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054:子馬 ある夜、塔矢にいきなりキスをされて好きだと言われてオレは困ったが、 かと言って別に嫌いでもないのでオレに彼女が出来るまで、という限定条件付きで 付き合うことになった。 まあ塔矢にこれ以上オレをどうこうしようという気(というか知識)がないからってのもあるけど 自分でも大概考えなしというか優しすぎる、と思う。 付き合うと言っても二人で会うと言えば碁会所に行って碁を打つくらいで 手を握る訳でもないし、好きだともあれ以来言わないし、お互いを束縛し合っている訳でもないから 前と何が変わったと言って・・・、何も変わらない。 二人きりになったらキスぐらいしてくるかとびくびくしていたが、 あの夜の後、最初にエレベーターで二人になった時は碁の話で盛り上がって (というか争って)いて、それ以来二人になってもそういう雰囲気にはならなかった。 オレ達って付き合ってるのか? というか、コイツ本当にオレのこと好きなのか? と思いながら三ヶ月が過ぎた。 「ていう訳でさぁ。参っちゃいましたよ。」 「えーでも白川さん嬉しそう。」 「女にモテないから。」 「なーにおー?」 森下門下の棋士を中心にした居酒屋での飲み会に、塔矢を連れていった。 両方になんで?って顔をされたけど、偶には、なんていうか。 塔矢は別に居心地良さそうでも悪そうでもなく隅の方で大人しくウーロン茶を飲んでいた。 んだけど、酔っぱらった白川さんの話に珍しく反応を示した。 「何の話ですか?」 「いや、白川さんがゲイバーで凄くモテたって話を聞いてたんだよ。」 「そーそー。なんか私ってオカマにモテるタイプみたいなんですよ。」 「ゲイバー、ですか。」 「厚化粧で迫られてもなぁ。塔矢くん男同士ってどうやるか知ってる?」 って誰だよ・・・いくら酔っててもあの、塔矢アキラに。 「ええ。」 真面目な顔で頷いた塔矢に、みんな爆笑した。 でも、オレは笑う前に驚いた。 「あれ・・・オマエって知らなく、なかったっけ。」 「最近知った。」 いつもの白い顔のまま、淡々と言う塔矢にオレは酔いが醒めるようだった。 そっか。知ったのか。 ・・・知っちゃったのか。 早いとこ彼女作らなきゃな・・・遠いざわめきや笑い声を聞きながら、ぼんやりと思った。 でも予想に反して、塔矢がオレに手を出してくる事はなかった。 相変わらず碁を打ち、恋人らしい会話の一つもなく、手も握らなかった。 ちょっとでもあの夜の事を匂わせる会話をしたのはあの居酒屋が初めてだったけど、 普通に真顔で「知った」と言った塔矢。 この、普通に答えた、ってのが結構重要だ。 忘れた振りをしなかった、訳だから。 だって、あそこで何のことか分からないという顔をされたら、オレももうなかったことにした。 だけれどそうではなかったから、あの夜の約束は本当だったのだと、夢じゃなかったんだと、 お互いに。 言外に。 だけど・・・それで、どうなの? もしかして塔矢って、前とは違う意味でオレを「抱きたい」とか思ってんのかなぁ。 ・・・もしかして、オレに嫌われるのが怖くて何も出来ない、なんて事ある、のかな。 「知った」と言った塔矢の表情からは何一つ読みとれなかった。 嫌悪を感じているようでもなかったし、オレに対して欲情してるようでもなかった。 いや、今の時点でまた「抱きたい」とか言われたらすんごく困るんだけど。 でも・・・、オレは少し試してみたい。 それから数日後。 お母さんがパートに出掛けている時間に、塔矢に家に遊びに来いと誘った。 アイツがオレの家に来るのは初めてだ。 ピンポーン 窓から覗くと、スーツを着た塔矢が。 わ、なんで30分も早く来るんだよ!まだかーさんいるって! 「あら、セールスかしら。」 「あー!オレ出るから!」 ガチャ、と戸を開けると、緊張した面持ちの塔矢が立っていた。 「何でオマエスーツなの?」 「いや、初めてお邪魔するお宅だし。」 「指導碁じゃねーんだよ。」 「あらあらあら・・・塔矢アキラ、くん?」 出てこなくていいのに母さんまで出てくる。 出掛ける直前で化粧もばっちりしてるからだろう。 「はじめまして。お邪魔します。」 「まあまあまあ。」 「・・・オレ、塔矢と付き合ってんだよ。」 母さんに言うと、塔矢は目を丸くした。 大丈夫だよ、塔矢。この人ぜってー意味分かってねーから。 案の定母さんは、 「それは凄いわね〜!」 大喜びだ。ちょっと有名人が訪ねて来たからって、ミーハーなんだから。 あんたの息子だって最近はちょっとしたもんなんだぜ? 「いつもヒカルがお世話になってます。これからもよろしくお願いしますね。 ホントにプロになったって言っても子どもっぽくて。」 「いえ、ボクも彼のそういう所が好きなので。」 塔矢もしれっとして言う。 じゃあ出掛けるけどちゃんとお茶お出しするのよ、と言いながら母さんが出て行った後、 二人で顔を見合わせて、笑った。 変な具合だな。 妙な形で付き合ってる事を確かめ合うような形になっちゃって、 塔矢は明らかに安心したようだった。 オレも塔矢の口から「好き」と言われて何故か落ち着いてしまって。 なんだかお互い何となく満たされたような気持ちになっちゃって、 それ以上その話もせずに連れ立って階段を上がった。 初めてオレの部屋に入った塔矢は物珍しそうに辺りを見回した後、早速碁盤に目をつける。 「出していいか。」 「いや、あのなぁ。」 「何?」 ベッドに背を預けたまま、さてどうしようか考える。 このまま普通に碁を打って帰るのもいい。 でも、付き合ってるんだ、とかオマエがオレの事好きなんだとか、心の中でだけ思いながら それを表面に出さないように、友達っぽい付き合いしていくのって・・・しんどくない? オマエは、どうなんだろう・・・。 塔矢が・・・例えオレと最後まで行きたいと考えていたとしても、オレが拒めば、きっとしない。 でも、実際、オマエってどう思ってる? 「オレとオマエって、付き合ってるよな?」 塔矢が、固まる。 もうこの話はしないと思ってた? さっきのだけじゃ、足りないんだよ。 今日はもうちょっとはっきり確かめたい事があるんだ。 「ああ・・・キミに彼女が出来ていなければ。」 「なんだ。んなこと気にしてたの?出来たら言うって。」 「・・・・・・。」 塔矢は虚を突かれたような顔をした後そのまま少し仰向いて、少し目を細めて、少し微笑んだ。 なんかセクシーな表情だと思った。 「どしたの?」 「幸せを噛み締めていたんだ。」 って。 全然オレの事なんか気にしてません、ボク恋愛なんてしませんって顔してて いきなりこんな事言うんだもんなぁ。前もそうだったけど、いつも唐突で、ビビる。 ・・・女だったら。 オレが本当に女だったら、きっとオマエを好きになる。 そんな顔されたら、彼氏がいてもきっと迷わずオマエの胸に飛び込む。 だけどオレは男だから。 ・・・ゴメンな。塔矢。 ・・・・・・・・。 「・・・あのさー、だったらキスぐらいしてもいいんだぜ?」 ベッドの角に頭をもたせ掛けて、目を閉じた。 塔矢が息を呑んだ音はしたけど、動く気配はしない。 しばらく待って、なんだしねーの?って目を開けようと思った時に、微かに布の擦れる音がした。 みしり 絨毯が微かな音をさせる。 そうっと、そうっと動いてるみたいだけれど、それでも床の音や塔矢自身の服の音が 静かな部屋でやたら大きく聞こえた。 なんか、だんだん オレまでドキドキしてきた。 自分の息づかいまで荒い。 ああ口で息しない方がいいかな。 鼻で、でも「んふー、んふー、」って、オレって鼻で息してる時いつもこんな音してる? 塔矢の、息がかかった。 生暖かくてちょっと気持ち悪い。 ってやだよー、塔矢が吐いた息を吸うの。 なんか気持ち悪いし、それに普通に呼吸するより二酸化炭素多いだろ。 体温が・・・多分、もうすぐ触れそうな場所に顔がある。 なんで止まってんだよ。気になる。うー、目、開きたい!さっき開けといたら良かった。 もう開けていいかな、でも開けてあの鋭い瞳がどアップで目の前にあったら怖いな、なんて 考えていると・・・。 ちゅ、 唇に、微かに触れて、離れた。 反射的に目を開けると、案の定塔矢の目がすぐ前にあったけど、怖い目じゃなかった。 どちらかというと驚いたような目だった。 その少し見開いた目のまままた近づいて来たので、慌てて目を閉じる。 今度は少し強く、長く、押しつけられた。 また離れて、もう一度。 回数を重ねる毎に唇を合わせている時間が長くなり、離れている時間が短くなる。 その内に塔矢の手が伸びてオレの肩を抱き、頭を支え、もう離れられないような 体勢にされて、舌が少しだけ滑り込んできた。 これが三谷とか和谷だったらゲー、って感じなんだけど、塔矢だったらいやじゃなかった。 なんていうか、まだ友達関係に至ってない間にこんな感じになっちゃったし、 なんか・・・清潔な感じだし。 別に女みたいだとは思わないんだけど、同性とも思えないというか。 どちらかというと心地よいキスに、オレも塔矢の腕に手を掛けて舌で塔矢の舌に触った。 目を閉じたまま軽く絡めると、妙に興奮した。 塔矢も腰を離した不自然な体勢のまま、上半身だけ強くオレを抱きしめる。 やっぱ、勃ってんのかな・・・、と思った。 オレ達は生まれたての子馬のように震えながら、お互いを支え合いながら、 慣れない無器用なキスを交わし合った。 その夜オレは夢を見た。 なんと塔矢とヤってる夢だ。 オレの性別は定かじゃないんだけど、オレの開いた足の間に裸の塔矢がいて、 対局してる時みたいな真剣な表情で動いていた。 オレの指に絡められた指が妙にリアルで、夢なのか現実なのか、夢の中で判じかねていた。 塔矢がどこか(ってホントどこだよ)に入って来る度に、オレのモノが擦られるような快感があって ああ、そうか、入れられるって事は、オレのモノも包み込まれる事か、なんて 変なことを納得していて、体の芯から疼くような快感がせり上がってきた。 「こんなに、キモチいいなら、もっと早くすれば、良かったな・・・。」 オレが言うと、塔矢は少し微笑んだ後また例のセクシーな顔をして・・・。 目が覚めると汗をびっしょりとかいていて、トランクスが冷たい。 夜中の洗面所でこっそりと洗濯しながらヤベーよ、ヤベーよ、なんかオレヤベーよ、 という言葉だけが頭の中をぐるぐると回っていた。 それから数日過ぎ、次に碁会所で塔矢と打った時、無駄に緊張してちょっと疲れた。 でも、普段通りの塔矢と話していると、オレも普段通りでいいんだ、って思えてきた。 そりゃ偶には変な夢も見るよ。 怖い夢も見るし、懐かしい夢も見る。 それなのに。 帰りのエレベーターに乗って、あー疲れた、と壁に頭を預けて目を閉じると。 「・・・え。」 キスが降ってきた。 オレが驚くと塔矢は少し困ったように笑い、もう一度キスをしてきた。 今までエレベーターとかで二人きりになっても何もしなかったじゃん。 ってか・・・、 ああそうか。 どうもオレが目を瞑ったらキスしてもいい、って回路が出来たみたいで・・・。 何となく塔矢もあの夜同じ夢を見たんじゃないかな、と思った。 ヤベーよ、ヤベーよ、なんかヤベーよ。オレ。 ヤベーよ・・・・・・オレ達。 −了− ※可愛く。 生まれたての子馬・・・ならぬホモだち。 |
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