082:プラスチック爆弾








歩くと言っても夕食まであまり時間もないし、観光地などは回れなかった。
しかし永夏は買い物と言っても着替えだけで、ただ外国の町を少し歩ければ良いようだ。

秀英はしきりに「懐かしい」を繰り返し、「この店が変わった」などと言っていた。
よく覚えている。
それに、彼は進藤に負けはしたが、えらくすっきりとした顔をしている。
彼の中で、何か一つけじめがついたのかも知れない。

でも、ボクは今まで彼をただ「韓国の棋士」として見ていたので、こんな風にはしゃいだ
14歳の素顔を見せられて・・・少し戸惑った。




進藤が秀英と話していたので、自然ボクは永夏と並んで歩いている。
ぎこちなくぽつりぽつりと会話を交わす。


「・・・秀英とは北斗杯の前から?」

「ああ。家も近いし、彼がプロになってからはよく打つな。弟みたいなもんだ。」

「そうですか。」

「進藤とは、」

「・・・・・・。」

「北斗杯の前から友達なのか?」

「友達、というか知り合いです。」

「そうだな。あまり仲が良さそうでもない。」

「ええ。」

「だが、気の置けない仲、という感じでもある。」

「古い知り合いですから。」

「小さい頃から彼と碁を?」

「12歳の時初めて打ちましたが・・・。」


何故そんなに進藤を気にする?


「秀策と進藤の関係については聞いていません。
 が、彼がボクにはいつか話す、と言ってくれたので。」


「には」を強調しすぎたかも知れない。
だが・・・ボクも思いとどまっていることを、永夏に気軽に聞いて欲しくないのは確かだ。


「・・・オレは別に秀策の話はしてないぞ。」

「そうですか?」

「そんなに怖い目をするな。」


慌てて意識的に目元を和らげる。
だが、永夏はなんと思っただろう。






町を歩いているとどうも沢山の視線を感じる。
進藤と大きな声で話している秀英の、少し片言な日本語で振り返り、
永夏の美貌から目が離せない、そんな様子だった。

少し恥ずかしかったが永夏は慣れているらしく気にも留めていない。
進藤と秀英はもともと他人の視線が気になる質でもないのだろう。
ボクだけ少し離れて歩きたくなった。


「おい、どうした?」


1〜2歩遅れたボクを永夏が振り返る。


「いえ・・・もうホテルも近いな、と思って。」

「ああ、もうここまで来たら道は分かるけど、コーヒーでも飲んで行かないか?」


高慢で人を見下した印象の永夏だが、話せば気さくじゃないか。
少し嬉しい。
でも・・・そうは言っても、打ってくれる訳じゃないんだろう?
ならそんなに気軽に誘って、期待を持たせないで欲しい。


「あれ?何しゃべってるの?」

「ああ、もうそろそろ・・・」

「塔矢!」


進藤の隣で秀英が、こちらを見つめている。
昨日進藤に向けていたような、熱い目で。


「ボクと・・・対局してくれないか。」

「え・・・。」

「勝とうなんて、思っていない。だけど、どうしてもアナタと打ちたい。」


返事に窮する。
ボクが永夏を狙っていたように、彼も下心を持ってボクに案内を頼んだ訳だ・・・。

勿論彼の碁に興味がないではない。
けれど、永夏に比べるとやはり。
それに、


「もうすぐ夕食だろう?時間がない・・・。」

「塔矢!」


遮ったのは進藤だった。


「打ってやれよ。」








ホテルのフロントで鍵を受け取る永夏の後ろで、話をする。


「夕食どうするんだ。」

「レストランだろ?追加できんじゃねーの?」

「にしても・・・。」

「オマエ、秀英と対局したくねえのかよ。」

「そんな事は。」

「もしかして舐めてる?アイツ強いぜ。オレは相性いいけど、オマエが勝てるとは限らない。」

「舐めてはいないが、負けもしないさ。」

「ははん。言ったな?」

「ああ言ったとも!」


じゃあその間にオレは永夏と、と含み笑いをしながらフロントに向かった。
ちっ。それが狙いか。


「あの・・・昨日の囲碁の棋杯の日本選手の方でいらっしゃいますでしょうか。」


フロント嬢が、問いかけてきた。


「そうだけど?」

「塔矢様と進藤様ですね。お部屋はこちらになります。」


キーが差し出される。


「いや、夕食だけで部屋は取る気ないんだけど。」

「日本棋院様の方からご予約いただいておりますが?」


頭を捻る進藤の横から口を出す。


「・・・すみません、日本棋院の誰か分かりますか。」

「少々お待ち下さいませ・・・・・・日本棋院様の、オガタ様ですね。」

「ええっ?何でえ?」


嫌な予感がした。
進藤にちょっと待ってろ、と言って公衆電話に走る。
緒方さんの携帯に電話したら、ワンコールで出た。


『おお、丁度電話しようと思ってた所だ。』

「何故進藤とボクの部屋を取ったんです?」

『塔矢先生に電話したら韓国選手とプライベートで打つと聞いたので、どうせ同じホテルだろうと。』

「打ったのは碁会所ですよ。このホテルに戻ってきたのは偶然です。」

『そうか。まあ良かったじゃないか。ゆっくりしろよ。』

「ゆっくりするつもりはありませんよ。今日は帰ります。というかどういうつもりです。」

『もうキャンセル出来ないからそう言わずに泊まって来い。ささやかな祝だ。』

「は?」

『進藤とまだヤってないんだろう?チャンスをやろうと言うんだ。』

「ちょっと待って下さい!」

『高い部屋だからな。無駄にするなよ。じゃあな。』

「緒方さん!緒方さん!」


無情にもぷつりと切れて、つーつーと愛想のない連続音だけが答える。
ボクは肩を落として皆の元に戻った。







「どしたの?急に。電話なら貸してやったのに。」

「いや・・・その部屋は緒方さんの奢りのようだ。」

「ひゃー!気前いい!ラッキー。おい秀英、オレ達も泊まれるから一晩中でも打てるぜ!」


喜ぶ前にその裏を読め。
何故何も考えないで手放しで喜べるんだ。


「・・・おい、オレは打たないぞ。」


所々秀英から通訳されていたらしい永夏が眉を顰めて言った。


「な、なんだよ!打てよ!もう一回やろうぜ。」

「そうです。進藤はともかく、ボクも是非一度アナタと・・・。」

「どちらとも打たない。」

「何、何てってるの?」

「・・・キミともボクとも打たないそうだ。」


一体。折角のこのチャンス。


「何故ですか?明日は帰国するだけで仕事は入れていないと。」

「永夏!」


進藤が大声で言って睨み付ける。
こんな所で恥ずかしい、と思うが、今だけはボクも問い詰めたい気分だ。


「オマエ、逃げるのか?」

「進藤はね、」

「逃げるわけないだろう。」

「怖いんだろう。もう一度オレとやったら負けるんじゃないかって。」

「永夏がオマエなんかに負けるわけないだろう!」

「オマエなど怖いものか。」


やはりこの二人、秀英の通訳がなくても通じている・・・。
笑うべき光景かも知れないが、今はそんな場合じゃない。

北斗杯の大将で二勝したのは永夏とボク。
だが、ボクは一勝は副将からだ・・・。
つまり、現在日中韓三国のジュニアでbPなのは高永夏という事になっている。

ボクの実力がそのbPにどこまで通用するか知る、これは今年最後のチャンスなんだ。


「永夏!どうして・・・。」


険しい目で進藤を睨んでいた永夏が、ボクを見て眉を弛め、
少し困ったように考えていたが、やがてニヤリと笑った。


「仕事はないが彼女を待たせてるからな。体力を残しておきたいんだ。」


分かるだろ?というように、軽く片目をつぶる。
急に話がとんでもない方に行って、ボクはどぎまぎして赤面してしまった。


「なんだよ今の!コイツ今オマエに色目使った!気色悪いな!
 ってか、まさか二人でこっそり約束してんじゃねーだろな?」


なんで今だけ訳の分からない誤解をするんだ。


「・・・いや、彼はどうしても今日は打つ気はないようだよ。」

「ちぇ。んだよソレ。・・・まあいいや。塔矢の後秀英と再戦だ。」

「望むところだ!」









「この部屋・・・オレ達の部屋よりクラスが上だな?」


エレベータのなかで永夏がボク達のキーを見て少し面白くなさそうな顔をする。
確かに番号の桁が違う。もしかして最上階だろうか。


「さあ・・・何だか先輩棋士が勝手に取ってくれたようで。」


と、何とか誤魔化した


「で、どこで打つ?」

「部屋でいいんじゃない?後でフロントに碁盤あるか聞いてくる。」

「ああ、なければ携帯碁盤持っていくよ。」

「持っていくって・・・オレ達の部屋に来るつもりか?」

「え・・・。」

「ボク、塔矢と進藤の部屋見てみたい!」

「恐らくそっちの部屋の方が広いぞ。」

「そうかも知れませんね。では来て下さい。」


韓国語の応酬に、物問いたげな進藤にボク達の部屋で打つことになったと言うと、


「いいんじゃねーの?」


にこりと笑った。
これが、後で何度も「キミも同意したよな?」と言い争うことになる問題の場面だ。







ホテルのレストランで夕食を摂った後、一旦それぞれの部屋へ引き上げる。
だが、その前に進藤とボクはフロントへ碁盤を借りられるかどうか聞きに行ってみた。
驚くべき事に用意されていた。
真新しい箱に入った折り畳み式の碁盤を見て、やはりホテルで碁を打とうなどと言う人は
いないのだろうな、と、改めて碁のマイナーさが身に沁みたが、進藤は


「北斗杯用に用意しといてくれたのかな?気が利くね〜!」


と顔を輝かせた。
ポジティブシンキング。
でも、進藤がそういうなら、そうなんだ、と思えてくる所が不思議だ。


それから、一旦ホテルを出て近所で寝間着を探す。
進藤が、わざわざパジャマを買うのが勿体ないと言うから、ボクもTシャツにした。

エレベータで最上階近くまで登り、自分たちの部屋を探す。
どのホテルでもあまり来たこともないような場所で、一歩エレベーターから出た所から
絨毯、調度、内装、全てが昨夜自分たちが泊まった階とは違う。
ドアとドアの間隔も広くて、別のホテルみたいだ。

両親と一緒ならともかく、進藤と2人で立っていると、
酷く分不相応のようで少し落ち着かなかった。


「わーすっげー!!」


だが進藤は臆する事もなく一直線に走り出す。
恥ずかしいから止めて欲しい。


「いいじゃん!他に誰もいないんだし。」

「いつ誰が出てくるか知れないだろう。
 ボク達が北斗杯の日本代表だと知っている人もいるかも知れない。」

「北斗杯は終わったんだから、オレらは普通の15歳だよ。」

「プロ棋士のな。」

「ちぇ。オマエっていちいち親父くせえよなぁ。」


キミにプロ棋士としての、いやそれ以前に社会人としての自覚が足りなすぎるんだ。
いやでも・・・世間では15歳、と言ったら、そんなものなのかも知れない・・・と思う。

普通の、いや大多数の15歳から外れたボク達。
でも、そんな15歳の顔も併せ持つ進藤。
側にいる者としては堪ったものではないが、羨ましくないと言えば、嘘になる。
でも。


「おーい!見つけた!早く、早く来いよ〜!」


キミと入れ替われと言われても絶対にゴメンだ。






・・・・・・手に持っていた進藤のリュックが、ずるりと床に落ちる。
ボクも自分の鞄を落とさないように、手を握りしめる。

部屋は、とても広かった。


「これってツインじゃ・・・。」



そしてボク達の目の前には、広大なキングサイズのベッドが広がっていた。




「・・・おい、永夏と秀英に何て言う?」

「プラスチック爆弾が仕掛けられてたから来るなとでも言うか。」





−了−








※なんだかもう。
  お題の無理矢理さ加減を笑っていただく為のシリーズ。






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