064:洗濯物日和
064:洗濯物日和








碁会所の帰りに進藤が青山に散髪に行くから着いてこいなどと。



一度肉体関係を持ってから、彼は以前より少しだけ、ほんの少しだけ
ボクに対して遠慮がなくなっていた。

少しだけ、距離が縮まった。

それは、店などで向かい合って食事を摂っている時に足が触れた瞬間、
「あっゴメン」と言ってすぐに離すか、触れていながらそのままにしておくか。

それ程の小さな変化だが、変化は変化だ。


以前も、ボクにも用事のありそうな場所だったら


「これから本屋に行くんだけど、一緒に行かない?」


などと誘ってくれたが、自分の散髪などボクが暇を持て余す事確実な場所に誘われたのは
初めてだった。






滅多に来ない場所、入ったことのない美容院。
時間帯のせいか中には人が少なく、外の雑踏から切り離されたようだ。

白くて、美容院というより病院のようだと思ったが、入った途端に何か別の匂いがした。
良い匂いとも嫌な匂いとも判別しがたいが・・・何か懐かしい。

ノスタルジックな甘い香り。

覚えていないが、もしかして幼い頃に母のお供をして美容室に足を運んだことが
あるのだろうか。


「お友だちは、お切りにならないんですか?」


待合いで詰め碁集に目を落とすと、銀色の髪をした若い男の人が話しかけてきた。


「ええ。ボクはついて来ただけです。」


進藤の方を見ると、こちらを振り返ってにやりと笑っている。
な・る・・・。
これが狙いか。
自分の髪型が一般的でない事くらいよく分かっているが、これくらいで
どうこうするくらいなら、とっくに変えている。

それよりも、ナイロンの布で身体を覆われててるてる坊主のようになったキミの方が
笑えるということに気付かないのだろうか。
あとでからかってみよう。

もうそのくらいは許されるよな。
今のボクらの距離なら。


「今時ない見事な御髪ですね。」

「そんなこともないですよ。」


彼は少し口を開いて身を引き、


「・・・『おぐし』って言葉につっこみが入ると思ったんだけどなあ。」


それよりもいきなり崩れた言葉に面食らった。
だが、くしゃりと笑った顔につられてこちらも微笑んでしまう。

その時、鼻の付け根に痕が見えて、この人は普段眼鏡を掛けているのかと
思った。
ただそれだけだ。

ボクがおしゃべりを楽しみたいタイプでもないと察したのか、
その店員はその後すぐ去っていった。






散髪して少しだけ大人びた輪郭を見せる進藤と外に出る。

何となく、ボク達はこの町に相応しくないような気がした。
明るくて・・・お洒落で・・・薄っぺらくて。
何となく、ボク達の住んでいる世界とは正反対な気がする。


だが進藤は臆する様子もなく、ボクの少し前を飄々と歩いていた。
自分もそのように見えていればいいと思うし、そう見えていると思う。





と、その進藤の背中が急に止まって、少しつんのめりそうになった。

ポケットに手を突っ込んだまま、少し横を向いている。
洗い立ての髪を、一陣の風が嬲る。


「・・・進藤?」


彼が頭を向けている方向に目をやると。




・・・どうして、そんなに、


どうしてそんなに白いんだ貴方は。
だから、遠くにいるのに、目が行ってしまう。



また灰皿もないのに煙草をくわえて。

ポイ捨てしないで下さいよ。


珍しく若い女の子と一緒のようですが。

そんなにつまらなそうな顔をしないで、少しは顔を見て話を聞いてあげたらどうです。

彼女はきっと貴方のために踵の高いヒールを履いて、
年齢にしてはシンプルな大人っぽいワンピースを着て背伸びしているのに。

援助交際と思われても仕方のなさそうな年齢差だったが、
そうは見えなかった。


それと、
緒方さんはこちらに目を向けないが、もしかして気付いているのではないかと思った。





やがて二人がだんだん近くなり、進藤が慌ててボクの腕を引いて
そばにあった駐車場に引き込む。

発券機の後ろに身を隠して息をひそめる。

しばらく後ゆっくりと前の道を通り過ぎた二人を見送って、息を吐いた。


「・・・アイツがあんなに、年上の男と似合うなんてなぁ。
 どこで知り合ったんだろ。」


本当に感心したように小声で言う。

そう、か。

そう言えばいつかちらっと紹介された進藤の彼女はあんな顔だったかも知れない。
今、彼はどんな気持ちなんだろうか。




ボクの体は進藤の体で壁に押しつけられていて、
こちらを向くと驚くほど近くに顔があった。

・・・今そんな事をするのはまずいんじゃないか。


・・・今そんな事をしたら、傷を舐め合うようじゃないか。
そんなに傷ついている、みたいじゃないか。

と思いながらも反射的に目を閉じる。




だがすぐに、


「バーカ。キスなんてしねえよ。」


と笑う声がしたので目を開けた。


すると進藤は上の方を見上げていた。
また思わずつられて同じ方向を見ると、美容院の裏窓からタオルが何枚か干されていて
風に揺れている。

その向こう側には、ビルに切り取られた青空が、広がっていた。



「今日は、洗濯物日和だな・・・。」

「ああ。そうだな。」








−了−









※心の洗濯をして下さい。

  青山にしたのは、何となく全員似合わない場所にしたかった。
  でもどんな所か知らない。美容院と墓地が多そう。

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