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068:蝉の死骸 オレの部屋はいつも網戸にしてある。 見晴らしがよくて泥棒なんて入って来やしないし、二階だから暑いんだもん。 その日も仕事から帰って早速窓を閉めてクーラーをつけようと思ったら 大きな虫が網戸に止まっていてぎょっとした。 それは、一匹のクマゼミだった。 珍しくもないけれど、一体何処から入ったんだろう。 こんな大きなものが入れる隙間なんてないと思うんだけど。 思わずじっと見ると、クマゼミは視線に耐えられなくなったのか、 ジジジジ・・・と部屋の中を飛び回り始めた。 オレはびっくりして網戸を全開にした。 蝉はしばらく壁にぶつかったりして飛び回っていたけど、 やがて出口を見つけて夕闇の中へ消えていった。 驚いた事に、翌日も部屋に帰ると蝉が止まっていた。 昨夕のと同じ奴かなぁ・・・んなわけねえよな。 どこからってのも不思議だけど、何でこの部屋に入ってくるんだろう。 別に旨いもん置いてねぇしなぁ。 あ、樹液?この家に使ってる木から・・・って言ってもこの部屋で 木が剥き出しのとこなんかないし。 今日の奴は肝が太いみたいなんで、透明な羽根をじっくりと観察する。 キレイだな・・・。 最近昆虫なんてあんまり見てなかったけど、蝉ってホントに ラインが綺麗だ。 まるで佐為の衣のよう・・・。 急に、久しぶりに佐為の姿を思い出してしまって自分でもビビった。 碁を打つ時はいつも思いだしちゃうけど、本人のビジュアルはあんま 思い出さなかったから。 でも。 今思うと両手を揃えて立っている佐為の袖は、この蝉の羽根みたいに キレイだった。 なんていうか、「天然の美」っての? そんな感じ。 今の洋服とかと全然違ってさ。 オレはちょっとだけ泣いちゃって、網戸を開けて蝉を追い払った。 蝉は次の日もいた。 蝉が来る要素があるんなら沢山来てもいいんだろうけど(いやちょっとイヤだけど) また一匹だった。 もう慣れちゃって「はいはい。」なんて掴んで外に逃がす。 その次の日も、次の日も。 多分毎日違う蝉なんだろうけど、何となく心待ちにするようになってしまって 心の中で「佐為、ただいま。」なんて言っちゃうようになって来て。 おかしいよなぁ。 和谷なんかはシロアリが食ってないか検査して貰えとか、網戸に虫避けスプレーしといたら って言うんだけど、不思議だってだけで別に嫌じゃないからいいんだ。 オレが好きなのかも知れないし。 オレに会いに来てくれてるのかも知れないし。 10日くらい経って、また蝉がいて、いつも通り網戸を開けて逃がそうと思ったら、 今日の奴はどうも鈍い奴だったらしく飛び立たなくて・・・。 あ、と思った時にはサッシに挟まって、潰れちゃった。 オレはしまったな、と思いながら蝉の死骸を見つめた。 キレイだった羽根が乱れて、痛々しい。 ちょっと申し訳なかったけど指で摘んで、窓の外に放り投げた。 庭の藪の中に落ちていったと思う。 それにしても鈍い蝉がいたもんだな。 明日からは気を付けようと思った。 でも、次の日、帰っても蝉はいなかった。 その次の日も、次の次の日もいなくて、蝉は二度とオレの部屋に入って来なかった。 夏が終わったせいだと、オレは思うことにした。 −了− ※季節外れもいいところ。 実体験です。私の場合蝉じゃなくてショウジョウバエだったけど。 | ||
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