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039:オムライス 和谷と塔矢とオレは無事地下鉄の満員車両に乗り込んだが、そのあともぎゅうぎゅう押されて 和谷が奥の扉まで辿り着いた。 成り行きだけれど良いポジションを取れたことに満足そうに笑う。 オレと塔矢は掴まる所ももたれる所もなく、ただただバランスを崩さないように 張りつめていなければならないつらい位置だ。 つまり、入った順番通り、和谷、塔矢、オレの順番に並んでしまっているわけだが、 並んでいるというよりは塔矢はほとんどサンドイッチ。 オレと和谷の間にねじ込んだことをさぞや後悔しているだろう。 ピリリリリリリ・・・と笛が鳴り、扉が2、3度躊躇った後閉まる。 ガタン・・・ 微かな振動と共に重心が横に振られ、足を踏ん張った。 カッタン、カッタン・・・車両が揺れる度に、変なところに力が入る。 ちょっとでも足を浮かせたら、下ろすときには誰かの足を踏んでしまいそうだ。 ああ、スミマセン。 絶対誰かにもたれちゃうし、もたれられてる。 人間にもテリトリーってあると思うんだけど、それをお互いに侵しまくり。 やっぱこういうのってストレス爆発だって。 よくこんなのに毎日乗ってるよ、みんな。 やがて後ろの人が、恐らくまたその後ろの人から預かったであろう体重を掛けてきて・・・ ドミノ倒し式にオレは塔矢の背中にもたれてしまった。 バンッ! 何事かと思ったら、塔矢が扉の窓に手を突いた音だった。 本を持っていない方の手で、和谷の顔の横のガラスを押さえている。 和谷は驚いて目を見開いていた。 「すまない。」 多分塔矢はキッとした目で和谷を見据えているのだろう。 和谷は「絶対『すまない』って思ってねーだろ!」と内心ツッコんでいるだろう。 あんまり容易に想像出来て、笑えてくる。 それぞれはよく知っているが、この二人がこれほど近接しているのを見たのは初めてだ。 なんか面白いな〜。 まあこんだけ混んでたら、塔矢も手も足も出ないだろうし。 とりあえず一安心っていうか、こんなに狭苦しいのに余裕が出てきたオレがいる。 ガタン。 また電車が揺れて、今度は塔矢はオレにもたれ掛かって来た。 和谷は少しホッとした顔をする。 塔矢の体重を受け止めるオレもまた後ろに人にもたれ掛かってたりしてるわけなんだけど、 なんだかこれって・・・。 塔矢の方がオレより少し背が高い。 そして上半身も下半身も密着してしまう満員電車。 ってったら、分かるよな? 塔矢の尻にその、ってかそんで、勃ってはないけど勃っちゃいそうな感じで ヤバいんだって! と、塔矢の肩越しにある和谷の顔と目があった。 「進藤、大丈夫か?」 多分オレは少し赤くて苦しそうな顔をしてたんだろう。 「うん、なんとか。サンキュ。」 ・・・それは、偶然だろう。その時電車が揺れたのは。 ガンッ! という音がして、塔矢がさっきの場所に、今度は肘を突いていた。 あぶね・・・ちょっと間違えたら鼻にエルボだよ、 まさか塔矢怒ってるのか?これだけのことに。 てゆうか・・・・・・。 肘で突っ張って和谷に体重を掛けないように気を遣っているように一見見えるけど、 もしかしてそれってほとんど、 抱きついてない? なんて気が付いたのは、塔矢がとても塔矢らしくない発言をしたからだ。 「ごめん・・・和谷くん・・・・。」 声の調子もさっきの「すまない。」と全然違う。 少し俯いて和谷の首筋に吹きかけるように、吐息のような、ささやき。 和谷は目を白黒させていた。 「おい塔矢、お前も大丈夫か?」 頷く髪の間から薄赤い耳が覗く。 そしてその顔を和谷に向ける。 二人の顔はほとんどひっつきそうだ。 てゆうか塔矢何やってんだよ! 何和谷に色目使ってんだよ! あてつけ? にしてもさっき殺しかけた相手によくそんな・・・! オレには見えない、 塔矢の顔を見つめたまま和谷がごくりと喉を鳴らす。 オレのジーンズは今やパンパンに固く盛り上がって、塔矢の尻に押しつけられている。 塔矢も感じているだろう。 コイツの誘う目を思い出して。 それが和谷に向けられているであろうことに、マゾヒスティックに興奮する。 オレがこんだけ興奮してるってことは、塔矢も勃起してるんじゃないだろうか。 そしてそれは和谷に押しつけられているんじゃないだろうか。 オレにはそれを確かめる術がない。 身動き一つ取れないぎゅうぎゅう詰めの車両。 それ自体一つの意思を持っているように 誰かがオレの背を押し、 オレは塔矢のカラダを和谷に押しつける。 ゴォー・・・・・・。 カタン、カタン・・・・・・。 電車は揺れる。 和谷が苦しそうに目を閉じて顎を上げ無防備に喉を曝す。 酸素を取り込もうと開いた口は、ほとんど喘いでいるようだ。 ゴォー・・・・・・。 塔矢が少し身を捩り、熱っぽい息を吐く。 和谷の肩越しに、 暗い窓にチラリと映った唇から舌がのぞいたような気がした。 カターン、カターン・・・・・・。 一体、何が。 オレには見えない。 見えないんだ。 苦しい。 体が、自分で支えられないなんて。 酸素が足りない足りなすぎるたすけてとうや。 その時、 ヒュウゥゥゥ・・・・・・。 減速する電車に体重を持って行かれ、オレはまた隣の人によりかかってしまった。 塔矢は和谷にもたれ掛かる。 苦しい。 けどもうすぐ。 ・・・・・・ガタン。 電車は一つ揺れて、駅に停車した。 まだ扉は開かないが、明らかに車内にホッとした空気が流れる。 そしてオレも。 オレはすぐ目の前にある和谷の顔を見上げた。 和谷の頬に塔矢の髪が密着している。 ほとんど恋人かなにかのように見えて。 少しエロチックだ。 でも和谷は屈託ない顔で笑って、突然 「なあ、この後○○軒のオムライス食いにいかね?」 と言った。 「・・・そういや腹減ったな。でもなんで急に?」 「いや、さっき塔矢の顔見てたらなんか思いだしちゃって。」 塔矢の体がピクリと揺れる。 「あ、悪りい。でも変な意味じゃないんだぜ。つるっとしててやらかそうで、」 「和谷・・・。」 「塔矢の唇の色見てたらあそこの特製ケチャップ思い出した。」 それで喉ならしてたのか・・・。 一気に緊張が解けて、体の力が抜けていく。 和谷は・・・ガキだ。 色気より食い気。 っつーか、和谷って自衛本能が優れてるっていうか、危険そうなもんからは 無意識に逃れる術を心得てるような気がする。 オレとはえらい違いだな・・・・・・。 少しづつ出口に向かっている人がいるのだろう。 車内に地殻変動が起き、またオレ達は漬け物みたいに押しつけられる。 それでもオレはホッとした。 ・・・してたんだけど次の瞬間。 和谷は鼻で塔矢の髪をかき分けるようにしてその耳に、吹き込む。 「・・・塔矢、オマエも、イク・・・?」 ・・・勿論、○○軒に行く?って意味なんだろう。 でも、考えてみれば つるっとしてて柔らかい卵の皮。 美味しそうなケチャップ。 喉が鳴ってしまうほど。 食べたくなってしまうほど。 そんなものを連想してしまうほど・・・。 その時塔矢は答えなかったが、震えた体と、漏らした溜息に 見えない塔矢の表情に、 眩暈。 オレは一生、この時この二人の間に何があったのか、 いや、何かがあったのかどうか。 聞くことが出来ないだろう。 最後に窓に映ったのは、ケチャップ色した下弦の月。 −了− ※ヒカル、聞かんでよし。 カプ゜リング不明という点で自分の中では「ガードレール」っぽくなった。 それにしてもコワ塔矢、思い切ったことする割に頭は悪くないみたいですね。 少し安心しました。 |
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