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031:ベンディングマシーン ふ、と目を上げると周囲には誰もいなかった。 打ち掛けの碁盤ばかりが規則正しく並んでいる。 いつもの事なので気にもせず、息を吐いた。 時計を見る。 12:42。 大手合いとは言え、打ち掛けの時は集中が途切れると嫌なので 昼休みにも昼食を摂らないことにしている。 しかし今日は珍しく喉が乾いた・・・。 自動販売機でお茶でも買おう。 と廊下に出た。 ガコン。 誰も居ないベンチに座る。 緑茶のカフェインが頭をすっきりさせてくれればいいと思った。 いや、すっきりしていた筈だったが・・・。 時計を見る。 12:46。 ガコン。 もう一度音がしたので、目を上げると、そこに和谷君がいた。 「あ・・・。」 「お疲れ。」 プシュ。 こちらをちらっと見てからプルトップを開け、ゴクゴクと喉を鳴らす。 カフェイン。そして糖分。 そうか、そちらの方が頭脳を活性化させたかと少し思ったが、 今更買い直す程の気力はない。 「どうした?」 「え?」 「さっきから何回も時計見てる。」 「あ・・・。」 見られて、いたか。 「もしかして進藤と待ち合わせ?」 和谷君は、進藤とボクとの関係を知る数少ない人間の内の一人だ。 進藤が「アイツは信頼できる。」と言っていたので、話しても構わないと思ったが ボク自身は彼と話していないので、どこまで理解しているかは知らない。 「ええ。」 「デート、って感じ?」 「ええ、まあ。」 和谷君はもう一度ごくり、とコーヒーを飲むと、ボクの前に来た。 「大丈夫なのかよ。」 「進藤も遅れて来るかも知れないし・・・。」 「アイツ大雑把だからなー。オレとの約束でも時間前に来たことほとんどねーよ。」 ああ、和谷君でもそうなんだ。 ごめんごめん〜!と、こちらを拝みながら走ってくる進藤を思い出すと、 思わず笑みが漏れてしまう。 「それでも毎回許しちゃうのは何でなんだろな。」 見上げると和谷君も、微笑んでいた。 「さあ・・・。」 「おまえの場合は惚れてるから、だろ?」 頬が熱くなる。 そうか、進藤はやっぱりボク達が仲の良い友人、の域を越えている事まで 彼に言っているのか。 和谷君がコーヒーを飲み干して、両手でスチールの缶をへこませる。 時計を見る。 12:48。 「何時にどこ?」 「二時に・・・渋谷です。」 何故そんな事を聞かれなければならないのか、と思うが、進藤の友人だ。 「ああなるほど、今日の相手だったら昼までに終われるって踏んでたんだ。」 「そういう訳でも・・・。」 あるのだが。 思いの外粘られて、昼を越してしまった。 多少でも検討までしようと思えば、午後の対局が始まってすぐに投了して貰わないと 絶対に間に合わない。 「分かるけどさー。そういうの、気を付けた方がいいぜ。」 「・・・・・・。」 「気付いてないかも知んないけど結構顔に出る方だし、印象良くねえじゃん?」 「はい・・・気をつけます。」 「いや、そんな固く考えなくてもいーんだけどさ。」 少し困ったように、人差し指で頬を掻く。 進藤にも似たような癖があった。 そう言えばこの二人はタイプが似ているかも知れない。 会話が途切れて、和谷君は持て余したようにへこんだ缶を手の中で転がす。 ボクは、ペットボトルの緑茶を半分だけ飲んで蓋をして。 時計を見る。 12:51。 「・・・その、約束に間に合ったら、いいな。」 「・・・・・・。」 「はい。」と答えるべきかどうか迷う。 その間に和谷君がぽおんと放った空き缶は、缶捨てに命中した。 ストライク、と小さくつぶやいて、きびすを返す。 「まあ頑張れよ。」 「ええ、勿論。」 と答えつつ。 今日の約束には絶対に間に合わせて貰えないな、と思いながら ボクも立ち上がって対局者の背を追った。 −了− ※ベンディングマシーン。自動販売機。 不気味な和谷。 ガードレールでもそうですが、こういう誰に惚れてるのか誰を嫌っているのか スタンスの分からない和谷って好きみたい。 |
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