041:デリカテッセン 塔矢夫妻が不在の家に呼ばれて、だらだらと爛れた時間を送るのは 珍しい事じゃない。 打って、ヤって、弁当食って。 んでまたヤって、打って。 何やってんだオレ、と思いながら休みが重なる度に行かずにはいられない。 そんなある日、珍しく「今日は夕方から来てくれ。」と電話が掛かってきた。 お互いに丸一日空いている筈なのに。 「え、何?用事?」 「うん。まあ・・・。」 言葉を濁されると余計に気になるもので、オレは午前中に塔矢家の門前に到着した。 ・・・インタホンを鳴らしても返事がない。 いないのか? でも。中にもし誰かが居たら。 塔矢と、誰かオレの知らない男がいたら。 と思うと、矢も盾も堪らなくて、オレは塀を乗り越えて中に入った。 家の中はシーンとしているようだった。 玄関先に向かい、戸に手を掛けて開けようとしたが当然のように鍵が掛かっている。 でもその時、足元に白い紙があるのに気付いた。 石畳に挟まって、くしゃりと潰れているそれを拾い上げて見てみると イズ カタカナで一言。 なんだろ? オレは携帯で棋院に緒方先生の電話番号を問い合わせた。 電話に出ればよし、「イズ」について聞いてみる。 出なかったら・・・塔矢と一緒にいるもんと見なして、乗り込んでブッ飛ばす。 さっき想像した、家の中にいる「知らない男」のシルエットは緒方先生だったんだ。 プププ・・・・ 『はい。緒方。』 「あ・・・緒方先生?進藤です。」 『進藤・・・何の用だ?』 「はははっ、速攻っすね。」 『無駄話をするためにわざわざ電話をしてきた訳ではないだろう。』 「はい。あの、塔矢がどこにいるか知ってます?」 『アキラくん?家じゃないのか?』 「留守なんです。」 『じゃあ仕事だろう。』 「休みです。」 『オレが知るものか。なら先生の碁会所にでもいるんじゃないのか。』 今日は休業日でしょうが。 だけど、緒方さんの口調に淀みも不自然な所もなかった。 一緒にいる訳ではないらしい。 少し胸を撫で下ろす。 でも、じゃあ何処にいるんだ?アイツ。 『下らん事でわざわざ電話してくるな。切るぞ。』 「あ、ちょっと待って下さい。『イズ』って言葉に聞き覚えありますか?」 『いず?地名の伊豆か。』 「さぁ・・・。でも塔矢に関係のある言葉です。」 『確か伊豆に先生の別荘があったが。』 ・・・そこだ! 直感だが、塔矢はそこにいると思った。 自分で行ったのか、誰かに連れて行かれたのかは分からない。 だが、こうして走り書きのメモを隠すように残していった所を見ると、 無理矢理連れて行かれたのかも知れない。 と思うと、居ても立ってもいられなくなった。 オレは緒方さんに詳しい住所を聞いた。 『だが今は管理人がいるだけだと思うぞ。』 山手線で東京駅に、そして「ひかり」に飛び乗ってオレは伊豆に向かう。 窓の外の景色を見ながら、いい事や悪い事を想像した。 ・・・金に困った男に誘拐されて、別荘に連れ込まれている塔矢。 ああでも誘拐はかなりの確率ですぐに殺されるって聞いたことある。 顔を覚えられたら帰す訳には行かないし、面倒見るのも大変だし。 でも死体運ぶの大変だもんな。 別荘に行くまでは生かされて・・・。 そうだな、あの目で睨まれたら、大概の男はビビって・・・次に頭に血が昇って暴力的な気分になる。 逆恨みだよ。ビビる自分が悪いんだよ。 でも、止まらないんだよ。 何でこんな細っこいガキに自分は怯えたんだと思いながら、泣かせてみたいと思いながら きっと殴ったり蹴ったりしてしまう。 でも。アイツは絶対に屈服しないから。 男が好きとかそんなんじゃなくても、アイツに屈辱を味あわせたいって理由だけで 服を引き裂いて、現れた白い肌を見た途端に理性が飛んで、 滅茶苦茶に犯し抜いた後、我に返って 殺してしまうんだ。 ・・・いや、オレならどうせ殺すなら入れたまま指を一本一本落として、 その度に締まるのを楽しむだろうな。 右手の人差し指と中指を切る時にはさすがのアイツでも泣きわめくだろう。 そこまで考えた所で熱海に着き、伊東線に乗り換える。 晴れた田園風景の中をのんびり進む列車の中で、オレの暗い妄想はまた渦巻く。 ・・・オレの知らない男を別荘に連れ込んで、くわえ込む塔矢。 何故か女を連れ込む所は想像できなかった。 きっと初めてだって顔をするんだ。 オレなんかこの世にいないって感じで、初めて恋をしたような振りをして。 いや、ボクノーマルです、みたいな顔をしながら誘惑しているかも知れない。 二人きりで、袖を捲り上げたり暑くなってきましたね、なんて言って襟のボタンを外したり。 それで十分相手を唆すことが出来ることをアイツは知っている。 オレが教えてしまった。 抱きしめられても押し倒されても、ゆるく抵抗しながらアイツはきっと嗤ってるんだ。 オレのことを。 寝取られているとも知らずに東京でのほほんとしているオレを。 塔矢が知らない男に唇を奪われ、舌を突っ込まれて涙ぐんでる時に オレはのんびり近所を散歩している。 服を脱がされ、恥ずかしげに身を縮めたまさにその時、オレは本屋の前で立ち止まる。 足を開かされて顔を覆った同じ瞬間に、漫画雑誌を取り上げて広げるオレ。 突っ込まれて、快感に漏れてしまった声を 立ち読みして噴き出してしまったのを 痛みから来る悲鳴のように誤魔化す。 咳をした振りをして誤魔化す。 そんな妄想が余計に塔矢を熱くするんだ。 手に取るように分かる。 考えるだけでハラワタが煮えくり返る。 許さねぇ。 相手が塔矢のヨガり方に、絶対初めてじゃないって気付いた時にはもう遅い。 どっぷり溺れているという寸法だ。 許さねえ。 ・・・ああダメだ。 どっちにしたって悪いことだ。 いい想像なんて出来やしない。 それってのも、全部塔矢のせいだ。 朝から空いてるくせに、夕方から来いだなんて言うからだ。 『伊豆高原〜この列車はこの駅まででございます。お忘れ物の・・・。』 間の抜けたアナウンスに、慌てて席を立つ。 ああ終点だから急がなくていいのか。 いや、急がなきゃ。 バスの時刻表を見る間も惜しんで、オレはタクシー乗り場に急いだ。 そこは古くからの別荘地なのか。 山の中に屋敷やいくつかのコテージが建っているが、今は人気も車もない。 でも集落の入り口近くには一つこじんまりした小屋が建っていて、そこの前には バンや軽トラが並んでいた。 一軒一軒当たるのも大変そうなので、オレはその恐らく管理人が住んでいるであろう 小屋に向かった。 「あの、すみません。」 「はぁ。ご用でしょうか。」 「東京から来たんですけど、塔矢さんちの別荘はここにありますか?」 「ああ塔矢邸。ございますよ。」 「場所を教えて貰えます?」 「はぁ。そのレンガの家の向こうの小径を登った所ですが。」 「あ、ありがとうございます!」 来た!塔矢の、近くに。 もうすぐ会える。 まだ死んでないといいけど。 だが、 「ちょ、ちょっと待って下さいや。」 「何、急いでるんだけど。」 「あなた・・・進藤ヒカルさん?」 「え・・・は、い、そうですが。」 「塔矢さんのぼっちゃんから伺ってます。」 「そうですか。」 「で、今日電話があってあなたが見えたら伝えてくれって伝言が。」 「えっ!」 「えっと・・・、おうおう、これですわ。」 渡されたローカルな信用金庫のロゴ入りのメモ用紙には 顔に似合わず、やけに達筆で 『ごくろうさま。でも夕方からと言っただろう。 僕は東京の自宅にいるから今すぐ帰って来い。』 今日二度目、塔矢家の門前に立ったオレは、ほとんど殺意の固まりだった。 確かに塔矢は悪くない。事前に予定を言ってきたし。 だが、あの「イズ」のメモは何だ。 あんなもん一つでオレが駆けずり回ってオマエを探しまくるとでも? と言えないのが一番腹立たしい。 ああそうだよ!おまえの思うツボだよ! 伊豆くんだりまで本当に足を運んでしまった自分のバカさ加減が許せない。 でもオマエが誘拐されたんじゃないかと、浮気してるんじゃないかと、 どれ程心配したと思ってんだ! どうせそれもオレが悪いんだろうな。 ・・・いや、浮気をしていないとはまだ言い切れない。 「やあ。意外と遅かったね。」 出てきた塔矢が本当に無事そうなのに少し安心すると共に 苛立ちは一層つのって、絞り出すような声しか出なかった。 「遅かった、だと?」 今夜は塔矢の体を隅々まで調べてやる。 そして何か、少しでも痕跡があったら・・・どうしてくれようか。 だがオレとは対照的に、塔矢は浮き浮きした様子で先に立って茶の間に向かった。 「・・・おまえ、手ぇどうしたんだ?」 「ああこれ?ふふっ。ちょっと包丁で切ってね。」 包丁? 何か不自由そうだと思ったら、右手を自分で手当したのか これでもかという程不器用に包帯を巻いてある。 何だろう、と訝しむ前に、たん、と開け放たれた襖の向こうの風景に、 オレは目を奪われた。 広めのテーブルの上に下に、所狭しと料理が並べられている。 和風、 洋風、 中華風、 サラダ、 煮込み料理、 揚げ物 焼き物。 オレは腹を立てていたのも忘れて、目をまんまるにした。 「ど、どうしたんだ?これ。」 「作ったんだよ。」 「誰が?」 「ボクだよ。」 「一人で?全部?」 「勿論。」 今すぐ惣菜屋が開けそうな程の、いやそれ以上の品数、 どれ程の手間と時間が掛かっているのだろう。 「ほら、キミこの間手料理が食べたいって言ってたじゃないか。 本を見ながらだけど思ったより作れるものだねぇ。」 「いや・・・。」 「こんなに作るつもりはなかったんだけど、キミを待っている間に一品一品増えてしまって。」 確かにこれだけ作ろうと思えば、朝から今まで掛かるだろう。 ・・・浮気をしているかも、だなんて。 「なら、そう言ってくれたら・・・。」 「驚かせたかったんだ。」 「でも、あんなメモ置いておかなくても。」 「キミならきっと伊豆まで行ってくれると思ってたよ。」 「何でわざわざ行かせるんだよ。」 「だってただ待たせて浮気されたり、ヘソ曲げてキャンセルされたら困るからね、 用事を作ってあげたんだよ。それにお腹も空くし。」 しゃあしゃあと言う塔矢を、睨む。 浮気って、オレはテメエのもんじゃねえっつってるだろうが! でもそれを言う前にくうぅ、と腹が鳴った。 そういや昼メシも食ってない・・・。 情けない気分になった所で塔矢が「ぷ、」と噴き出したので、オレも笑う。 オレ達は今日初めて、二人で笑い合った。 料理はどれも旨かった。 塔矢は何となく不器用な気がしていたが、案外器用で味覚も鋭いのかも知れない。 「これってどうやって作ったの?」 「見ての通りだ。」 「モヤシの頭と根っこを全部手で取ったの?一本一本?」 「一本ずつ取るしかないよ。」 料亭みたいに手間を掛けてる。 それに几帳面な性格が幸いしたのか料理本が優れているのか味付けも満点だ。 「あ、それは味わって食べてね。」 「全部美味しく頂いてるよ。」 「それは特に、珍しい肉だから。」 そう言われたのは、香草みたいなのと細切れの肉を炊き合わせた 一口だけの料理。 ぐい飲みのようなもんに盛ってあるのが確かに貴重っぽい。 「ん〜・・・コリコリしてる。不味くねえけど特に美味くもないな。」 「そう。」 と頷きながらも塔矢は何故か満足そうにニヤニヤした。 「で。何の肉なわけ?」 「・・・・・・。」 「勿体ぶるなよ。言えよ。」 「・・・・・・。」 「おいっ!」 重ねて聞いても塔矢は笑っているだけ。 本気で気持ち悪くなってきた。 まさか昆虫とか、食っちゃいけない肉じゃねえだろうな、近所の飼い猫とか。 しかし塔矢がゆっくりと上げたのは・・・ 包帯でぐるぐる巻になった、自分の右手。 ・・・・・・。 「・・・おい、やめろよ?冗談は。」 「どうしてもキミにボクを食べて欲しくて。それも一番大事な部分を。」 大事・・・。 爪がすり減り、固くなった人差し指の先と、さっきのコリコリした食感を、 頭の中でリンクさせないようにしようと努力したけど。 「どうだった?人の味は。」 短い言葉が引き金になる。 オレは両手で口を押さえてトイレに走った。 扉を開けて駆け込んだが間に合わなくて、タイルの床に零してしまった。 そんな、そんな、塔矢が、自分の指を切るなんて。 碁を、捨てるなんて。 オレに、自分の肉を食わせるなんて。 「・・・あ〜あ。何も全部吐かなくても。」 気が付くと後ろに塔矢が立っている。 「大丈夫?」 包帯の手で、オレの背中をさするのを激しく振り払った。 「痛っ、」と声を上げるのにも構わず、手を洗う。 そのまま洗面所に行って、ばしゃばしゃと顔を洗って口をすすいだ。 ・・・何かの間違いだと、冗談だと思いたい。 だが塔矢なら・・・やりかねない。 想像だけで終わらせるオレとは違う。塔矢は。 ・・・アイツの異常さは、嫌と言うほど知ってるじゃないか。 「進藤〜。」 遠くから恐ろしい、呼び声がする。 ぱたぱたぱた スリッパの音が近づいて来る。 ・・・来るな。来るな来るな! ぱたぱた・・・ 「進藤?」 オレのすぐ後ろに。 顔を上げて鏡を見ることが出来ない。 背中がぞくぞくする。 しばらくお互いの呼吸音だけの沈黙が続いた後・・・ 塔矢がす、と息を吸った。 「進藤・・・ごめんね。本気にするとは思わなかったんだ。」 「!!」 えっ! 思わず恐怖も忘れて勢い良く振り返ると、 そこには気弱そうに苦笑したいつもの塔矢。 「おまえ・・・嘘・・・?」 「当たり前だろ。ボクが指なんか落とす筈がないじゃないか。」 は・・・はははっ。 そう、そうだよな。 塔矢アキラが、碁石を持つ指を自分で切り捨てるなんて。 「キミを愛撫するのに差し障りがある。」 ・・・・・・。 「・・・じゃあ何だよ、その包帯。」 「本当に、うっかりちょっと切っただけなんだ。」 「なら見せろよ。」 「いやだよ。」 笑いながらそれでも後ずさる。 ちょっと切っただけなら見せてもいいんじゃ? 何故、冗談めかしながら頑なに隠す。 ・・・まあいい。 予定通り、今夜は塔矢の体を隅から隅まで調べてやるから。 でも。 包帯を無理矢理取って・・・もしそこに人差し指がなかったら。 いや、そうじゃなくてもどこかに足りないパーツがあったら。 オレは一体どうしたらいいんだ? −了− ※お互いに相手をストーク。でもアキラさんの方が上。ストーカー度合いが。 せっかくのお題なんでカニバリズムネタもやっておこうと思いました。 |
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