034:手を繋ぐ
034:手を繋ぐ









塔矢がオレの為に唐揚げを揚げている。
塔矢家のちゃぶだい・・・と言うには大きすぎる重そうな机の上には
二人で食べられるのか?って程の料理が並んでいる。
まあオレの胃袋をもってすれば不可能なんかないさっ。

それにしても塔矢がこんなに料理出来るとは思わなかった。



今日はオレの誕生日。
オレは今猛烈にドキドキしている。

塔矢に好きだと言い続けて二年、色好い返事が貰えなかったのに
今日は塔矢から泊まりに来ないか、と言ってくれたんだ。


「・・って、オレオマエ好きなんだぜ?」

「何回も聞いたよ。」

「じゃあ、意味分かってる?」

「・・・キミが一番欲しがっていた物を、上げるよ・・・。」


伏せた瞼が赤く染まる。
オレは天にも昇る思いだった。




そういうわけで今日はオレ達の初夜、になるはずで
二重の意味でいただきます!って感じで、エプロンを着けて
台所で揚げ物なんかしている塔矢を見ると新妻っぽくてついニヤニヤしてしまう。

と。
廊下の方で電子音がした。


「塔矢ー!電話みたい〜!」

「今手が離せないから出てくれないか?」

「分かった。」

「あ、ちょっと待て。『進藤です』なんて出るなよ。
 あと、今ボクが手が離せないからすぐに掛け直す旨を伝えて
 一応先方の電話番号を聞いてくれ。」


子どもじゃあるまいし!
でも相手の電話番号を聞くところまでは思い付いていなかった。


「はいはい。・・・えーっと、塔矢塔矢、と。」


ピ。


「はい。塔矢です。」

『もしもし。塔矢?・・・・です。久しぶり。』

「あ・・・と、えと、」

『・・・・・あ、すみません。海王中で同じクラスだった・・・・です。
 アキラくんはご在宅ですか?』

「あ、アキ、塔矢、は居るんだけど今手が離せなくって、」


落ち着いた口振りの若い男の声。
でも同じクラスってことは同じ年だよな?タメ口でいいよな?


『そうですか、すみません。』

「いや、こっちこそ塔矢じゃなくてゴメン。」


相手が丁寧な言葉遣いのままなんで少し後ろめたくなる。
ええっと次は電話番号だよな、と考えていると少し笑い混じりの声で


『声が似ているからさっきは間違えてしまいました。』

「え?オレと塔矢の声?」

『うん。』

「そんなこと言われたことないけど。」

『話し方が違うからすぐに気が付いた。』


悪かったな!どうせオレは子どもっぽいですよーだ。
と思ったが相手がくだけた話し方をしてくれたんで気が楽になる。
でも、オレと塔矢の声が似ているなんて全然気が付かなかった。
凄い発見だ。


『でも声自体はかなり似てるよ。』

「そう?えへへ・・・。」

『海王・・・の人じゃないよね?』

「うん、オレ葉瀬中。」

『えーっと。』

「あ、オレも棋士なの。そんで今日は遊びに来てるっていうか。」

『棋士か。凄いね。塔矢行洋先生のお弟子さん?』

「ううん、違う。でも塔矢のライバル。」

『そうなんだ。ますます凄いな。塔矢、強いんでしょう?』


人の心をくすぐる柔らかい声。
でも碁のことは全然知らないって感じだった。
少しでも知っていれば塔矢が強いかなんて聞かないだろう。


「うん、強いよ。でもオレだってもうすぐ塔矢を抜かすよ。」

『そう。頑張ってるんだね。』

「うん!こないだだって・・・あ、ちょっと待った。塔矢が来た。」


いつの間にか台所の油の音が止んでいて、塔矢が後ろに立っていた。


「オマエにだよ。海王中の・・・。」


・・・名前忘れた。
聞き覚えはなかったんだけど、どーっかで聞いた話し方なんだよなぁ。
何となく。

塔矢は無言で受話器を受け取る。


「はい。お電話代わりました。・・・・ああ、キミかあ!久しぶり!」


・・・友だちなんだ・・・。

少し意外だった。

普通同じクラスだった奴から電話が掛かってきたら仲いい奴だと思うけど
何となく塔矢には同じ年の友だちがいないような気がしていた。
そういう話を聞いたことなかったし、こう、同年代の奴と雰囲気合わないし。

でも、それはオレの友だちとは合わない、ってだけなんだよな。
さっきの奴は大人っぽくていかにも「塔矢の友だち」に相応しい感じだった。

話す塔矢を置いて茶の間に戻るオレの背に、塔矢の声がかぶさる。


「・・・だよね。・・・・・ああ、それは凄いな。」


そうか!
アイツの話し方、塔矢の話し方に似てるんだ。
癖がないというか品があるというか、「紳士」の卵って感じの。

・・・なんだか。なあ。



茶の間で座って唐揚げが冷めて行くのを眺める。
廊下から時折聞こえる笑い声に、オレの心も冷えるようだった。




でも唐揚げの湯気がまだ出ている間に塔矢はオレの所に帰ってきた。


「待たせてすまない。じゃあいただこうか。」

「うん。」


いただきます、と手を合わせる塔矢を見て慌ててオレもいただきますっ!と言って、
がむしゃらに唐揚げに箸を立てる。


「箸を刺すなよ。行儀が悪いぞ。」

「ああ!もう。お母さんみたいな事いうなよ〜。」


と言いながらも箸を抜いて掴みなおすところがいつものオレらしくない。


「さっきの電話の人、友だち?」

「まあそう、かな。」

「いやなんか、オマエが碁じゃない話をしてるのが意外でさ。」

「ボクだって学校では普通に勉強してたよ。
 彼にはよく休んでいたときのノートを貸して貰った。」

「ふ〜ん・・・。で、何て?」


余計なお世話だと思う。オレだってそれくらい分かるんだ。
でも気になって仕方なくて、分かっていて尋ねた。


「ああ、ボクの好きなアーティストが来日公演するのを教えてくれた。」

「ええ!オマエって音楽聞くの?」

「そんなに意外か?偶には聞くよ。」

「え、誰誰?」


ロシアっぽい名前を教えてくれる。全然知らねえ。
っていうかマニアック。


「ピアニストだよ。」


ああなんだ・・・聞いてみるといかにもな。


オレの知らない塔矢の好みを知っている奴。
オレには出来ない大人びた話し方をする奴。
碁を除けば多分塔矢の事をよく分かってる奴。

そんな奴が、海王中にはゴロゴロいたのかな。




オレが少し考え込んでいると塔矢が笑いながら


「彼がキミとボクの声が似てるって。」

「ああ、オレも言われた。」

「『塔矢の人格が変わったみたいで面白かった』って言ってたよ。」

「はははっ。オレもよく知らない人と会話するよなあ。」

「話やすい奴だったろう?」

「うん。でも同じ年なのに最初敬語使うからしゃべりにくかったっての。」

「キミまず自分の年言ったの?」

「いや?」

「じゃあ相手は同じ年だって分からないじゃないか。」

「あれ?そっか。でも途中からタメ口だったぜ?」

「それは多分・・・。」


と言いながら塔矢が笑う。


「キミの話し方を聞いて年上ではないと判断したんだろう。」





バンッ!!!





突然机を叩いたオレに塔矢が目を丸くする。



「バカにするなよっ!」

「え、どうしたんだ?急に。」


急に、急にじゃない!

オレの誕生日だってのに他の男としゃべって、
勿論知らないで掛けて来たんだろうし別に嫌な奴じゃないし
そんなことに怒るのは理不尽だと思うけど、
だけどどうしたって言われても自分でもよく分からなくて。

碁の事を知らないのに充分塔矢を知ってるってのが却って悔しくて、
きっとアイツも育ちが良くてそりゃ話が合うだろうな、なんて、
分かってた、分かってた、オレは「坊ちゃん」なんて程遠くて
「紳士」になんてなれそうになくてオマエと釣り合わない。

だから、せめてつまらない嫉妬なんかしないでおこうと思って
今日は特別な日だから、いつもみたいな喧嘩なんかしたくないから、
普通にしてようと思ったのに、笑顔のままでいようと思ってたのに、
頑張ってたのに。
そんなことも知らないで。

悔しくて、涙が滲みそうになる。


「オマエなんて、オレの事知らない癖に!」

「え?」

「オレがどんな中学生活送ってたとか、どんな友だちがいたとか、」

「本当にどうしたんだ?進藤。」

「オレだって楽しかったし、オレと似たような友だちいたし
 碁以外の話も色々したし、」

「・・・・・・・。」

「そんなピアニスト知らなくたって全然困らないし・・・。」

「・・・・・・・・・。」





長く続いた沈黙の後、机を回り込んできた塔矢がオレの側に膝を突く。


「・・・・・・・・。」

「・・・彼とボクとがそんなに似ている訳ではないよ。
 でも彼ならこんな時黙ってキミの肩を抱くだろうと思う。」

「・・・・・。」


バレて・・・。
切れ切れなオレの思いをオレより正確に読みとるオマエ。
そんなところがムカつくんだよ!
そんなところが、嬉しいんだよ・・・。


「嫌かな。」

「・・・・・や、じゃない。でもオレならデコピンすると思う。」


本当におでこに指を押し当ててきた塔矢に慌てて


「や!嘘!嘘!」


と言うとにっこり笑って抱きしめてくれた。


「・・・・・アイツもこんな事するの?」

「まさか。」

「凄くな、話し方が似てたんだ。」

「ボクと?」

「うん。」

「育った環境が似ていればそういう習慣的なものは似るかも知れないけど。」

「・・・・・。」

「彼に言わせれば、キミとボクは先天的に似てるらしいじゃないか。」

「え?」

「声。」

「ああ・・・。」

「それ以上に、ボク達には碁があるし。」



・・・嬉しい。
声が似ているのが嬉しい。
石を持つ指先が似ているのが嬉しい。
二人とも同じ仕事を選び、同じ所を目指しているのが嬉しい。

オレよりずっと大人びてしまっている塔矢と、オレが唯一対等に向き合える場所。
そしてオレ達の人生の大部分を占めている、場所。

そう言えば塔矢って、碁が関係するとオレでも「ガキ!」と思うことあるよな。
くすっ、と笑ったオレの頬を長い指が撫でる。

もしかして、あんな塔矢知ってるの、他でもないオレだけなのかも・・・。


「オレ、塔矢のこと好きでもいいのかな。」

「今そんなことを聞くのは卑怯だな。」


チェ!
でもこうやって抱かれていると、塔矢のこと好きだなぁって思いは
深まっていくのに、さっきみたいにヤりてぇ!ヤりてぇ!って気持ちが
しぼんでいくのは何でだろう。


「でも、オレが欲しがってたものくれるって言ったよな?」

「・・・うん。覚悟は出来てるよ。」

「あのな、あのな、」


オマエの心が欲しい。

と言ったらどうするだろうか。
最初は体が欲しかったけど、今は凄く心が欲しい。
でもアイツなら、そして塔矢なら、誕生日だからって心をくれとかヤらせろとか
言わないと思う。
あ、オレまだ対抗意識持ってる?


『アキラくんはご在宅ですか?』


ご在宅ですよ。そういう言葉が自然に使えるのって凄いと思うよ。
でもオレは使わないよ。いますかぁ?あたりが身に合ってるよ。


『塔矢、強いんでしょう?』


うん、強いよ。誰か知らない人。
塔矢のことを「若先生」でも「アキラくん」でもなくオレと同じく「塔矢」と呼ぶ人。




「・・・う〜んと、な。しなくていいからオマエのこと『アキラ』って呼ばせて欲しい。」

「え・・・。」

「今日だけでいい。で、オレのこと『ヒカル』って呼んでくんない?」

「それは・・・。」


困惑の表情を浮かべて首を傾ける。


「『アキラ』。」

「ひ・・・ヒカル・・・?」


戸惑ったようなとても照れくさそうな顔をしている。
いいもの見たな。これにした甲斐があったってもんだ。


「キミの要求は・・・悪いけど本当に子どもっぽい。」

「オレ子どもだもん。全部『キミ』で済ますなよ。『アキラ』。」

「・・・ボクは他人をファーストネームで呼び捨てにしたのは初めてだ。」


うん、そうだと思ったからさ。
オレってガキだからさ。




それでもその晩アキラに手を出さなかったのは我ながら紳士だと思うんだけど。

布団の中で「アキラ」「ヒカル」と呼び合いながら、クスクス笑いながら
子どもみたいに手を繋いで眠ったんだ。

最高の、御馳走。





−了−






※発作的に甘いのが書きたくって。
  アキラさんの友だちはテニスやってたりする人がモデルだというのは内緒の話だ。





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