033:白鷺
033:白鷺










意外にも進藤と同じ部屋で泊まるなどと言うのは初めてで、
ボクは柄にもなく緊張してしまった。

イベントに仕事で来て、一緒のホテルに泊まるという事は何度かあったが、
大体同門でまとめられるし、そうでなくともライバルと言われていたので
同じ部屋にされる事はなかったのだ。

最近ではボク達が結構仲も良い事が広まり、ライバル=宿敵ではないという事が
分かってきたので、こういう措置も取られるようになって来たのだろう。

とは言え、実は進藤と過ごして碁を打っていない事などほとんどない。
一緒に食事をするのですら北斗杯の合宿以来か、という程なので
それでどういう態度を取って良いのか分からなくて・・・そして柄にもなく
緊張しているという訳だ。

だが、進藤は全く気にしていなかった。



「えへへー。修学旅行みたいだな。」

「そうか?二人で修学旅行は寂しいだろう。」

「そうだけど。あ、枕投げでもする?」

「バカバカしい。」


実は人付き合いの苦手なボクの、自分でも呆れるほど愛想のない反応にも
気を悪くした様子もなく、宿の人が敷いてくれた布団と布団をひっつける。


「何をするんだ。」

「こういうの、好きなんだ。しゃべりながら寝ようぜ。」


布団の境まで枕を持ってきて俯せに横たわり、早く早くとボクを誘う。
こういうのは・・・困る。
ボクは一人でゆっくり寝たい方だし、だから寝る前に話したりするのも好きじゃないし。
経験もないし何話していいか分からないし。


「キミが何処で寝ようが勝手だが、布団の境からこっちには入って来ないでくれ。
 ボクは寝る。」


不満そうな顔をする進藤を放っておいて電気を消し、自分の布団の
真ん中に横たわった。






どの位経っただろうか。

真っ暗闇の中、進藤がどの辺りにいるのか分からない。
微かに呼吸音がするような気がする。
いや、気のせいか。

すぐ側に体温があるような気もする。
布団の境からこっちに入ってきていないのなら有り得ない。

かと思えば、この部屋には自分一人しかいないような気もしてきた。

そう思えばいいんだ。

いつも通りだと。
どうして同じ部屋に自分以外の人が寝ているというだけで、こんなに緊張
しなければならないんだ。

大きく息を吐く。
息を吐いて、リラックスして、そして、

と、息を吐き終わった所で


「・・・塔矢?」


囁くような声だったが、体がびくっと震えてしまった。
その上急に息を吸ったので、ひゅっと喉が鳴ってしまった。


「・・・なんだ。」

「起きてる?」

「起きているから答えている。」

「ははっ。そうだな。な〜んか寝られなくて。」


キミも寝ていなかったのか。


「・・・実はボクもなんだ。」

「そっかー。・・・あ、チョコレート食べる?」

「え?どうして?」

「オレいつもリュックに遭難セット入れてるの。チョコとか携帯レインコートとか蝋燭とか。」

「ふーん。でもいいよ。歯も磨いたし、夜は食べない事にしている。」


別に食べたくもないし、進藤のリュックの中身にも興味ない。
ただこうやって暗闇の中、布団に入ったままボソボソと話すのは・・・
結構悪くないな、と思った。


「そう?んーとな、そだな、んじゃあ、こういう時の定番。」

「?」

「百物語しようぜ!」

「・・・二人で?」

「んー、実際百は無理だけど。怖い話しあうってぐらいの意味だよ。」

「そんなに知らないよ。」

「いいよ、知ってる奴だけで。今作ってもいいし。・・・あ、そうだ!」


進藤は布団から抜け出して、電気を点けた。
眩しい・・・!

一気に現実世界に引き戻されるのが残念なような、先程の暗闇が恋しいような気持ちが湧いて
我ながら意外だったが、リュックでゴソゴソしていた進藤はすぐに電気を消した。

再びの、暗闇。
さっきよりも一段と深くなったような。


「・・・何?」

「ほら、こうしてさ、」


進藤の枕元でポッと灯がともった。
また眩しさを感じるが、さっきよりはずっと心安らかな光だ。


「灰皿に蝋燭立てて、と。」


進藤が備え付けのマッチで火を点けたのは、件の遭難セット中の一つなんだろうか・・・。
どう見ても誕生日ケーキなどに付いている非常に小型の蝋燭だ。
実際遭難したとして、これで何をすると言うのだろう。

と思ったが、言わなかった。
蝋燭の炎に照らされた進藤の顔が、何だかとても楽しそうだったから。


「よし!雰囲気バッチリ!これでさ、一つ話終わったら火を消すの。」

「百物語って、百本の蝋燭を立てて話し終わる毎に消していくんじゃなかったっけ。」

「そうだけど、百も蝋燭も話もねえだろ?だから話し終わる度に消して、また点ける。」


実際はどんどん暗くなっていって、最後の話が終わって暗闇になった時に
本物の幽霊が出るとか出ないとかが眼目ではなかったか。
毎回暗闇になっていたのでは違うのではないかと思ったが、先程と同じ理由で
まあいいかと思った。


「じゃあ、オレから行くぜ。
 これは友だちのねえちゃんが実際に体験した事なんだけど・・・。」







「・・・・・・だからボクも、去年の七夕で笹にぶら下がった短冊を見るまでは
 すっかり忘れていたんだ。あまりに幼くて何だとも思っていなかったから。
 ・・・でも、今思うと、あの時その木の枝からぶら下がって短冊みたいに揺れていた
 大きなモノはどう考えても、」

「ぎゃー!」


進藤が慌てて遮る。


「おまえ、こえーよ!んな事淡々と言うなよ!淡々と言うから余計怖いっての!」

「だってボクの中ではもう過去の話だし。」

「っつかその時は分からなくて、後で気付くってのがまた怖えーよ。」

「確かに気が付いた時はちょっと怖かったけど。」


今となっては事実も確かめようがないよ。
と敢えて普段通りの口調で言いながら、ふっ、と炎を吹き消した。


「あー。ヤベ。そういうのって洒落にならないじゃん。」

「洒落になるってどういう事だ。」

「だからー。もっとほら、怪談らしい幽霊の話とか。」

「幽霊なんてそうそう見るもんか。」

「自分が体験した話じゃなくていいっての。」


暗闇の中でまたボソボソと言い争っているが、お互い少し声が高いのは、
闇でさっきの話の恐怖が増幅されてしまったせいだろうか。
実はボクも自分で話していてちょっと怖かったんだ。


「・・・あ、お前幽霊見たことないの?」

「キミはあるのか?」

「ん〜・・・そうだな、じゃあオレのとっておきの話してやる。」


進藤が再び蝋燭に火を灯した。


「オレの実体験なんだけど、二度とは話さないと思うから、よーく聞いておけよ。」


火から顔を逸らすので、表情がよく見えない。
ただ、声の調子はこの上なく真剣だった。







・・・子どもの頃、じいちゃんの蔵に入ってさ、何か金目の物盗んで売っぱらって
小遣い稼ぎしようかなんて。どうせ持ってるだけで忘れてんだもん。
けど実際はしなかったんだぜ?


・・・・・・


そうなんだ。オレにだけ、鮮明に見えた。
平安時代の、真っ白な衣装着て。烏帽子っての?長い帽子かぶって。

キレイだった。
白い、鳥のようだった。


話も沢山したよ。
我が儘な所もいっぱいあったけど、良い奴で。
そいつは、目的があっていつまでも現世にいたんだ。

その目的を果たすまでは、きっと何千年も生きるだなんて。


・・・・・・


ああ、でもその幽霊は幽霊って言っても全然怖くなかったんだぜ。

そう、いつでもどこでも一緒だった・・・。

いつでも。
どこでも。


・・・・・・



でもさ・・・。ある時、急に消えちゃった。

いや、急じゃない。

その前から、消える消えるって、自分で言ってたんだ・・・。
それなのにオレ、聞いてやれなくて・・・。

自分が碁を打つのが楽しくて、アイツに構ってやれなかった。

そんでオレはその幽霊を、失った。

そんな話。
はい、おしまい。







最後は早口だった。
慌てて話を終わらせて、慌てて蝋燭を消した。


・・・・・・。


進藤は・・・今、泣いているのだろうか・・・。

そうならいい。
でも、
もし、


笑っていたらどうしよう。


何年も幽霊に取り憑かれていたと、平然と言う進藤。


・・・いや、ボクを脅かすだけ脅かして、そして笑っているならそれでいい。
幽霊なんているはずがない。

でも。

ボクを怖がらせる為なら、どうしてそんな、「怖くない幽霊」の話を・・・?

目的が分からない。
突拍子もない話。
こんな怪談、聞いたこともない。
ボクを怖がらせる為でないのなら、一体何の為に?

その意図のなさが、却って進藤の話にリアリティをもたらすようで不気味だ。


何年も幽霊に取り憑かれていたと、平然と・・・。
それが何歳から何歳までかは言わなかったが、そう言えば最後に


「自分が碁を打つのが楽しくて」


・・・ということは。

ボクと出会ってからも、その白い幽霊とやらはいたのだろうか・・・?

見えていなかっただけで、
知らなかっただけで、

ボクの、目の前にも。


と気付いた途端に冷水を浴びせられたようにぞぞうっとした。




見えない進藤の顔。

幽霊と話していただなんて。

嘘だったら、そんな嘘を吐くなんて。

理由が。



白い、鳥。
いつか見た「鷺娘」という美しいけれど恐ろしい絵が思い浮かんだ。


目の前に、塗りつぶしたような暗闇。
その中を、白い鷺の姿がふわりふわりと浮かんで、叫びだしたくなる。


    話が終わって暗闇になった時に
    本物の幽霊が


その向こうの特に暗いぼやけたヒトガタの輪郭。
さっきまで陽気だった、一抹の影もないように明るい少年であった、
今は物言わぬのっぺりとした、黒闇。


何か話さなければ。

話さなければ、凝縮した闇に押しつぶされる。

闇に。

でも今のボクに言える事なんて、一つだけ。



   ああ、でもその幽霊は幽霊って言っても全然怖くなかったんだぜ・・・。






「ボクは、キミが、怖い。」







−了−






※怪談風味。
  ピカ、告白する状況を間違える、の巻でした。碁との関連も話さなかったらしい。
  実際、佐為のキャラを知らないで佐為の話をされてもひたすら不気味だと思います。

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