035:髪の長い女
035:髪の長い女







塔矢アキラが髪を切らなくなった。

と聞いた。

そう言われてみると前髪がうっとおしそうだ。
以前から長めだとは思っていたが、最近はしょっちゅう掻き上げる仕草を見る。


「オマエ、鬱陶しいなら切ったら?」

「・・・・・。」


翌日から塔矢は前髪をピン留めで止めて来た。
スーツにその姿はどう見てもおかしい。
でも誰も内心吹き出しそうになりながらも突っ込めなかった。

だって塔矢アキラだし。

塔矢の容姿だと、普段着だとボーイッシュな女の子にも見える。
まあ・・・いいか。可愛いし。なんて。


その内ピン留めは流石におかしいと自分でも思ったか、家族にでも突っ込まれたか
塔矢はヘアバンドをしてくるようになった。
やや長めの後ろ髪と、ヘアバンドは今時の、しかも軽薄な若者っぽくなって
意外にも似合ってしまっていた。
長い年月隠されてきた顔の輪郭も、実はキレイなんだよな。

だがその秀麗な白い額と厳しい目が印象を裏切る。
棋院で見た者ならともかく、電車とかでコイツを見た人はどんなキャラだと思うだろう。
と思うとおかしくて仕方ない。

ただ、オレ以外ほとんど見たことがないと思っていた塔矢の額が、
白日の下に晒されてしまったのは少し残念だった。


スーツの時はどうすんだ、と思っていたら、ヘアバンドはやめて
ワックスか何かで後ろの方に流し、耳に掛けられる髪は耳に掛けていた。
アイツにそんな知恵はないだろうからお母さんか誰かの発案だと思う。

でも、どうしても俯くと落ちてきて。
長い前髪がぱさりと顔に掛かる様は、本人は鬱陶しそうだったが結構セクシーで。

オレも前髪長い方だけど、あんな風には行かないな〜なんて少し羨ましかった。


「なあ、それって何かの願掛け?」

「・・・・・。」


実力主義のコイツがそんなもんに頼るはずないよな。


やがて3ヶ月ほど経つと、後ろでくくれるようになってきた。
頭の後ろでポニーテールのように束ねてある。
後ろの髪はまだ届かないので垂らしたままだ。

ぴったりと前髪と横髪を撫でつけて、総髪・・・って言ったか。
丁髷みたいになっていてこれは割とスーツにも似合う。
てゆうか侍みたいで、かっこいいんだ、これが。

普段は線が細いこともあってお洒落っぽく見えるんだけど、
これでスーツ着て対局なんてしてた日にゃあ、その鋭い目つきと相まって
ヤのつく自由業でしょう!って感じにも見えたり。
ほんの3ヶ月前まで女の子みたいな髪型してたくせに。

オレも伸ばすかなぁ・・・なんて一瞬思ったけど、真似してるみたいだから
いつもより少し短めに切ってみたりする所が我ながらガキっぽい対抗意識。


それから更に3ヶ月経つと、頭の丁度後ろくらい、ポニーテールより低い位置で
ほぼ全部の髪をくくれるようになった。


そんなある日、久しぶりに部屋に呼んでベッドに押し倒すと、
自分から髪をくくっていたゴムを解いた。

ぱさり。

女の子で言うとセミロング。言わなくてもそうか。
若武者が中性的な顔になる。

新鮮な感じがして手櫛で撫でつけると、


「気持ち良い?」


ん〜、指に絡む感じが気持ち良いと言えばそうだけど、どっちかってえと
それってオレが聞くことのような気がする。
でも


「うん・・・気持ちいいよ・・・。」

「初めてキミが・・・・。」

「何?」

「・・・・・その、ボクの髪に触ったとき。」


・・・というとそれは前回、つまり初めて塔矢を抱いたときだ。

ダメかな、ダメかな、いつ止められるかな、と思いながらおずおずと抱いたのに、
何も言わないものだから最後まで行ってしまった。
終わった後塔矢の綺麗な髪をこんな風に手櫛で梳いた記憶がある。
その時も塔矢は嫌がりもしなかったが、無表情だった。


「髪が短いのに長い髪を梳くように、背中の方まで撫でた。」

「ああ?」


そんなこと、しただろうか。
それが、どうかしたんだろうか。


「キミは、長い髪が好きなんだと思った。」


う〜ん・・・。そう、か。
佐為の髪に似てる、アイツの髪に触れたら、こんな風だったかも、なんて、
もしかしたら無意識に長い髪を梳くような仕草をしてしまったかも知れないけど・・・。


「いつも、キミが誰かを見ているような気がして、」

「・・・・・。」


今度は黙り込むのはオレだ。


「・・・髪の長い女を、好きだった・・・んじゃないかと思って。」


女じゃないしなぁ。そういう対象でもないし。
と思っていると、塔矢が赤い顔をして、潤んだ目でオレの顔を見つめていた。

え。


「・・・もしかして、だから髪を伸ばしたの?」


塔矢は俯いた。
頷いた、と取ってもいいんだろうか。


「・・・いつも『髪の長い女』の影が怖かった。」


塔矢がオレのことを好きだなんて、思っても見なかった。


「いつかキミを取り返しに来るんじゃないかって。」


そんな、居もしない女に怯えるほどに。

勝手にオレが暴走しちゃって、それに目をつぶってくれているだけかと思っていた。

まさか、あの塔矢アキラが。

奇異の目で見られながら。
鬱陶しい思いをしながら。
長い時間を掛けて。

オレが長い髪を好きなんじゃないかって、
そんなほとんど根拠もないような思い込みだけで、髪を伸ばしてくれていたなんて。

長い長い、言葉のないラブコール。

全然気が付かなかった。

気付けったって無理だよ。

バカだな、塔矢。





オレは力一杯塔矢を抱きしめた。


「塔矢、好きだよ。」

「・・・・・。」

「長い髪が好きなわけじゃないよ、前の髪型でも例え丸刈りでも塔矢が好きだよ。」

「・・・うん。」






翌日塔矢は早速オカッパに戻っていた。





−了−






※アキラさんが髪を伸ばすところを具体的に想像してみた。
 折角想像してみたので一つ。





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