。先が見えてるぜ。
でもオレも自分で言っておいて、赤面した。


「それは、そうだが。・・・もしかして後悔しているのか?」

「いや・・・。オマエは?あの時、頷いたの、後悔してねえの?」

「してない。ボクは・・・・・・、こうなって良かったと思っている。」


照れるなよ〜、オレまで気まずくなるじゃんかよ、といつもの調子で言いたいけれど、
とても言えない、だってオレもホントになんだか。


「そっか・・・・・・オレも。」

「・・・・・・良かった。」

「しばらくなら、ここで暮らしてもいいかも・・・。」


無器用な会話の応酬。嫌ではないけど、やっぱちょっとハズい。

塔矢も耳を赤らめたまま、はにかんだような顔をした。
こういう時って、意外と可愛い顔するんだな。










「ヒカルさん〜!アキラさん〜!ご飯が出来たわよ〜!」


おっとそうだった。
隣の台所から、お母さんの声がする。


「はい!すぐ着替えます!」

「オマエ・・・お母さんに敬語なわけ?」

「まあ・・・大体。」


やっぱちょっとおかしい。この家。


「じゃあ行こうか。しん・・・。」


と言いかけて、塔矢が言葉を切った。
少し眉を寄せて躊躇った後、


「・・・・・・兄さん。」

「それ嫌がらせか。」

「そんなつもりはない。」



茶の間にはきっと既に、金持ちで美人の未亡人を射止めた幸運な元・男やもめが
落ち着き無く、でも照れくさそうに幸せそうに座っているだろう。

誰が何て言っても塔矢とオレは味方だからさ、頑張れよ。



おめでとう。父さん。









−了−












※他では有り得ないだろうと自信を持って言えるカプ、ヒカパパ×明子。
  本当にネタが切れてきたなぁ。行洋も美津子さんもゴメン。

  あ、このヒカルとアキラさんは全然フォモじゃねいですよ。






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送