080:ベルリンの壁
080:ベルリンの壁







韓国戦が終わった・・・・・。

北斗杯が終わった。



「行こう。進藤。」


これで終わりじゃない。

終わりなどない。


表彰式に行こう。


という意味だけでは無いことを、彼は気付いてくれただろうか。





高永夏と進藤の大将戦は、不様ではなかった。
それどころかボクでさえ敵うかどうかという程の、見事な一局だった。

負け惜しみではない。
結果が全てだとは思うが、
本当にどちらが勝っても不思議ではないと思った。

それを進藤に伝えたい、とも思う。
あれほど打倒高永夏を願っていた進藤だから、今さぞや落ち込んでいるだろう。

でもやはり言わない。

ライバルだから?
ボクに何を言われても慰まらないだろうから?
負けたのは事実なのだから甘やかしたくない?

自分でもよく分からない。

少なくとも進藤が何故秀策にこだわるのか教えてくれないから、
などとは思いたくない。

最大の理由はやはり「言う必要がないから。」だと思うし、

「終わりなどない。」

それで充分だとも思う。




戦いたい。
戦いたい。

進藤と戦いたい。高永夏と戦いたい。




「・・・おい。」

「何だ。」

「進藤になんか言うたらんでええんか?」

「・・・何を。」

「いや、なんか。」

「何か言いたいのなら自分が言えばいいだろう。」

「冷たいやっちゃなぁ。」

「分からないな。」

「・・・こんな時に、自分めっちゃ好戦的な顔しとった。」




こんな時に、とはどんな時だ。
日本が負けたとき?
進藤が負けたとき?

そういえば


「キミは自分がボクに何か言って欲しいのか。」

「まさか。オレはええねん。はっきり実力の差やと思う。でも次はそうはいかん。」

「言うだけならタダだな。」

「オマエなぁ!」

「進藤も同じだろう。何も言う必要はない。」

「そやかて・・・オマエら、そういう仲やろ?」

「そういうって?」

「そらその・・・割ないっちゅうか。」

「!・・・ああ、今朝のことか?それは違うんだ。」

「いや。別にええやん。オレはなんも・・・あ、はい。」



ボクが物を言う前に社は倉田さんに呼ばれて行ってしまった。



「塔矢・・・・塔矢。」


振り向くと進藤がいる。
笑顔に、頬の涙の跡が痛々しい。
何か言いたい。
少なくともボクはキミに失望していないし、他のメンバーだって・・・。


「ゴメンな。」


ボクは口を開けかけたが、やはり掛ける言葉が出なかった。


「あんなえらそうな口聞いて、やっぱり負けた。」

「そうだな。」

「・・・高永夏、最後なんてったの?」


・・・『遠い過去と未来をつなげるためにオマエがいる?
                    オレ達はみなそうだろう。』


「それは・・・・。」


恐らくあの場で進藤の言葉を一番理解したのは、直前まで対局していた
高永夏だろう。

あれ程の対局。

言葉は通じなくとも、あの瞬間進藤と一番心が通い合っていたのは、永夏だ。

社でもなく、倉田さんでもなく、

ボクでもなく。

進藤も本当は永夏が何と言ったのか知っているのではないか、と思った。
それを確かめたいだけなんじゃないか・・・。
別にそのせいで意地の悪いことをする訳ではないが、



「・・・キミが高永夏に勝ったら教えてやる。だから、」


一年後の北斗杯。
絶対高永夏は出てくる。日本の前に立ちはだかる高い壁として。
今よりも強くなって。
勿論ボクも負けはしない。


「ボクに遅れるな、進藤。来年も勝ち上がって来い。」


一緒に、北斗杯に出よう。






「進藤!」


表彰式の後、大きな声に振り返ると、韓国の洪秀英がいた。


「進藤、明日あの碁会所で打とう。」

「・・・ああ、何時にする?」


軽く答えるな、進藤。
それに、高永夏とあれほどの対局をした進藤、三将の洪秀英には
悪いが勝ち目はないんじゃないだろうか。

それでも隣にいても秀英の真剣な顔に目を奪われずにはいられない。

震えながらも追い、怯えながらも挑もうとする。

それはいっそ清々しい程で。

こんな瞳を、ボクは知っている。

ちりちりと、心が燻るようだ。
進藤を追いかけて、追いかけて、追われて。
そうやって皆で切磋琢磨し合う事こそが神の一手に近づく事のはずなのに、
そんな男は自分一人で充分だなどと思ってしまう・・・。

思い上がっているな、ボクは。






その晩家に帰ると、父が帰っていて、緒方さんや芦原さんも来ていた。


「お父さん、お帰りなさい。」

「ああ。」

「アキラこそお帰り〜。お疲れ様。」

「あ、はい。」

「よお。・・・おめでとうと言うべきか、残念だったと言うべきか。」

「北斗杯はまた来年もあるらしいです。」

「そうなのか。まあ次は進藤にも社にも頑張って欲しいものだ。」

「同じメンバーかどうか分かりませんよ。」

「お前は間違いないだろう。」

「ええ。頑張ります。」

「塔矢先生も会場に応援に駆けつけられたそうだが。」

「はい。終わった後聞きました。」

「うむ・・・。本当はもっと早く帰国するつもりだったが、遅れて韓国戦から見させて貰った。」


それで終了したら表彰式も見ず帰ってきたというわけか。
父らしい、と思う。
ありがたいと思う。


「大将戦はご覧になりましたか?」


ボクが大将じゃなかったから、驚いたことと思う。
でも、見ていないはずはないと思った。


「さっき検討していた所だ。」

「ボクにも教えて下さい。」


自分の対局の検討よりも、興奮した。
何より父が、緒方さんが、進藤の一手に、高永夏の一手に唸るのが、嬉しかった。
それは夜遅くまで続いた。





芦原さんに遅れて帰る緒方さんを門まで送る。


「今日はわざわざありがとうございました。」

「ああ。疲れている所を悪かったな。」

「いえ。・・・・?」


不意に手を伸ばして、ボクの顎を持ち上げ、首を門灯に晒すようにして見つめる。


「何ですか?」

「昨夜、部屋に誰か来たのか?」

「え?ああ、進藤が来てボクの部屋で寝ましたが、何故それを?」

「・・・・・。」


少し目を見開いた後、顔を逸らして眼鏡を押し上げる。


「気を付けた方がいいな。」

「何をですか。」

「もうほとんど消えかかっているが首筋に痣があった。」


痣・・・。あ、そういえば昨夜進藤が唇を押しつけてきていた・・・。
寝ぼけて吸ったか噛んだかしたのか。気が付かなかった。


「ネット中継で一瞬顔が出たとき、襟から少し覗いていた。
 まあ影にも見えたし誰も気が付いていないとは思うが、」


何もなかったのだし別に構わないと思ったが、そう言えば今朝社がボクの襟元を
見つめていたのを思い出す。


「狭い世界なんだから気を付けろと言っておけ。仲が良いのは結構なことだが。」

「違います。」


そうそう誤解されては堪らない。
進藤とボクは仲がいいとか悪いとか、そういう間柄ではない。


「いいじゃないか。誰も責めてはいない。許し合える相手がいるのはいいもんだ。」

「許し合うだなんて。進藤とボクとの間には」


ベルリンの壁よりも厚い壁が。


「過去にはあったかも知れないが今は崩壊して統一されてるんだろ?
 で、今はどの程度統合されてるんだ?経済格差はまだあるだろうが。」


軽口に、無言で目に力を込めて睨み付けると


「まさか。一緒に寝てまだヤってないのか。」



・・・言い返す気力もなかった。






−了−






※ベルリンの壁(笑)無理ありすぎですね。難しい。

 てかまだ続くのか。
 ええっと次は秀英との対局でしょうか。
 で・・・ハ、ハイヒール?!



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