076:影法師








「・・・でまたそこでパッコーン!」

「もういいって。」


パシ。

パチパチパチ・・・・・・。





素早くお辞儀をして、ライトが落ちる前に小走りに袖に戻る。


「お疲れっした〜。」

「ありがとうございました!」

「お疲れ様です。」


小声で愛想笑いをしながらスタッフにお辞儀をして暗闇の中、
「非常口」の緑のランプがついたドアに向かう。

控え室に向かう廊下に出た途端に、塔矢もオレも笑いを消した。


「・・・イマイチだったな。」

「そうか?それなりに受けていたように思うが。」

「オレとしてはだな、やっぱり最後にドッと大きな笑いが欲しいわけ。」


好みかもしれないが、最後に型どおりのボケに型どおりに小さく突っ込んで
フェイドアウトするような終わり方は、オレは時代遅れすぎると思う。


「いや、あの方がお客さんが安心するだろう。ボクとしては
 『もうキミとはやっとれんわ。』の方が良かったように思うくらいだ。」


古い・・・古いよ塔矢・・・。
というかオレ達、関西弁しゃべれないじゃん・・・。







始めてコイツに会った時、この髪型は絶対お笑い志望だと思った。
正直、とりあえず見た目にインパクトがないと注目を集めづらい世界、
このオカッパを見て「やられた!」と思ったものだ。

しかし実際友だちになってみると囲碁が趣味の真面目な学生で、
普通に変な奴だったのか、とオレは少しがっかりした。

でもそれはそれで面白いキャラで、オレもじいちゃんに教えて貰って
碁を囓ってたもんで打ちながら少しづつ観察をしてみた。


「キミ、凄いよ!碁の才能あるよ。」

「んなもんいらねーんだけどな。他に金の掛からない趣味探すの面倒で続けてるだけで。」


てゆうか、まだお笑いじゃ全然食えないから、実は内緒で賭碁や
代打ちで稼いでたりする。
負けたら洒落になんねーから、自然気合も入るし、強くもなる。


「いや、プロ試験に受かるくらいなんじゃないだろうか。」

「そういうオマエもオレより強いじゃん。」

「ああ。受けるさ。」


その時はふ〜ん、と思って、やっぱ別世界の人間だな〜と思っただけだった。
でも。
その後も塔矢はオレにも受けろ受けろと勧め、あんまり煩いから


「オレには夢がある。オマエもそっちの試験も受けるなら考えてもいい。」


って、つい言っちゃったんだ。

驚いた事に塔矢は乗り気になり、ネタを考えて血の滲むような特訓の末、
オレ達はお笑い芸人養成所の試験に、受かった。






コンビを組むにあたって、塔矢のオカッパに対抗するためにオレも髪型を変えようと思った。
ダブルオカッパ・・・もいいかと思ったが、伸ばすのに時間が掛かるのと、
オレは塔矢ほど真っ直ぐな髪じゃないから中途半端な似加減になってしまう。
それじゃあ笑いも中途半端だ。

考えた末、前髪だけを脱色して見事なツートンにした。

それを見た塔矢は、今度は牛乳瓶の底みたいな眼鏡を掛けてきた。
オレは不覚にも本気で笑ってしまった。
コイツのこういうセンスは、凄い。
本当にそう思う。
見た目で笑いを取れるというのは、それだけで才能だ。


でも塔矢はお笑いの何たるかを、全く理解していなかった。
ただ天然でズレているから普段の面白い会話を拾って本に出来るので
それは強みでもある。

でも、天然にも程があって。

一般に、ボケの方が頭を使うと言われている。
普通ならどう考えるかをすばやく計算した上で、3pずれたあたりをぽん、と突く。
アドリブの場合はツッコミはボケが何をしたいのかを察知して的確に突っ込めばいい。
こういう所は指導碁に似ている。
だが、オレ達の場合はツッコミであるオレの方が数倍頭を使っていた。

塔矢はオチも何も考えずにただひたすらボケている。

オレの方がそれをどう笑いに繋げればいいのか必死で頭を回転させているわけだ。

台本がある間はいい。
だが、アドリブになった時・・・オレは塔矢のボケにどこまでついていけるか
不安だ。

いや、塔矢が悪いんじゃない。
オレが塔矢のどんなボケでも受け止められるように精進すればいいんだ・・・。

努力の甲斐あって一年後、オレ達は前説や偶に前座の一つを任されるようになっていた。





「じゃあ、今日のネタをもう一度合わせてみようか。
 さっき舞台の上で思い付いたことがあるんだ。」

「ああいいぜ。オレもあるんだ。」


他のコンビもいる控え室の片隅で、オレ達は検討をする。
いつか個室が貰えるようになりたいもんだ。


「どうもー!ツートンでーす。」

「オカッパでーす。」

「オカッパっていうよりメガネでーす。」

「・・・まずここだよ。キミ、烈しく叩きすぎじゃないか?」

「いや、最初にアクションで掴まないと。」

「ボクが特にボケてるわけでもないのに無意味に突っ込むのはツッコミの安売りだよ。」

「いや、ここの部分オマエが書いたんだろ?」

「だから軽く突っ込んでくれればいいんだよ。」


はあ〜・・・。
溜息が出る。
そんな掴みの弱い出だしはねぇだろ。
とにかく最初に笑いを取らなくてどうするんだ。


「てゆうかじゃあ、ここで『メガネでーす。』からナシだよ。」

「どうして。何のためのメガネだと思って居るんだ。」

「いや、そのメガネは十分効いてるよ。だから敢えて突っ込まなくてもいいんじゃないかな。」

「どういうことだ。」


こんな基本的な事から説明しなきゃいけないなんて。


「お客さんはその髪型とメガネに、いつ突っ込むのかいつ突っ込むのかと待ちかまえてる訳。」

「ああ。」

「そこを敢えて突っ込みそうで突っ込まない。」

「あまり好きな形ではないな・・・。」

「好き嫌い言ってる場合じゃねーだろ?大体いつまでも見た目で引っ張れる訳ねえんだし。」

「いいじゃないか。一生これを持ちギャグにすれば。」

「そんな時代じゃねえよ。」

「キミ、やきもちを焼いてるんじゃないか。ボクの方がキャラが濃いからって。」


・・・ってテメエが言うな!
その濃いキャラのお陰で、オレがどんなに苦労してると思ってんだ!
・・・確かに、助けられてもいるけど。

ここまで来られたのは塔矢のキャラだとも思うし、見た目のインパクトでもあると思う。
でもそれはビギナーズラックのようなもので。
これからはネタで勝負して行かなきゃいけない。
だから、本を書くオレが頑張らなきゃ・・・。


「オレももうそろそろ『鈴カス』やめるよ。」


頭を撫でつけて観客の方にお辞儀をすると、頭の鉢の下半分が黄色、
上半分が焦げ茶になる。
これで「鈴カステラ〜」というのを持ちギャグにしているのだが、
先生にはこれは関西の笑いだと言われた。


「じゃあ今度は紅白にして『モンスターボール』というのはどうだ。」


満更冗談じゃないのが塔矢の質の悪い所だ。
コイツはコイツなりに一生懸命勉強しているらしいのだが、どうも情報が古い。
ここら辺りが最新情報らしい。

最初にネタを考えている時なんて、「キミ、ギター弾けるか。」と来たもんだ。
どうも頭の中のイメージでは、オレがギターを弾きながらボケて、
自分が突っ込むつもりだったらしい。


「いや、そうじゃなくてさ。もうそろそろ新しい笑いを考えたい訳よ。」

「どう新しくするんだ。」

「ん〜・・・。」

「前から言ってるけれど、ボケとツッコミを逆にした方がいいんじゃないのか?」




確かに傍目に見ればそうかも知れない。
始めて観客を前にした時、オレはテンパってしまって本もなにも一気に飛んでしまった。

だが、塔矢は台本通りに淡々とボケつづけた。
その上


「キミ、ここは『それパンダじゃん!』って突っ込む所だよ。」


平然と言ったものだ。
ボケが突っ込みっぱなしの舞台で、それはそれなりに大いに受けた。
だが、やはり失敗だと思う。

塔矢は噛まない。
噛まないけれど早くもしゃべれないし、台本以外の事もほとんど言えない。
フリートークになると、塔矢の前から観客は消える。


「『欲の熊鷹股裂くる』、と言うぞ。」

「え・・・っと何?それ。」

「いや、知らないならいい。」


誰でも知っている諺ならいい。
いや、せめてオレだけでも知っていれば何とか絡めるものを、オレも本気で知らないから
何ともフォローしようがなくて会場全体がシーンとしてしまった。
あの痛々しい空気は今でも忘れられない。





「ダメ!ツッコミは絶対オレ。てゆうかさ、」


持ちギャグとか、ボケツッコミとか。
そういうのを得意とする芸人は掃いて捨てる程いて、人口密度が高すぎる。
それに今はお客さんも笑ってくれていても先がないんだって!
と怒鳴りたいが、同じ部屋にいつも必死でギャグを模索している奴がいるので言えない。


「・・・終わるまで、打とうか。」


ちょっと煮詰まるといつもこれで空気を変えていた。

オレ達は空き時間はコントの研究をしているか、碁を打っている。
お陰で他の芸人の友だちはなかなか出来なかった。






見た目のインパクトでここまで来た。
そこそこ人気も出てきてるけど・・・それは笑いにではなく、見た目についたファンだと思う。
塔矢は男前だからコントの途中でビン底メガネを外して驚かせる、という手を使ったけど
それは逆効果だったようだ。

お笑い芸人が美形だと不利だ。
男としての魅力は、マイナスになる。


ぱち。


「あ、この形、去年の名人戦に似てる。」


ぱち。


「本当だ。まあそうはさせないけど。」


出来ればハイテンションはやめてボケの上にボケを重ねていくのとか、
シチュエーションコントにも挑戦してみたいと思う。
でも塔矢は計算してボケることが出来ないし、演技も出来ない。

いつ何時も、塔矢アキラ。

その塔矢の素材を生かす事が出来ないオレにも、笑いの才能ないのかな・・・。



ぱち。


「ねえ、もうそろそろ碁の方のプロ試験の申し込み期日が迫ってるけど。」


ぱち。


「あー、そうだっけか。」


ぱち。


「一応申し込んでおくよ。キミの分も。」


ぱち。


「う〜ん・・・まあ、うん、頼む。」




・・・塔矢アキラのキャラを持ってすれば、お笑い界を制覇できると思った。
だが、オレには高すぎる壁だったのかも知れない。

塔矢も、オレよりもっと才能がある人にいじって貰えば、もっと伸びるのかも知れない。

でもそれは惜しい。
塔矢に置いてけぼりを喰らうのが口惜しいという以上に、
塔矢を手放したくない。
だって、オレがいなきゃ塔矢は・・・。


いじられて、人気者になって、笑われて、捨てられて・・・
忘れ去られて行く塔矢なんて見たくない。


影法師のように塔矢の側で。
突っ込むのはいつもオレで、フォローをするのもいつもオレでいたい・・・。





二ヶ月後、碁のプロ試験があった。

舞台レギュラーを選抜する日と重なっていたけれど、

オレ達はプロ試験の方に行った。







−了−







※お笑い界よく知らないのでこんなんかどうか分からない。
  ピカの笑いに対する考え方も私とは違います。

  ところでパラレルには慣れたつもりでしたが、佐為不在の世界に思ったより抵抗があった。










  蛇足用語説明。(非日常非一般。しかも個人的な解釈。)

  袖      =舞台の端、登場したり退場したりする所。
  ボケ     =間違えた事、おかしな事を言う。あるいはそれを言う担当者。Clown。
  ツッコミ   =間違い、おかしな部分に対する指摘。あるいはそれを言う担当者。
  突っ込む  =間違い、おかしな部分を指摘する事。それによって笑いが生じる。
  お笑い   =comic dialogue。あるいはcomedy。
  ネタ     =お笑いの筋、話。笑い所。
  コンビ    =a couple of comic dialogue。
  本      =台本。
  掴み     =観客の注意を惹き付ける初動。
  テンパる  =緊張しすぎて何をすればいいか忘れる。
  噛む     =しゃべっている途中でどもる。お笑いでは致命的。
  ハイテンション=元気よく早口でしゃべり続けて勢いで笑わせる。
  シチュエーションコント=短い喜劇。何者かに扮する演劇型comic dialogue。
  いじられる =舞台上で構って貰う、突っ込まれまくる。

          






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