069:片足








「なあ塔矢〜。おまえ、ゲームとかする?」


囲碁講座が終わって帰り支度をしている時に進藤に声を掛けられた。


「ボク達はそれが仕事じゃないか。」

「あのな。そういう意味じゃねえって分かってて言ってるだろ。」

「ああ。」

「・・・最近PCゲーで珍しいの買ってさ。おまえにも見せてやろうと思って。」

「遠慮しておく。」


と言ったのに、進藤はボクを自宅に引っ張っていった。



以前から面白い漫画を買ったから貸してやるとか、面白いゲームがあるから一緒にしようとか、
進藤が囲碁以外の事にボクを誘うのは珍しい事じゃない。

多分、ボクがそういうのを知らないからと思って、教えたがるのだろう。
碁を打っていない塔矢アキラ。
を知っている人間は、碁打ちでは非常に少ない。
だからと言って、嬉しがる程の事ではないと思うのだが・・・。




「これなんだけどね。」


進藤は玄関を入ってお茶を入れてからPCを起動した。
すぐに現れたデスクトップにあるアイコンの一つをクリックすると、
しばらく読み込んだ後スタート画面が現れる。


『  ヒカルの碁  』



「え?何?これ。」

「面白いだろ。」

「タイトルが自分と同じ名前だから買ったのか?」


にしてもいかにも面白くなさそうな、と思ったが、進藤はすぐに違う違う、と否定した。


「ゲームのタイトルからな、決められるの。」


進藤の話ではそれは良くできたシミュレーションゲームで、ゲーム内の世界で
自分がある商品を売り出し、それに対する消費者の反応を楽しんだり、
さり気なく売り込んだり出来るらしい。


「その商品ってのが自分を主人公にした漫画なんだ。」


なるほど、それで自分自身が碁を打つ漫画にしたのか。


「ふ〜ん。でも、基本的に碁漫画なんて売れないだろう。」

「だからこそそれを売り込むのが楽しいんじゃん。」

「内容も自分で決められるのか?」

「勿論。でもオレは基本的に現実的にしてるけどね。それじゃあんまりだから
 ちょっとだけファンタジー要素も入れてだな、」


平安時代の幽霊に碁を教えて貰ったとか、奇天烈な設定にしたらしい。
碁で幽霊?ターゲットが分かりにくい。
まあボクには関係ないが。


「で、主人公のライバルの名前とキャラは実はおまえから貰った。」

「え。」

「だって考えんの面倒なんだもん。」

「人に無断で・・・。」

「いいじゃん。どうせ個人で楽しむゲームの中の世界なんだし。」


進藤は次々とセーブ画面を見せながら、得意げに説明していく。
実はもう、大半クリアしたらしい。





中の世界で、進藤はまず設定と初期のストーリーを決めて、少年誌に売り込んだ。


「最初はまんまオレの人生だったんだけどさ、それじゃ売れないって出版社に拒否されて。」

「そんなに細かいプログラミングまでされてるのか。」


それで幽霊を登場させたり、現実ではない、幼なじみが主人公に好意を持っているとか
そんな設定を加えて漸く連載開始が決まったそうだ。


「で、それが結構人気出てアニメの放映も決まって。」

「とんとん拍子過ぎないか?」

「最初で結構躓いたからな。ここは楽させて貰わないと。」


進藤が何もしなくてもDVDは出るわ関連グッズは出るわ、怖いくらいにゲームは進む。


「ほら。漫画の影響で囲碁始める小学生増えてるし。」

「有り得ない・・・。」

「それに何故か単行本は女の人にもよく売れてんだよ。」

「バグってないか?だって少年誌だろ?」

「うん。まあ売れてんだからいいじゃん。今や進藤ヒカルくんは年上の女性にモテモテだ。」

「その世界にキミはいないんだからモテても仕方ないじゃないか。」

「そうなんだよなー。でも悪い気はしないよ。それに・・・。」

「それに?」

「いや、この平安幽霊は美形で美味しい役に設定したから人気出るのは分かるんだけどさ。」

「?」

「何故かおまえまで人気がある。」

「ほう。」

「これもバグかな?敵役でオカッパのくせに。」

「余計なお世話だ。」


そう思いながらも、ゲームの中とは言え人気が出るという事は、結構重要な役を
振ってくれたのだろうと少し嬉しくなった。




「実はこれ、一回クリアしたんだよね。連載終わってアニメ放映も終わって。」

「じゃあ二回目か。」

「違う違う。前回のデータをそのままに、続けてみないかって。隠れシナリオってやつ?」

「ふ〜ん。じゃあ今何をしているんだ。」

「また連載してる。北斗杯編。」

「・・・それは地味だな。」

「まあね。でも、相変わらず人気あんだぜ?
 ・・・けどもう現実に追いついて来たし、疲れてきたから終わろうと思うよ。」

「へえ。」

「北斗杯の最終戦で最終回の予定。」

「と言っても、キミ高永夏に負けて終わったじゃないか。
 少年漫画はやはり主人公の勝利で終わらないとダメなんじゃないか?」

「そこはゲームだから。最後は勝たせるよ。『進藤ヒカル』くんに。」

「なかなか卑怯な事をするんだな。」

「っておまえが主人公の勝利って言ったんじゃん。」

「だってここまで現実ベースで来たんだろう?最後もそれで行ってみて、
 消費者の反応を見届けるべきなんじゃないのか。」

「ちぇ。やな事言うなぁ。知らねえぞ?」




進藤は、嫌な顔をしながらも最後に主人公に負けさせ、それを補うように
少しだけ平安幽霊の影も出して連載を終了した。


あちらこちらの反応を見ると、突然の連載終了に消費者は驚いたり悲しんだりしている。
最後に負けたのも、結構衝撃だったようだ。
インターネット(ゲーム内の)を見ると、批判されたりそれまであったファンサイトが
閉鎖されたりしているが、それは仕方ない事だろう。


「これで終わり、か。」

「うん。そうだな。」


ゲームとは言え終了画面を見るのは少し寂しいが、出演させたボクにもそれを見せるのは
進藤なりの義理なのかも知れない。





「・・・エンディングが出ないな。」

「あれ?そうだな。何か忘れてるのかな?」

「まだ何かイベントか隠れシナリオがあるのかも知れないね。」

「うーん、まあ後はゲームに任せて。今日は終わり。さ、打とうぜ!」

「ああ。」






それから数日後。


「進藤、どうだった。」

「あー、伊角さんに負けた。」

「後で並べてくれ。」

「うん。・・・でさぁ、こないだのゲームなんだけど。」

「ゲーム?」

「ほら、『ヒカルの碁』。」

「ああ。エンドロールは見られたか?」

「それがさぁ・・・。この後見に来てくれる?」

「?」



再び進藤の家にお邪魔し、『ヒカルの碁』を起動する。
とは言え、もう中の世界では『ヒカルの碁』は終わっているはずだ。


「オレ、次々進んでってあんま『ファンサイト』とか『イベント』とか内容見てなかったんだけど。」


ゲーム内では、まだ根強くファンはいるらしい。


「ふうん、ああさすがに碁に飽きた子どもは多いみたいだね。」

「まあファンサイトも減ってはいる。」


ゲームの中で、PCを立ち上げる。
画面の中の画面を器用に操作すると、『ヒカルの碁』専用検索エンジンもあるようだった。




「・・・これ・・・。」

「・・・そうなんだ。」

「キミが設定したのか?」

「まさか!」

「プログラムミス・・・?」



・・・ゲームは終わっていない。
ファンサイトの中でボク達は生き続け・・・。
その・・・進藤とボクが、恋愛をしていたりニクタイカンケイを持っていたりする・・・。


「・・・驚いたな。どうしてこうなるんだろう?」

「さぁ?」


う〜ん・・・ちらちら見る限りでは進藤やボクが女性化したり、色んな時代に行ったり
どうも緒方さんや他の登場人物も一人歩きしているようだ。


「気持ち悪い?」

「う〜ん・・・。」

「どうしよう。エンディング出てないけど、強制的に終わらせる事は出来るよ。」


PCの中のPCの中で生き続ける進藤やボク。

終了させればこのゲームは終わる。
『進藤ヒカル』も『塔矢アキラ』も、彼等を作り出しているゲーム内の人物達も消える。

後に残るのは、現実の進藤とボク。
勿論碁は毎日打ってるし、恋愛なんてまずないだろうけど。




「いや・・・置いておかないか。」

「そだな。」



ゲームの中の世界の行方を、見つめてみよう。



「オレはもう操作出来ないから見てるだけだけど。」

「どんなエンディングになるか気になるし、な。」








−了−







※こんなによく出来たゲームはない。
  ドリーム小説=読み手が出てくる小説。
  いや、こういうんはちょっと違うんじゃないかな〜とは予想つきますけどね。

  「片足」の意味はちょっと解説が要ります。
  彼等も我々も、現実と仮想に片足づつ突っ込んでるという意味。無理すぎ。いつもの事。






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