021:はさみ
021:はさみ










・・・ぱちり。

最後の賭も、やはり裏目に出た。
まあ・・・気付かれない筈はないと思ってはいたが。


「・・・負けました。」

「ありがとうございました。」

「ありがとうございました・・・。」

「んじゃ遠慮なく。」


押し倒されて、自分の髪が畳を撫でる音がさらさらと聞こえる。
逆さまになった窓から、青い空と電線が見える。

負けたのだから、仕方がない。
いや、負けたから身体を差し出すというのもどうかとは思うけれど、
事前に確かめなくともいつの間にか決まった暗黙の了解。


「・・・塔矢?」

「ああ?」

「さっきな、」


僕の胸をはだけさせながら、俯いた少しくぐもった声がする。


「活路がなかった訳じゃねえぜ。」

「・・・・・・。」

「5の五で良かったんじゃねえの。」


5の五に・・・・・・ああ、そうか・・・。
それで逃げられる可能性があったか。
別にいいよ。どうでも。





   自分が男にもてる・・・というか、ある種の男達に劣情を催させるタイプだというのは
   割と昔から気付いていた。

   その理由の一つはこの髪型だと思う。
   多くの男はボクが座っているのを見て一瞬「女?」という顔をする。
   大概はその後「何だ男か。」という顔で去って行くが、中にはそれでも
   「女」として「使える」かどうか値踏みするような目でじろじろ見る者もある。

   次の理由はこの服装かも知れない。
   好みで基本的に折り目正しい装いが多いのだが、しかしそれは現代日本では
   如何にも運動神経がなさそうな、非力なイメージを醸しだすらしい。

   そして欲望に駆られる人間は思うのだ。
   滅茶苦茶にしてやりたいと。

   顔が生意気だというのも偶に言われるが、一人で面と向かって何も言えないのに
   仲間と一緒に囲んだ途端に横柄になるような輩に見せる愛想など持ち合わせない。


   それでも知らない男達に夜の公園の藪に引きずり込まれた時は、本当に焦った。
   まさかそこまでされるとは思わなかったのだ。

   手を押さえ込まれて服をはさみで切り裂かれて、情けなく悲鳴を上げてしまった。
   殴られて血の味が口の中に広がって、吐き気を堪えるのに必死で
   僅かな抵抗すら出来なくて。

   そんな時に彼はヒーローのように現れた。


   「てめえら、何やってんだ!」


   水銀灯の光を背に、明るく跳ねた救世主の髪。
   低いドスの聞いた声がきいたのか、男達は少し狼狽した後一人が走り出すと共に
   みんなあっけない程簡単に逃げていった。


   「おいオマエ、怪我はな・・・・・・塔矢?!」




   それからまだ膝が笑っていたボクをアパートに連れて帰り、シャワーを貸してくれて
   Tシャツを着せてくれて。
   牛乳を温めてくれている間に、ベッドの横に盤が置かれているのを見て「あ」と思った。
   だが途中であるらしい局面は全く知らない棋譜だった。


   「分かるか?」

   「・・・いや。」

   「どうよ、一局。落ち着くぜ。」

   「いや、遠慮しておく。」


   そして温かくて甘い牛乳を、有り難く頂いた。
   ボク達は殆ど話さなかった。
   ボクの方は彼に聞きたいことが沢山あったが、それ以上に聞かれたくない事が多くて。
   何となく自分から話してくれないかと思ったが、先方も無言で。

   その晩は二人して朝まで座ったまま過ごした。





「や・・・。」

「嫌なのか?ココ。」


笑い混じりの声。
嬲るようにまた足の間の手を動かす。


「ふ・・・いやじゃ、ない・・・。」


本当は強すぎる刺激は少し辛いが、どう言っても結果は同じだ。
なら少しでも強がった方がいい。


「そ。良かった。」

「ああッ・・・。」





   助けて貰った日から偶に訪れるようになったこの部屋は
   プロ棋士の部屋にしてはやけに手狭というか安普請だ。


   「まあ最初の方はこんなもんだ。」

   「でも連勝してるんだろう?」

   「まーな。っつか自活した事ねー奴に言われたくねえよ。」


   初めて身体を重ねたのは何回目だったか。
   そう、やはりこの部屋で初めての対局の後だった。

   負けたボクを有無も言わさず抱き寄せ、
   それでもボクは抵抗しなかった。

   その時から「負けたペナルティを払う」という言い訳を自分にしてはいたが、
   本当は嫌ではなかったのだ。
   彼ならいいと思った。
   何故かは分からない。

   いや・・・ボクを圧倒的に打ち負かす、彼の「強さ」に惹かれていたのかも知れない。

   それ以来対局申し込みは、お互い「しよう。」という合図になった。
   いちいち付き合ってくれる彼も実は結構人が良い、とも思う。





「ねえ、・・・。」

「ん・・・。」


絡みつき、溶け合う身体。
混じり合う汗。

もどかしげに脱ぎ捨てたTシャツが、さっきの盤面に当たってじゃらりと音をさせる。
彼は「ちっ、」と舌打ちをしたが、構わずにボクの首に噛みついた。


「つっ!」

「・・・・・・。」

「いやだ、やめろよ・・・。」

「嫌なら、オレに勝てよ。」

「・・・・・・。」


いつもの、ピロウトーク。
勝てるはずも、ないのに。
大体本当に嫌ならこの部屋に来ないのに。





   偶に憐れむような目で見られるのが嫌だった。
   強く睨み返すと、蔑む顔に変わった。

   そう、それでいい。
   勝てないボクを、存分に軽蔑するがいい。


   「こーんな顔して、淫乱なんだな。塔矢アキラクン。」

   「・・・・・・。」


   何故ボクの名前を知っていたのか、どこまでボクの事を知っているのかなんて、
   もうどうでも良かった。

   キミも天才棋士と呼ばれているのだから、この気持ちが分かるだろう?

   負ける事が許されない、俯くことを許されない。
   それでも偶には全力で戦ってもどうしても勝てなくて、
   自分は弱い人間なのだと屈辱にまみれながら身体を差し出してみたい、
   こんな気持ちが。


   「分かんねーよ、全然。」






「な・・・もう・・・。」

「どうして欲しいか言ってみろよ。」

「・・・覚えてろ。」

「生意気な口利く前に精進しな。」

「いつか、勝つさ・・・。」



・・・本当は、そんな日が来る事なんて望んでもいない。
望んだとしても来るとは思えない。



「無理無理。六枚落ちでも負けただろ。」

「・・・あああ・・・。」

「なら、もう『はさみ』ぐらいしかねえよなぁ。ああ?」



・・・そうだね。はさみ将棋なら勝てる可能性はあるけれど。
でもどうせなら、



もっと馬鹿にして。
もっと負け犬にして。

もっと侮辱して。

もっと切り裂いて。


もっとボクを裸にして。




「・・・『将棋くずし』で、お願いするよ。」


彼はボクの腹の上で「くっくっ、」と低く笑うと、一気に深く貫いた。







−了−







※分かりにくいですけど加賀とプライドが高いくせにマゾなアキラさん。
  勿論対局は全部将棋。
  というかええ加減名前覚えたれや。

  「はさみ将棋」は自分の駒で相手の駒を挟んだら貰える。
  ちょっと碁っぽいけど子ども向き。
  「将棋くずし」は砂くずしみたいなやつで更に小さい子向き。







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