037:スカート
037:スカート






棋院のロビーで塔矢に、オマエとはもう碁を打つ以外では会わない、と伝えた。

オレ達はもう随分二人きりで会っていなかった。
塔矢からは何度も連絡しようとしたらしいが、
オレはアイツには内緒でケータイの番号変えていた。




彼女が、出来たんだ。

正直塔矢の情念が怖くなってきたというのもある。
アイツに剃刀で切られた翌日の対局で、それが気になってとは思いたくないが、
オレは負けた。

オレより傷が深かったはずのアイツは楽々と勝ってたけど。

このままじゃ、オレはダメになる、と思った。
ズルズルと塔矢のカラダに溺れていくのも嫌だった。



彼女の胸に顔を埋めていると、塔矢との記憶が少しづつ薄まっていく気がする。
オレを縛り付けるというよりは、包み込んでくれるような愛情。
正座なんかしたことないんじゃないかって位キレイな膝小僧、桜貝みたいな色に染められた爪。
ひらひらがついたTシャツや、スカート。

オレは彼女が、大好きだった。





・・・塔矢は無表情で固まっていた。
怒りや悲しみを現さないその表情が余計に哀れだ。

でも、コイツとの関係はこれ以上続けられないと思う。


「本当にゴメン。でも、オレその女の子が好きなの。
 悪いけどもう、オマエのカラダ見てもなんとも思わない。勃たない。」


男より女の方がいいに決まってるだろ?
やっぱ不自然だよ、そんなの。
オマエも女の子と付き合えよ。オレのことなんかすぐに忘れるよ。


「・・・じゃあ、最後に一度だけ・・・。」

「もうオマエとはセックスしない。」

「しなくていいから家に来てよ。最後の晩餐を、しよう。」


本当は行きたくなんかない。
でも、オレには自分からコイツに手を出したという負い目がある。

それに泣いて縋られたらどうしよう、いや刺されたら、などと心配もしていたので
(だから人目のある所で言った訳なんだけど)
意外にも冷静に反応してくれたことにすごくホッとした。


「・・・分かった。でも泊まらないぜ。」

「いいよ。」


これが塔矢との、最後の思い出の夜になるんだろう。






塔矢の家は寒々として広い。
三人家族にしても広すぎる位だが、今は両親旅行中で塔矢一人しか居ない。

オレが彼女とぬくぬくとまどろんでいる間、こんな所で一人で棋譜でも並べているのかと思うと
胸が痛むような後ろめたいような、なんとも言えない感じがするんだけど、
コイツ自身は寂しいなんてこれっぽっちも思ってないんだろう。


二人きりの夕食時、塔矢はなんだかはしゃいでいた。

自慢の腕を振るおうと思ったがキミなんかに食べさせるのは勿体ないから寿司を取った、
などと軽口を叩きながら手早くラップをはずし、ビールを並べる。

そのテンションの高さが、また哀れだった。
でもしんみりしたくもないのでオレも付き合って、寿司屋の寿司なら毒は入ってないだろう
なんて憎まれ口を叩く。

オレ達は初めて大人抜きでパーティーをする子どもみたいに、
大騒ぎしながらメシを食った。






「それにしてもオマエがこんなに酒飲むなんて。」

「偶には飲みたくなるよ。他の人には内緒だよ。『塔矢アキラ』のイメージが崩れる。」


オレは勿論オフィシャルの『塔矢アキラ』も知っている。
誰でも知っている、真面目で、朴念仁で、囲碁一筋な好青年。
そんな塔矢にオレは惚れた。

でも、その『塔矢アキラ』も実は未成年の癖に酒を飲んだりする。
そして恋人の前ではどんな媚態を示すか、どんなに情が深いか、
知っているのはオレだけだろう。

そのオレが塔矢を切る、ということは、その裏の塔矢を殺すことに等しいかも知れない。

それでもオレは・・・。





・・・飲み過ぎた。

酔った塔矢に勧められるままにビールを開け、日本酒に移行したらそれがまた美味しくて、
オレは結構な量飲んでしまった。
こんなに飲んだのは生まれて初めてだ。

気持ち悪くはない。むしろ気持ちがいい。
でも、


「・・・帰らなきゃ・・・。」

「そうだね。でも、今のままじゃ無理だろう。少し休んで行ったら?」

「ん・・・。」


オレより先に酔っていたはずの塔矢が、意外としっかりしている。

肩を貸されて、塔矢の部屋に行った。
既に延べてあった布団に倒れ込む。


「風呂に入ってくる。後でお水でも持ってくるよ。」

「・・・ん・・・。」



・・・意識が飛ぶ。


ふ、と目が覚めて薄暗い部屋に、オレ寝てたのか、水まだかなぁ、なんて思って
またまどろむ。それを何回か繰り返した。


・・・おかしい。


首筋が妙に熱い。
背中もじんわり暖かくて、それがぞわりとするような不思議な暖かさで。

身じろぎしてズボンが擦れるだけで勃起しそうになる。


うー。早く塔矢来てくれ。

体を冷やしたいんだ。

水。

オレ、どうかしちゃったみたい。





朦朧としながら何度目かに目を覚ました時、相変わらず薄暗い部屋に、
今度は塔矢が居た。


「とお・・・や?」

「思ったよりよく効くみたいだね。」

「・・・・?」

「最後の方のつまみ、不味くなかった?」


少し、苦かったかも、知れない。


「水・・・・。」

「通信販売で買ったんだけど。」


見せつけるように手に持っていたコップから、水を口に含む。
そのコップはオレの手の届かない後ろの方に置く。

オレは塔矢を引き寄せた。

塔矢の唇を割ると、そこから冷たい水が流れ込んできて、オレはゴクゴクと喉を鳴らす。
少し生き返った。


「・・・何かの薬・・・。」

「ゴーホードラッグダカら安心して。」


意味が、よく分からない。
何か、
でも。

塔矢はまた水を口に含む。


ふと気付くと・・・・・。

え?


しなやかな素材のブラウス。

膝丈のスカート。

少し崩した膝から、奥が見えそうで見えない。


オレはまた塔矢を引き寄せて唇を合わせながら、思わずその裾に手を差し込んでいた。


なんだ塔矢、オマエ女だったのかよ。
なら早くそう言えよ。
それだったらオマエでも全然構わない。

いや、オマエが、いい。


口に出していたのかどうか分からない。

でも塔矢が微笑んだ所を見ると、言ってしまったのかも知れない。






その先はよく覚えていない。
ビリリと音がしたような気がするし、何かが破れたかも知れないけれど気にならなかった。

ストッキングだって脱がすのがもどかしくて、あちらこちら引き裂いてみたが
上手く脱がせられなくて、でも破れだらけのストッキングに包まれた塔矢の足は
ヤバいくらいに扇情的で。

やっと覗いたすべすべした白い肌に歯を立てながら、
そこがどのパーツなのかも分からなかった。


オレは塔矢に餓えていた。


男か女かもよく分からない。
でも初めて塔矢を犯した時のように興奮して。


オレはずっと塔矢に餓えていた。


慣れ親しんだ感覚なのにワケ分からなくてもどかしくて、
やっと突き入れた瞬間、オレは悲鳴を上げて、塔矢の中に、放った。


オレはずっと塔矢に


何度目かに「進藤、もうやめて・・・!」塔矢が喚いていたような気がする。

何言ってんだよ、オマエが誘ったくせに、
オマエオレの女だろ?
言うこときけよ、
血が出てる?
カンケーねえよ、
テーコーするなよ、

ずっとずっと欲しかったんだから、

オマエだって、そうだろ・・・?









・・・翌朝の目覚めは、最悪だった。

体中がだるい。
寝ている間に重力が強くなったのかと思うほど、手足が重い。
肌が不快にべたべたする。

それでも、頭の中だけは霧が晴れたようにすっきりしていた。

そこらじゅうに散らばっている、オレの衣類。
引き裂かれた女物のブラウス、布きれと化したスカート。
何かの死骸のように打ち捨てられたストッキング。

そして、背中や足に歯形や痣を見せて横たわっている、塔矢アキラ。


「塔矢・・・塔矢・・・?」

「・・・・・。」

「生きてる・・・?」


唇に、色がない。

塔矢を含めてこの部屋の惨状は、オレがしてしまった事だとは思った。
今ひとつ記憶が断片的なだけで。


ただすごく・・・・感じたのは、覚えている。



「・・・う・・・・・。」


やっと塔矢が呻きながら目を覚ます。
上半身を起こそうとしてがくりと肘を突き、もう一度慎重に身を起こす。


「塔矢。」

「・・・酷いな・・・キミは。」

「・・・ゴメン。」

「いいよ、自分で招いた事だし。」


全くだよ。


「でも、これで分かったろう?」

「・・・・・。」


塔矢の目を見れば、何と続けるつもりか聞かなくても分かる。
口調までも想像がつく。


『男だから女だからって関係ない。キミはボクが、欲しかったんだ。』


オレの目を見れば、それをオレが分かってる事が言わなくても分かる。
ので塔矢は言葉を続けない。


「それは・・・。」


オマエが誘惑したからと言いかけて弁解にならないことに気付いた。

だって。

スカートを見ただけで、オレは塔矢に襲いかかっていた。
いくら酔っていても、どこかで男だって分かってなかったはずはない。
なのにスカートを言い訳にして

オレは理性に蓋をした。




黙っていると塔矢は目を逸らし、気軽な仕草でオレのケータイの蓋を開ける。
機種が変わっている事に気付いたのか少し眉を上げたが、そのまま無言で手渡して来た。



自分の指が意思と関係ないように、滑らかに動く。
登録された番号がディスプレイの上に表示されて行く。
今まで何度、この番号にかけたことだろう・・・。



オレは彼女に、最後の電話をした。







−了−












※「付き合いたくない塔矢」ナンバー1。
  なんなんでしょうか。この物凄い自信と度胸は。





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