057:熱海
057:熱海








進藤と父の碁会所で対局をするのは日常だが、よく一緒にいる割りに
ボク達は雑談というものをほとんどしたことがない。

だから石を片付けながら突然


「お前、男とヤったことある?」


と問われた時には、ひっくり返りそうになった。


え、何を、と聞き返したいのはやまやまだが、小馬鹿にしたようにフン、と鼻を鳴らされて
いや、いい、などと言われたら腹が立つので(またそんな態度をとりそうなのだ進藤は)
平静を装って


「経験ないが。キミはあるのか?」


と、返した。


「ねーよ。ってかオレの事はよくてさ、誘われた事もない?」


少し考えてみたが、沢山の対局に誘われたがそういう対局に誘われたことは
男からも女からもない。はず。


「・・・ないね。」

「そっかー。おまえは、ないのかぁ。」

「なんだ急に。誰かに迫られたのか?」


進藤は赤くなって、


「そゆことストレートに聞いてくんなよ。」


ぷいっと顔を背けた。
自分はどうなんだ!








そんな事をすっかり忘れた一月後、取材の待ち時間に暇つぶしの目隠し碁も終わって
ぼうっとしていたら、進藤がまた唐突に聞いてきた。


「なあ・・・恋愛ってなんだろな?」


・・・は?
ボクが進藤だったら爆笑する所だが、生憎ボクは塔矢アキラで、塔矢アキラの反応パターンに
「いきなり爆笑する」というものはない。
というかこういう場合どう答えるかというマニュアルも未設定だ。


「・・・・・・。」

「あ。オレがおまえにこーゆーこと言うのはな、お前なら茶化さないって思うからだぞ。」

「・・・ああ・・・。」

「何だと思う?」

「しかしそういう抽象的な事を言われてもな。」

「例えば、相手がオレの事好きっぽいからって、オレもその人の事好きになるべきかな。」


なんだ、そんな幼稚な事だったのか。


「そんな事もないだろう。それが成立するなら芸能人なんかは大変だ。」

「いやー、ちょっと違うんだけど。それに好きって言われた訳じゃないんだ。」

「な、それこそ取り越し苦労じゃないか。言われてから考えたらどうだ。」

「まー・・・なー・・・。」


結局ボクは進藤に有用なアドバイスが出来なかったらしく、進藤の表情は晴れなかった。
というか、「恋愛って何」という深淵そうな問いはどこへ行ったんだ。








それからまた暫くして、偶然二人とも同じ時間に中押しで勝った時、
一緒になったエレベーターの中で言われた。


「明日、デートなんだ。」

「付き合ってる人がいたのか。」

「ん〜、まあ、そういうのかなぁ。」


自然、ボクは少し前聞いた、進藤の事を好きっぽい人の事を思いだしていた。


「告白されたのか。」

「んにゃ。」

「した方か。」

「いや?」


・・・告白する事もされる事もなく付き合う事ってあるんだろうか。


「ん〜、なんていうか、口が上手いというか、断れないと言うか。」


何となく水商売系の質の良くない女性を思い浮かべたが、
進藤に金がある訳でもなくありそうに見える訳でもなく、
どこが好きと言って進藤自身が好きなのだろう。

まあボクには関係ない。








それから三週間経った位だったか、棋院のベンチに進藤がいたので、
通り過ぎるのも何だと思って声を掛けた。

ボクは進藤の恋愛相談係になった覚えもないのだが、進藤は嬉しそうに


「なあ。ちょっと聞いてくれるか?」


丁度いい所へ、と言った感じで隣のベンチをぽんぽんと叩いた。
また例の恋愛の事か、と嫌な予感はした。


「何だ。」

「こないだ初めてキスしたんだけど。」

「はあ。・・・キミはいつも前置きがないな。」

「おまえには必要ないだろ?」

「まあな。それで、どうだったんだ。」

「滅茶苦茶上手い。」

「ほう。」

「色っぽいってか、セクシーっていうか。」


同じ事だろう。なんてボキャブラリーの貧弱な。


「とろけそうなキスで、なんかメロメロになっちゃってオレ、理性が飛びそうになった。」


飛ばさなかっただけ偉いが、やはり相手は大人の女性か。
進藤の話を聞いていると、水商売改め、人間離れしたセックス・アピールを持った
そう、アメリカの、何とかという胸の大きい女性歌手までもが浮かんできた。

それもどうかと思うがまあ、碁さえ頑張ってくれるなら、別に恋に溺れてくれても。








また二週間くらい経った頃だろうか。
父の碁会所で打って、帰ろうとする時に進藤が片手で拝んで来た。


「・・・ごめん。今度の土曜日、来られない。」

「そう?別にいいよ。父の弟子の人も来るし。」

「ん・・・。」

「・・・どうしたんだ?」

「熱海に、誘われたんだ。」


ああ、例の。
熱海ということは泊まりがけか。ということは、いよいよ。
・・・いやそれにしては?


「この間言ってた人?」

「うん。」

「にしては、浮かない顔だな。」


もし自分にそういう事があったとしてもその限りでないが、
ボク達の年代というのは一般的にそういうことに敏感で、
武勇伝を聞かせたがるものなんじゃないだろうか。


「ん〜・・・。キスとかだったらいいんだけど、最後までってなるとちょっと腰が引けるよなぁ。」


そうなのか?
進藤は割とそういう事に積極的というか、やりたがるタイプだと思った。
据え膳なんて膳ごと食らい尽くしそうだし。


「やっぱ・・・覚悟がいるよ。考えると、ほら手が震える。」


本当だ。
進藤は小さく震えていた。


「恋愛って・・・なんだろな。」


・・・またそれか。








そういう会話があったので、次の土曜日に碁会所に行った時、既に奥の席で
進藤がにこにこしながら手を振っているのを見たときは驚いた。


「あれ?キミ、熱海じゃないのか?」

「うん。やめた。」

「それはまたどうして。」


折角のチャンスを棒に振るような男だったか?
まあ、ボクとしてはキミと打てるから嬉しいが。


「やっぱり怖くなっちゃって。」

「柄でもない。」


ボクは今まで進藤を見損なっていたのかな。
こう見えて結構硬派な男なんだろうか。

などと考えていたら、進藤が続けた。


「それにオレ・・・おまえの代わりなんてゴメンだもん。」

「?」


よく、分からないが。

進藤の話が支離滅裂なのは今に始まった事ではないので、
敢えて聞き返しもせず黙って石を握った。






翌日の夕方、緒方さんがどこかの土産の温泉饅頭を持って来てくれた。









−了−









※すんません。最近「変なオガピカ」萌え。
  てか流れ、分かります?

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