079:INSOMNIA
079:INSOMNIA







北斗杯2日目。

対中国戦で、進藤は負けはしたが、後半怒濤の追い上げを見せた。
確かに倉田さんに評価されても良いと思う。

そして彼は、見事韓国の大将、高永夏との対戦カードを手に入れた。
ボクは当然自分が高永夏と対戦するものと思っていたし、
楽しみにしていなかったと言えば嘘になる。

でも、倉田さんが言ったようにそれで進藤が成長するのなら。

ボクを打ち負かすほど、自他ともボクのライバルとして認められるほど
強くなるなら、喜んで譲る。

これも正直な気持だ。


それに・・・秀策。
高永夏が秀策を馬鹿にしたからといって、進藤は常識はずれなほど
取り乱した。そして高永夏との対戦を切に願った。

進藤にとって秀策とは。
謎が多すぎる進藤。
これは勘にすぎないが、「sai 」とも無関係ではないような気がする・・・。

問い質したい気持を随分な努力で押さえつけたものだ。
キミがボクにはいつか話してくれると言った言葉を信じて。

なのにその夜キミは。






ホテル付属の浴衣に着替えてさて寝ようと思っていたら、遠慮がちな
ノックの音が聞こえた。
誰だ?
こめかみが引き攣る。

重要な対戦を控えた棋士の睡眠や集中を妨げる者は許せない。


不機嫌な顔を隠す気にもなれずドアを開くと、そこには意外にも枕をかかえた進藤がいた。
先程、秀策との関係について問い質す代わりに
「不様な結果は許さない」などと厳しいことを言って別れたばかりなので少し驚く。

にしてもTシャツの下は半ズボン・・・ならまだいいが、
もしかしてトランクスなんじゃないだろうか。誰かに見られたらどうする。
体裁が悪くて慌てて進藤を部屋に引き込んだ。



「何の用だ。今頃。」

「眠れないんだ。」

「無理矢理にでも寝ないと明日の対局に差し支えるぞ。」

「うん・・・・・塔矢、頼みがある。」

「何。」

「一緒に寝てくれ。」


一喝したくなるのを寸前で堪え、一歩下がって進藤を見る。

勿論そんなことは不可能だ。
只でさえ緊張と興奮でピリピリしていて誰とも会いたくない時なのに
そんな者同志のプロ棋士二人、対局でもないのに同じ部屋で長時間
過ごすなんて、ガスの充満した部屋でマッチを擦るようなものだ。


でも、そんなことを分かっていてわざわざ部屋にまで来る進藤の
心理状態には興味を覚えた。


「どうしたんだ。」

「オレ・・・怖いんだ。」

「怖じ気づいたのか。高永夏に。」

「・・・・・・。」

「見損なったぞ!それなら最初から大将にしてくれなんて、」

「違うんだ!」


本気でそんなことを思ったわけではない。
そんなに弱い男なら、ここまでボクを追ってくることさえ出来なかったはずだ。
ただ、怖いと言った進藤の表情に、一抹の不安を覚えたのは確かで。
カツを入れる、という以上にその不安を打ち消して欲しくてわざとキツい口調をしてみたのだ。


「違う。永夏とは戦いたい。」

「じゃあ何だ。部屋に秀策の幽霊でも出たのか。」


苛立ち混じりに口をついた言葉に、
進藤が固まる。
え?
何故そこで、固まるんだ。


「・・・幽霊なんか、出ない。」

「・・・・・・。」

「でも、オレは明日秀策と、戦う。」


何が言いたいんだ。訳が分からない。

秀策と、戦う。

「秀策を相手にする」
という意味だろうか。高永夏を秀策になぞらえているのだろうか。
高が秀策を否定している以上それはおかしいと思う。
それでは
「秀策と共に戦う」
という意味だろうか。
一体どこに秀策がいると言う、
・・・・・・。

もしかして。
もしかして、進藤と秀策の関係を問い質すのなら、今、なんだろうか。
今なら。
言ってくれそうな気もする・・・。




しかし迷う内に進藤は言葉を続けた。


「オレは明日絶対負けるわけにはいかない。でも、塔矢、お前なら、」

「ボクなら?」

「相手は副将なんだから余裕だろ?だから、」


頭に血が上った。


「ふざけるな!ボクを、韓国の副将を馬鹿にするのもいいかげんにしろ!」

「助けて!」


全く人の話を聞いていない返事に、また戸惑いが走る。


「助けて。お前の力を分けて。じゃないとオレ、今夜、」


・・・連れて行かれそうだ。

ホテルの一室で聞くには、穏便でない言葉。
またしても一歩下がって、進藤を見る。
様子が、おかしい。
神経質になっているのは分かるが、確かに、

影が薄い。


「オレは明日絶対に負けるわけにはいかない、絶対に・・・。」


つぶやくように繰り返す。

このまま追い返したら、部屋で首を括りそうな気がした。

倉田さんの部屋へでも連れていきたいところだが、先輩にそんなことを
頼むのはあんまりだろう。
社・・・も明日対局が控えているのだから、条件はボクと同じだ。

自分の体調を考える。
悪くない。
多少眠りが浅くても、勝敗に差し支えは無さそうな気がした。

一つ溜息。


「・・・わかった。だが、睡眠の邪魔をしないでくれ。」

「あ、ありがとう!」


進藤の目にいつもの光りが戻って、少しホッとした。





無言で背を向け、ベッドサイドを残して電気を消し、布団に潜り込む。
そういえば進藤はどこで寝るんだろう、と思って振り向いたら、
Tシャツを脱ぎ始めていた。


「・・・進藤。」

「何。」

「ボクにはそういう趣味はないんだが。」

「へ?」


ぽかんとした顔の後、


「ああ、オレにもないよ。いや、部屋が暖かい時は裸で寝たいんだよ。」

「下着は脱ぐなよ。」

「脱ぐかよ!エッチ!」


どうも進藤といると、調子が狂う。
先程までの緊張が解けたと言えば聞こえはいいが、無駄に脱力してしまった。
そして進藤は当たり前のようにベッドに潜り込んでくる。


「・・・進藤。」

「だから何。」

「寒いなら服を着ろ。」


ボクにぴたりと寄り添う。というか半身覆い被さる。重い。気色が悪い。


「・・・頼むから・・・こうさせてくれ。」


また先程のような、鬱陶しい・・・。
しかし記憶にある限り生まれて初めての人の重み。
そして体温。鼓動。

気持ちが悪いと言えば気持ちが悪いのだけれど、何か。

トクッ

トクッ

どこか心安らぐような。
進藤の気持も分からなくもない。

少し、悪くないかな、と思った。






「おやすみ。」

「ああ、おやすみ。」


ベッドサイドの明かりを消すと、闇に包まれる。
進藤の顔が首の付け根当たりに押しつけられている。

顔というか、唇。

キス。

ではないだろう。
このまま進藤の顔が上がってきてボクの唇に重なってきたら、とか
浴衣の襟から進藤の手が滑り込んできたらどうする、と思わなくもないが、
それはないだろう。絶対に。


確信を裏付けるように、もはや立て始めた進藤の寝息に釣り込まれ、
ボクも深い闇に落ちていった。







翌朝は、ノックの音で目が覚めた。
寝過ごしたようだ。
目覚ましを掛けるかモーニングコールを頼むか、と思っていたのに
進藤の思わぬ来訪で、忘れてしまっていたらしい。

目を開けるとそこには進藤の足があった。
どれだけ寝相が悪いんだ!キミは!

しつこいノックに足をどけて起きあがり、襟を合わせてスリッパを履く。



カチャ。


「・・・はい。」

「おはようさん。って、まだ寝とったんかい!もう朝食・・・。」

「ああ・・・おはよう。済まない。」


社が目を合わさない。
目を見張ってボクの襟元辺りを見つめている。
なんだ?と思っていたら、奥から進藤が起き出してきた。


「なーにー・・・?もうメシなの?」

「し、ん・・・。」


社の口が開き掛けては閉じ、また開くが言葉が出てこない。


「ああ、昨夜はここで寝たんだよ。」

「おま・・・裸・・・。」

「え?」


振り向いたら殆ど全裸で、片手は頭を掻き、片手はトランクスの中に
突っ込んだ寝ぼけ顔の進藤がいた。

と、はた、と社がしているかも知れない誤解に思い至った。


「社、勘違いしないでくれ。」

「あ、ああ。そうやろな、そらそうやろな・・・・。」

「昨夜は偶々泊めてくれって来ただけで、彼は元々裸で寝るらしいんだ。」

「そう、そうか。そんなら、食堂で待っとるし。」


ほな!と叫んで、逃げるように行ってしまった。
今ひとつ誤解が解き切れていない気もするが、そんな事より今は。



韓国戦だ。







−了−





※続きそうです。どうしよう。




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