|
|
053:壊れた時計 泊まりがけのセミナーで、初めて進藤と同じ部屋になった。 和室に二つ並んだ布団を見て・・・眩暈がした。 ・・・ボクは今夜、我慢できるだろうか。 先に風呂も歯磨きも済ませて窓際のソファセットに座り、石を並べていると、 風呂上がりの進藤が帰って来る。 「あれ・・・。先に寝てなかったの?」 「ああ。」 しどけなく襟元がはだけた浴衣、濡れてしなだれている髪、 罪作りだ。キミは。 「・・・えへへ。何だか不思議だな。」 「何が。」 「こうやってオマエとお泊まりなんてさ。」 「・・・・・・。」 「いや、一年前だったらオマエ『ふざけるなっ』とか言ってるし、今だって学校の友達と違うから 一緒に旅行なんて考えられないじゃん?・・・ってそんな怖い顔すんなよ。」 怖い顔をしたわけでは、ない。 キミが、ボクとの宿泊をそんなに特別に思ってくれたことに感動していたんだ。 ボクは随分前から進藤ヒカルが好きだった。 元々、こういうありきたりの青春を送っていそうなタイプに興味がないではなかったが、 ボクにとっては何より碁が大切だし、碁を知らない若者とは世界が違うのだと諦めていた。 でも進藤は違った。 脳天気で無邪気な性格、ファッション、きっと同年代の者を無作為に集めた所に放り込んでも ちっとも浮かない、そしてきっとみんなと友達になってしまうだろう。 ボクでは絶対そうは行かない。 なのに彼はボクが属する棋界でも・・・ボクと対等近い力を持っている。 彼岸と此岸を。 二つの世界を軽々と行き来する者。 憎めない蝙蝠。 というだけでなく、認めたくはないが元々好みの顔でもあった。 男である進藤をいつから恋愛対象として見始めたのか、自分でも覚えていない。 ただ気付いたら追いかけていたし、触れたいと思った。 勿論人に言えないし、本人にも言えない、寂しい恋だと思う。 でも始まらないからこそ終わらない、素敵な恋でもあると自分で自分を慰めていた。 なのにキミは今、こんなに手を伸ばせば触れられる所に。 ・・・ボクは今夜、我慢出来るだろうか。 「オマエまだ寝ないの?」 「ああ。もう少し勉強してから寝るよ。」 今夜は眠れないかも知れない。 キミの隣に寝たら理性が飛んでしまうかも知れない。 「ホンット勉強熱心だな。」 「ボクが人より強いのは、」 真っ直ぐに進藤の目を見つめる。 「それだけの努力をしているからだ。」 進藤はゆっくりと瞬きをした。 きっとその顔をしてくれると思った。ボクはキミのその瞬きが大好きだ。 「チェッ。健康管理も仕事の内だぜ!」 進藤は可愛い憎まれ口を叩いて布団の縁を顎に引き寄せた。 もう、寝たかな・・・。 規則正しい呼吸音が聞こえる。 確かに健康管理も大切だ。 ボクももうそろそろ寝ないと明日の仕事に差し障る。 音がしないようにそろそろと石を片付けて、進藤の隣の布団に正座した。 すぐそばで進藤が仰向けになって寝ている。 ボクもこのまま寝るべきだ。 寝なきゃいけない。 横たわるんだ、 枕に頭を乗せて、 息を殺して。 急げ。 睡魔が理性を食い始める前に。 理性を・・・。 ・・・でも、少しだけ。 少しだけ進藤の寝顔を見てもいいんじゃないか? だって、こんな機会もう二度とないかも知れない。 少しだけ。 見てみたいだろう? 彼の寝顔を。 そろそろと進藤の布団に手を突き、その顔を覗き込んでみた。 瞼を閉じると意外と長い睫毛・・・。 近頃とみに男らしさを増してきた眉が開き、幼児のようにあどけない表情になっている。 布団の胸の辺りが持ち上がる度に、 少し開いた口元から、すぅすぅと、息が、 生きている、進藤。 こんなに近くで初めて見た、顔。 ・・・もう、どうなってもいいと思った。 常に遠い将来の為に日々努力を重ねてきたボクが生まれて初めて 明日なんて必要ないと思った。 ゆるゆると顔を近づけ、つややかな下唇をそうっと舌先でなぞる。 「・・・ん・・?」 寝ぼけた進藤の悩ましい声に触発されて唇を重ね、驚いて跳ね起きようとするのを 押さえつけて更に深く口付ける。 「!」 進藤は完全に目覚めた。 もう引き金は引かれた。 その弾がボクを貫くまで、少しでも長く、この幸せを。 「〜〜〜〜〜!!!」 「ごめん、進藤、」 「なっ!何すんだよ!」 進藤はボクを突き飛ばしてとびすさった。 予想したとおりの反応だ。 わかっていてしてしまった、 ボクが悪い。 「・・・・・・ごめん。」 「な、な、何?オマエなんか寝ぼけてた?」 「いや・・・。」 寝ぼけていた、と嘘を言ってもいい。 でもボクは、こんな大切なことで自分を裏切れる程強くもないし・・・弱くもない。 「まだ寝てなかった。」 「え、でも、」 膝でにじり寄ると、進藤は尻でいざって逃げる。 「キミにキスしたかったから、キスしたんだ。」 「あ、あの、取りあえず来んなよ!」 「いやだ。」 追えば嫌われる。 と思ったが、ここまで言ってしまった以上、追わなくても同じ事だ。 だから・・・息の根が止まるまでもう少し。 いざりながら逃げていた進藤は部屋の隅の壁際まで追いつめられ、身をすくめた。 逃げられないように壁と畳に手を突き、自分の体で閉じこめる。 怯えた進藤はとても・・・可愛かった。 「何で・・・。」 「キミが・・・好きだから。」 「え・・・。」 「ずっと、好きだった。」 「えっとあの、オマエってその、ホモなわけ?」 「どうだろう。好きになった人は100%男だけど。」 「・・・それってかなりそうだよな。」 「キミ一人だよ。」 我ながら歯の浮くようなセリフだった。 進藤はかなり複雑な表情をしていた。 「そ、そうかよ。でも、あの、ゴメン、オレ・・・、」 「うん。」 「普通ってゆうか、女が好きで、」 無論そんなことは知っていた。 だから今まで悟られないようにしていた。 「・・・分かってるよ。でもごめん。ボクはキミが好きなんだ。」 さらに体を寄せる。 息が混じり合う近さ。 どうして時間というのは絶え間なく流れ続けるのだろう。 このまま永遠に凍り付いてもいいのに。 いや、凍って欲しい。 時間よ、止まれ! どんなに苦しい一局で持ち時間がなくなった時もこんな事は思ったことがなかった。 そのボクがこんなに願ったのに、時間は止まらなかった。 進藤が必死でボクの浴衣の肩を掴む。 それでも前に進むから、するりと抜けて肩が剥き出しになる。 「な、な、ちょっと待てよ、落ち着けよ。」 「落ち着いてるよ。」 「ねーって!待てって!オレ男好きじゃないって言ってるじゃん!」 「でもボクは。」 「話し聞けって!あのさ、そもそも、」 「・・・・・・。」 「オマエ、オレをどうしたいわけ?」 そこまで言わせるのか。 キミにキスをしたボクに。 そんなこと口に出して言ってしまったらきっとキミは本当に。 でも。 「・・・抱きたい。」 やけに長く感じられる沈黙だった。 でも聞こえなかった筈は、ない。 反応を待ち続けて一つ季節が過ぎ去ってしまったかと思った頃、やっと進藤が 「・・・・・・ええっと・・・。あの、それってやっぱしたいって意味?」 「何を?」 「・・・エッチ。」 「ええ?」 進藤とエッチ・・・とは酷く心ときめく語感だけれど。 「ボク達は男同士だろう?」 「いや、そうだろ?」 「?」 「?」 訳が分からない。 同じ事を言っているのに、何処か通じていない気がする。 でも進藤がさっきより何となく脱力しているから。 「・・・抱いていい?」 「え・・・あ・・・。」 自分でも強引だったと思う。 でも進藤を抱ける千載一遇のチャンスを、逃すことは出来なかった。 ボクは最後の距離を縮め、 進藤を力一杯抱いた。 暴れられると思ったが、進藤はほとんど抵抗らしい抵抗をしなかった。 夢にまで見た進藤の感触。 ボクと変わらない骨格、浴衣越しの体温、手でなぞれる背骨、 耳に少し荒い息が感じられ、一層強く抱くとふれあった首同志が、熱い・・・・。 さっき時間が止まらなくて、本当に良かった。 ボクは気が遠くなるほど、幸せだった・・・・・・。 「あの・・・・・・。」 幸福に酔っていたボクにはどれ程時間が流れたのか分からない。 でもやがて何故かおずおずと聞こえた声に、嫌々ながら身を引き剥がした。 分かっていた。時間は止まらない。 神の時計は、壊れない。 「ありがとう、進藤・・・。キミはその・・・とても暖かかった。」 「オマエもな。」 思っても見なかった普通の反応に、逆にボクが真っ赤になった。 戸惑ったまま正座をして着乱れた襟を直していると、 進藤は「よっ」と言って壁に倒れかかっていた体を起こし、あぐらをかいた。 そしてこめかみあたりをかりかりと掻きながら 「オマエ、ずっとオレをこんな風に抱きたかったわけ?」 「え、いや、あの、そんな・・・・・・そうだけど・・・。」 落ち着いた態度とあまりにストレートな物言いに、ボクの方がどぎまぎとする。 「いやー、いいんだけどさ。」 「ええっ?」 いいって、キミは怒ってないのか? 強引にキミを抱いたボクを、許してくれるのか? 「そーいう風に抱くのはいいんだけど、オマエいつかそれだけじゃ我慢出来なくなると思う。」 それだけ、ってボクにとってはこれ以上ないほどの幸せだのに。 いやそれより・・・。 進藤が「いい」、と言ってくれた。 予想されたカタルシスは訪れなかった。 神の時計も、壊れる事があるんだな、と思った。 「そうなったときどうすっかってのが問題だよなぁ。」 腕組みをして斜め上を見ながら何かを考えている進藤。 キミが何を考えているのかさっぱり分からないけれど ボクが今どれ程幸せか、キミに分かるかい? −了− ※初アキヒカ。多分。 多分どっかにこういう話あるでしょうが、アキラさん、こんな事になりそうです。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||