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050:葡萄の葉 「アキラくん・・・。」 校門から出ると、緒方さんがいつものスポーツカーで迎えに来てくれていた。 「あれ?どうしたんですか?」 「今日はアキラくんの卒業式のようなものだから。」 特別に、と言って小さな花束を差し出してくれた。 そう、中学校の卒業式に来られなかったボクは、今日一人で卒業証書を貰いに来た。 がらんとした三年生の教室を一応見収めて、尹先生に挨拶をする為に囲碁部に行って、 見知らぬ下級生達に物珍しげな目で見られて。 そしてそのまま歩いて帰るつもりだったけれど、一人でこんな筒を抱えて行くのも 少し恥ずかしいと思っていたので、嬉しい。 「ありがとうございます。」 「どういたしまして。それに、アキラくんの制服姿もこれで見納めだからな。」 緒方さんは少し眩しそうに目を細めてボクを見た。 恥ずかしい。 「・・・ボクはホッとしています。自分でも似合っているとは思いませんでしたから。」 「凄く似合ってるさ。それに、もうそろそろその『ボク』というのは何とかしたらどうだろう。」 女なのに、自分をボクというのはやはり間違っているだろうか。 でも、緒方さんだって人の事言える言葉遣いじゃないのに。 「その内直します。」 「その内、か。彼氏は何も言わないのか?」 車のドアを開けながら緒方さんはニヤ、と笑った。 彼氏というのは「進藤」という同じ年の男の事で、確かに彼氏、ではあるのだけれど どちらかというと「碁敵」と言った方が相応しいし居心地がいい。 中一でプロの碁打ちになったボクを「ライバル」と公言し、あれよあれよと言う間に 追いついてきて、今では碁会所で打てば三回に一回は負かされる。 ボクは女流だから公式戦で戦った事はないが、トータルの成績なら負けるつもりもない。 そんな風に、ボクも彼を宿敵として意識し始めた時、 ・・・ずっと好きだった。付き合って下さい。 不意にライバルにそんな事を言われて慌てない女がいるだろうか? 少なくともボクは見苦しく慌ててしまった。 な、何を言っているんだ!そんな事を考えているからボクに勝てないんだ! 今思うと、真剣な告白になんて失礼な返事をしてしまったんだろうと思う。 けれど、あの時のボクにはそれが精一杯で。 進藤は半泣きみたいな表情になって、そのまま泣くかと思ったのに、無理に微笑んで 「ずっと待ってるから。」と言ってくれた。 何だか一人で大人になられてしまったようで、口惜しかった。 それによく考えたらボクから告白するのを「待ってる」だなんて、少しずるい。 待たれる方の身にもなってみろ。 キミが諦めずに何度も告白してくれたら、ボクだってその内「いいよ。」と 言うかもしれないのに・・・。 そんな時相談したのが、緒方さんだった。 緒方さんは小さい頃からよく知っていて、気が置けない。 碁ではいずれライバルと呼ばれるようになり、挑戦者になりたいけれど、 普段は身近な大人として、父の弟子の中では一番頼り甲斐のある人だ。 そして、ボクの話を聞いて、ボクが彼のことを好きなのだと気付かせてくれた。 好きなら詰まらないプライドなど捨てて、自分からも好きだと言わなければ 恋愛はフェアじゃない、と教えてくれた。 「男に『ずっと待ってる』だなどと言わせるなんて、アキラくんも隅に置けない。」 碁打ちとしてはともかく、女の子として自分に自信が無かったボクに 「キレイだ」と、「進藤に惚れられる価値がある」と、言ってくれた。 だから。 緒方さんがいなければ、きっとボク達の恋は成就していない。 恋の恩人でもある。 ずっと恩返ししたいと思っていた。 ・・・今不意に思い付いた。 思い付きでいいのかどうか分からないけど、今日が丁度いいかも知れない。 中学校の卒業式。 もう、子どもじゃない。 自分が子ども時代に別れを告げるのに、丁度いいんじゃないだろうか。 「あの、緒方さん今晩のご予定は?」 「特にない。が。」 「マンションに、泊まりに行っていいですか。」 「・・・・・・。」 無言でバックミラーを見てから、ちらりとこちらに視線を寄越す。 「何故。」 「夕食を作らせて下さい。前々から、」 胸がどきどきする。 こんな事を言うのは生まれて初めての経験だから。 「ボクの手料理を食べたい、と仰ってたでしょう?」 「・・・いいのか。」 「ええ。」 「進藤はもう食べたのか。」 「・・・いえ。」 「先に食べさせなくていいのか。」 「・・・進藤より先に、緒方さんに食べて頂きたいんです。」 緒方さんは少し迷うような表情をした後、小さく頷いた。 ボクはシートにもたれ掛かって、目を閉じた。 「とーおやー!」 「何だ騒々しい。」 翌日碁会所で待っていると、一人で騒がしい気配を撒き散らしながら進藤が入ってきた。 「はい!」 「えっ。何?」 突然目の前に原色、そして植物の匂い。 「卒業おめでとう!」 「あ、いや・・・。」 大きな花束。いつも進藤には本当に驚かされる。 それで思わず心をガードしてしまって、本当に伝えたい事が言えなくなってしまったりするんだ。 でも、そんなの勿体ない。 と教えてくれた人がいる。から頑張る。 「そんな、悪いよ、ボクはキミの卒業式に何もしていないのに。」 ああ違う!そんな事が言いたいんじゃない。 もっと、もっと探せ。言葉。 「いーってことよ。オレが祝いたいんだから。」 「でも・・・。」 馬鹿。遠慮している場合じゃない。 進藤がくれた花束なら、どんなに小さくたって大きくたって、抱きしめたい程なのに。 この気持ちを、どう伝えたら。 「あのっ!」 「ん?」 「あの、・・・ありがとう。凄く、嬉しい。」 結局普通の事しか言えなかったが、ボクにしては上々だ。 進藤は少し驚いたような顔をして、その後「どういたしまして。」と気取ったお辞儀をした。 昨日緒方さんに貰った花束は白を基調にしたシックなもので、趣味が良いと思った。 進藤がくれた花束には白はなく、物凄く色々な色が入っていて、ちょっと凄いな、と思ったけれど きっと本人が花も選んでくれたんだろうと思うとその気持ちが有り難い。 「ひまわりなんて、今時よくあったね。」 「うん。今は年中あるみたいだぜ。」 「あ、これは葡萄の葉。ホントに季節感無視だなぁ。」 鮮やかな黄色と焦げ茶の太陽の横から、紫と緑の蔦のような葉が乗り出している。 「色がキレイだったから。」 「まあね。」 そう言えばごく最近どこか他で葡萄の葉と縁があったような・・・。 「あ。」 「どした?」 「いや、昨夜緒方さんの部屋で、葡萄の葉を見たんだ。」 一緒に買い物に行った時に、安いものだけれど赤ワインをプレゼントした。 外国から渡って来た瓶にはこれとよく似た葡萄の葉が印刷されていて、テーブルの上に葡萄園を作っていた。 ボクは緒方さんの膝の上で泣きながら、その蔓を指でなぞった。 初めての経験で、何もかも思ったのと違って、そうだその上ワインで少し酔っていた。 そうじゃなきゃ泣いたりなんかしない。 子どもっぽい。 今となってはちょっと忘れたい記憶だ。 「顔赤いよ。」 「え?」 自分でも頬が少し熱いと思っていたけれど。 言われると余計に赤くなってしまうじゃないか。 「昨夜ケータイに電話したけど、留守電だった。緒方さんちにいたんだ?」 「うん。」 「何しに?」 ・・・それは恋の恩返し。 だけれど、そんなことキミが知る必要はない。 「別に。泊めて貰っただけだよ。」 「泊まったんだ。」 進藤が前髪を、掻き上げかけて止める。 そんな時、キミの表情が見えなくて、少し不安になるよ。 「うん。泊めて貰った。」 だけれどボクはやっぱり素直にそんな風に言えなくて、 何でもない顔で答えてしまう。 「羨ましいな・・・。」 髪の毛から手を離した進藤は、微笑んでいた。 キミの笑顔は、・・・男にしておくには勿体ない。 「え、緒方さんが?」 「・・・って。おまえ、普通に凄い事いうね。」 「え?」 「いや、それも正解。オレもお前と泊まりたい。」 「えっ・・・!」 うーわーっ!ボクは、何て事を言ってしまったんだ。 何て事を言わせてしまったんだ! そうだ、進藤が羨ましいのはボクに決まってるじゃないか。 「そ、そうだよね!緒方さんのマンションに泊まれる男なんて、そうそういないもんね!」 「まあね。って女のお前羨ましがっても仕方ないんだけど。 でも、今は緒方さんが泊まりに来て良いって言ってくれても、断るよ。・・・おまえがいるから。」 もう・・・。また、いきなり恥ずかしい事を言う。 「無理するなよ。どうせボクは緒方さんに負けてるよ。」 「まーなー。あんなにかっこいい美女だったら自慢だけどな〜。」 「〜〜〜〜!!!」 この葡萄の葉のように、顔に青や紫の色を付けてあげようか。 「うそ!うそです!塔矢の方がずっと美人!」 でも、前みたいに全力で殴るんじゃなくて、笑いながらコツンと拳を当てるだけで済ませるなんて ボクも少しは大人になったんじゃない? 料理だって、その内上手くなるよ。 ね。 −了− ※アキラさんが普通に女体化してるんです。 オガタンが女体化して何が悪い。 | ||
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