083:雨垂れ 室温は快適に保たれているが、折から降り始めた雨が窓に当たり、 ガラスの内側に湿気を張り付け、やがて筋を作る。 「・・・で、これはどういう訳?」 「ボクに説明を求めるな。」 「だって緒方さんオマエの兄弟子だろう!」 「それはそうだが。」 言ってしまっていいのだろうか。 いや、言うしかないな。 「緒方さんはな、キミとボクが付き合っていると勘違いしているんだ。」 「はぁ?」 「そう言うわけだ。」 「って、ちょっと待てよ。それってそういう意味で?」 「ああ。」 「ええ?ええ?オレもオマエもホモと思われてんの?」 もう、さっきからはっきり言いたくない事を、認めたくない事を。 「そうなるね。」 「え、え、何だよそれ?キモいよ〜!何でそうなるんだよ〜!」 「あのな、100%キミのせいだぞ!」 「え、何で?」 「キミ、一昨日ボクの部屋に来て泊まっただろう?」 「あ・・・。いや、そうだけど!だからって男と女じゃあるまいし、何でそれでデキてるって話になるわけ?」 「それが緒方さんの不思議な所だ。」 「っていうか、緒方さんなんでそれ知ってるわけ?」 それはボクが言ったからだけど。 何故言うハメになったかというと、それはキミがボクの首にキスマーク・・・というか吸い痕を付けたからで。 その話はしたくないし、キミも聞きたくないと思う。 「・・・その話は後だ。とりあえず、もうすぐ永夏と秀英が来るんじゃないか?」 「あ、そっか!やべえ!どうする?」 「とりあえず部屋に電話して、こっちから行くことにしよう。」 とその時、 リー・・・ンゴーン・・・。 控えめな、しかし壮麗な電子音が響きわたる。 「うわ!来たーー!!どうする?どうする?」 「・・・仕方ないな。正直に兄弟子の悪ふざけだとでも言うしかないな。」 「正直に、って割りに嘘じゃん。」 「なんだと?じゃあ正直に言えっていうのか?」 「んなこと言ってねーだろ? ってか、正直に緒方さんが勘違いしてるんだって言ったっていいじゃんかよ!」 「ボクの兄弟子が変な人だと思われてもいいのか!」 「いいさ!それに変な人だし。一緒に寝ただけで男同士でデキてるなんて思いこむなんて。」 「寝ただけでって!」 「何キレてんの?」 「キレてない!」 リンゴーン・・・。 「ああ、もう。待たせてるじゃないか!」 方針も決まらないままドアを開けるのもどうかと思ったが、人を待たせるのには耐えられない。 カチャ・・・。 案の定、楽な服装になった永夏と秀英が立っていた。 「遅かったな。何かお邪魔だった?」 「いえ!全然!」 「わーやっぱり広いな!ボク達の部屋と全然・・・。」 秀英が固まる。 永夏も、固まる。 ボクも、固まる。 「進藤!」 「あ、や、急いで着替えなきゃって!」 相変わらず無くなってくれないダブルベッド。 そして、 その前でTシャツを中途半端に脱ぎかけの進藤。 そのタイミングの外し方は、ワザとだろうか。 「・・・なんで、ベッドがこんなに大きいんだ?」 やがて、秀英が聞いていいのかどうか迷う、という感じで半脱ぎ進藤に話しかける。 「だ、だから、これは間違い、間違いなんだ!な?塔矢。」 「あ、ああ。間違いだ。」 「秀英。」 妙に冷静な永夏が声を出す。 嫌な予感・・・。 「出直そう。一時間くらいでいいか?」 こちらを笑いを含んだ流し目で見る。 「『待って下さい!全く大丈夫です!』おい、進藤、キミも着替えるんなら早く着替えろ!」 「え、前半なんてったの?」 「まずい。永夏も何か勘違いしているかも知れない。」 「何でそうなるんだよ〜!」 「キミがダブルベッドの前で服を脱いでるからだ!」 「だって5秒で着替えられると思ったんだもん!」 あたふたとTシャツを脱いで、裸の背中を見せたまま新しいTシャツを取りだして タグを引きちぎる進藤を、腕組みしたままの永夏がじっと見つめる。 もしかしてボクがこれを組み敷いている所とか想像しているんだろうか。 ああ、嫌だ。 「もしかして、勘違いされてませんか?」 「何が。」 「・・・進藤とボクは本当に何でもありません。 この部屋は先輩棋士の悪ふざけなんですよ。」 「なんだ。てっきりダブルベッドに裸で寝るような関係かと思った。」 「冗談じゃありません!」 「永夏〜。」 振り返ると秀英が、真っ赤な顔をしていた。 忘れてた・・・。 「そ、そんなこと有るわけ無いじゃないか。」 「そ、そうだよな。」 と言いつつも、秀英は進藤の方を気味悪そうに見る。 進藤はやっとTシャツを身に付け、ホッとした顔をしてベッドに座り込んだ。 と思ったら、思ったよりスプリングが効いていたらしく、ぽふん、と跳ねてそのまま寝転がった形で 沈み込んでしまった。 「おっ!やらけ〜!おい、来いよ!」 すっかり今の空気を忘れたのか、こちらに向かって手招きをする。 ボクは呆れてしゃがみ込みそうになったが、隣の秀英は無視するべきかどうか少し迷った後 おずおずと近づき、マットを手を押して 「・・・本当だ。柔らかいね。」 と言った。 優しいというか、付き合いのいい子だ。 しかし次の瞬間。 永夏がごく何気なく靴を脱いだかと思うとたたたっとベッドの方に走って行って その勢いでぴょん、と飛び上がり、棒高跳びをしているかのように空中で体を捻って 見事にマットレスの真ん中に墜落した。 ぼよ〜んぼよ〜ん はずみで進藤が飛び上がり、進藤が落ちる頃には永夏がまた飛び上がる。 トランポリン代わりにして遊ぶな!いい年をして! 呆然と見ている秀英とボクを尻目に二人は大笑いしながらベッドの上で跳ねたり お互いの体を使って立ち上がろうとしてまた転けたりして、ジャレあっていた。 やがて、進藤の肩に付いた永夏の手がするっとすべり、そのまま進藤の上に倒れ込む。 笑いながら「重いって〜」と叩く振りをする手を掴み、自分の体で進藤の体を 押さえ込むように、押し倒した。 更に動きを封じるように、足を進藤の足の間に入れる。 プロレスごっこか何かのつもりだろうか。 「こら!どけって!重いっての、おまえは。」 と言いながら、なんでそんなに笑っているんだキミは! その時、進藤の顔の向こうから永夏がボクの顔を観察するように凝っと見ているのに気付いた。 「おお怖い。塔矢が睨んでいるからもうやめておこう。」 急に立ち上がった永夏を、進藤が笑顔のまま訳が分からないといった顔で見る。 「何て?」 「・・・・・・。」 「おい塔矢、今永夏何てったの?トウヤとか言ったよな。」 「何でもない!秀英とボクの対局が始まる、という話だ。」 永夏がまた嫌な笑い方をしている、と思ったが、無視して碁盤を広げた。 ボクは動揺していたのだろうか・・・何に? 秀英も怪しげな空気に呑まれてか、全く本調子が出ないようだった。 ボクはと言えばそんな秀英にやっと勝てたという有様。 両側から見ていた永夏と進藤も、どちらかが少し長考すれば二人してまたベッドに行って ぼよんぼよんと遊んでいる。 折角国境を越えて碁打ちが4人集まっているのに、何とも緊張感のない、だらだらとした 時間になってしまった。 それというのも、主にこの永夏と進藤のせいだ! 小学生か?キミらは。 と思うが、言うわけにも行くまい。 雨が降る。 窓に大粒の水が当たり、分厚いガラスにも関わらずバラバラという音が室内にまで響く。 結局さほど検討をする事もなく、お互いに苦笑して秀英とボクは碁石を片付けた。 進藤と遊び飽きた永夏も丁度立ち上がって、早口で何か言いながら秀英と連れだって 笑顔でドアへ向かう。 まあ、国際交流と思えば悪くない。 永夏と進藤が何となく打ち解けてくれたのも収穫と言えば収穫だし。 二人とも緒方さんの冗談・・・の件も忘れてくれたようなので助かった。 ダブルベッドのスプリング様さまだな。 「あ、そうだ。」 閉まりかけたドアから、永夏が頭を出す。 「何か?」 しかし永夏は口では答えず、にっこりと笑って、窓を指さした。 そして今度こそ「おやすみ」と言って、去っていった。 「なんなんだ?」 進藤が窓に寄り、外を覗く。 ボクも隣から外を見ると、室内の光に照らされて自分たちの顔が逆光に見え、 その上を結露が流れ落ちていった。 顔の黒い影の向こうには、首都の夜景が滲んで見える。 「キレイだな・・・。」 「ああ。」 改めて思うと不思議だ。 進藤と二人でこうやって、宝石箱のような夜の街を見下ろしているなんて。 一昨夜はもっと低い階にある部屋だったし、北斗杯で頭がいっぱいで窓の外なんて見る余裕なくて。 そうこうしている内に、進藤が部屋にやってきて・・・。 「あれ?」 「どうした?」 進藤がはぁっと息を吐きかけると、濡れたガラスに横書きで何か浮かび上がった。 「まる、まる、まる・・・と棒だ。なにこれ。」 ハングル・・・? 自分も息を吐きかけて、流れて読みづらいのに目を凝らす。 ・・・邪魔して悪・・・ 今夜はシンドウと・・・ ゴユックリ オタノシミ、クダサイ・・・ −了− ※すみませんね、もうタイトルすら出てきません。 だってホテルの部屋で「雨垂れ」は無理。 |
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