020:合わせ鏡
020:合わせ鏡









進藤の布団でまどろんでいると、ツン、と鼻を刺す匂いがした。
また、例のアレだろう。


しばらく待っているとバスルームの戸が開く音がして、案の定匂いがきつくなる。
トランクス一枚の進藤が頭をバスタオルでがしがし拭きながら帰ってくる。


「・・・また抜いてたのか?」

「うん。」






昨夜寝る前に「そろそろ伸びて来たな〜」などと言っていたので、今朝辺りその作業が
行われるような気はしていた。


「前から聞こうと思ってたんだけど。」

「うん。」

「キミは何故前髪を脱色するんだ?」


進藤の髪はもともと茶色い方ではあるが、前髪に関しては常に脱色して金色にしてある。
それが頻繁なので先の方は殆ど白色と言って良いほどに痛んでいる。


「ん〜、昔からしてるし。」

「そうだな。初めて会ったときからだ。」

「だろー。もうイメージ付いちゃってるっていうか。」

「でも最初はきっかけがあったんだろう?いつから?」

「小五。」


小学生が自分の意志で髪を脱色し、それを親が認めるというのはとても珍しい状況だと思う。


「親御さんや学校の先生に何か言われなかった?」

「そりゃあ言われたよ〜。もう散々。」

「なのにまたやったんだ。」

「そう。」


それは、小学生としては桁外れの強烈な意思と、行動力の賜物だろう。
恐らく命を賭けるほどの。
初めて出会った時はごく普通の少年に見えたので、
親御さんが変わった趣味をしているのかと思ったが、そうでないとすると、一体・・・。



進藤は答えることを拒否しない。
けれども自分から語ることをしない。
彼にも事情があるんだろうし、言いたくないなら言わなくていいが、

仮にもボクの事を恋人呼ばわりしたいのなら、もう少し自分のことを話してくれていいように思う。




進藤ははっきりとボクの事を恋愛の対象として好きなんだと言った。
ボクはすぐに返事が出来なかった。

男が男を好きになるなんて、そんなの普通じゃない。

でも、そんなことを言われても彼を気持ち悪いとも嫌いだとも思えなかったので
その通りに伝えると、


「じゃあ、せめて他の人と付き合わないで。」


なんとも我が儘な事を言い、それ以来進藤が「デート」と称する散歩に付き合わされたり
お互いの家に遊びに行ったり泊まったりする関係になっている。

しかし泊まるといっても何があるというわけではなく。
ボクは進藤にキスも許していない。

同じ布団で寝たり、手を繋いできたり抱きしめたりされることには何とか耐えているが
一度「おやすみ」を言ってから不意打ちで唇を寄せてきた進藤を平手打ちして以来
彼は手を出してこない。




「もう一度聞くけれど。」

「ん?」

「何がきっかけで?」

「ああ、お父さんに怒られてビールぶっかけられてさぁ。」

「?」

「そのままふて寝したら2〜3日して髪が金髪みたいになってきて。」

「なるほど。・・・で、それをそのまま維持してるわけだ。」

「そういうわけ。」


話は終わったとばかりにボクを抱きしめようとする進藤を押し返す。
それでは全然分からない。


「んだよ。」

「ボクが知りたいのは、何、故、それを今に至るまで続けているかという理由だ。」

「え〜?」


進藤は本当に分からない、という顔をして首を傾げる。
・・・本当に忘れているのかも。


「・・あ。思い出した。」

「時間が掛かるな。」

「アイデンティティ。」

「・・・分かるように言えよ。」

「オレさー、すごく普通な小学生だったわけね。」

「・・・・・。」

「別に何とも思ってなかったつもりなんだけどさ、心の何処かで嫌だったのかも。
 このまま何も人と違った所がないまま平凡に人生が過ぎてくのが。」

「・・・・・。」


キミは、平凡な小学生なんかじゃなかった。
全然違った。
ボクは自惚れていた、正直同じ年なら自分が日本一だと思っていたんだ。

そのボクをあんなにあっさりと負かして。
それで平凡な人生を送れるだなんて。
そんなことを本気で思っていたのか。

キミの心に、一体どんな闇があったというのだ。


「でさー、髪が金髪になったら、友だちも先生もみんなオレを特別扱いしてくれたのな。」

「は?」

「勿論怒られもしたけど。それが何か嬉しくってそのまんま。」


・・・バカかっ!キミはっ!
そんな、そんな理由で、今の今まで髪を脱色してたのか!?
さぞや先生に怒られただろうに。
さぞや、みんなに変な目で見られたろうに。


「やめたら?」

「なんで。」

「だって、今となってはそんなの意味ないだろう。」

「そうだな・・・。ってゆうかおまえと会った頃既にもう自分が普通の子どもなら良かったって思ってた。」

「なら、何故。」

「ん〜、なんでだろ。その事を忘れない為、かな。」


分からないな。
平凡な自分が好きなら平凡に戻ればいいじゃないか。


「オレは、12歳の頃から、平凡な人生が望めないって宿命づけられていたのかも。」

「12歳・・・。」

「うん。」

「それは、ボクに出会ったからか。」

「・・・・・・うん。」



言って、進藤は布団の上に寝転がった。

嘘だな、と思った。

何故だか少し悲しかった。



「オレさ、自分が普通だった時は普通じゃなきゃいい、と思ってたけど
 そうじゃなくなった途端に普通でありたい、と思い始めたんだ。」

「普通、ね。そんな事考えた事もないけど。」

「でさ、そうなった事は嫌じゃなかったけど、てゆうかむしろそれで碁に会えたし、おまえに出会えたし、
 良かったんだけど、それ以前のオレもやっぱりオレで、そういうの、忘れたくない。」


よく分からない。
キミにしてはややこしい話をするので。
ただ、12歳の時、彼の平凡(であると自分で思っていた)人生を
一変するような出来事があったんだろうな、と思った。

それがボクとの出会いであればいい、なんて少しは思うけれど、やっぱり違うだろう。






「おまえもそうなんじゃないの?」

「え、何が?」

「その髪型。」

「ああ?よく意味が分からないが。」


本当は・・・。
だからワザとそんな・・・・・・・・。


「何だって?」


何故だろう。こんなに近くにいるのに、よく。


「だからぁ。おまえがそういう普通じゃない髪型してんのは、
 逆に平凡な子どもに憧れてるからじゃないのか、って。」

「何を言っているんだ。」

「オレは非凡に憧れる平凡な小学生だったよ。」

「ボクだって平凡な子どもだったし、この髪型は習慣で特に意味はないよ。」


ホントに、そう思ってる?


進藤が至近距離でボクの顔を覗き込む。
その目が何故か怖くて、見返せない。


「ボクは、ちょっと碁が強い普通の子どもだった。」


ホントに?


「普通に学校に行って、普通に同級生と遊んで、」


その髪型、からかわれただろ?


「そりゃ、多少は、」


自分が同級生から浮いてるのは、


「浮いてなかった。」


碁のせいじゃない、髪型のせいだって、


「・・・・・・。」


思いたかったんじゃないの?

みんながやってるような髪型にしたら、
自分の「中身」が「異質」だって事が際だつんじゃないかって。

それが怖かったんじゃないの?

本当は
平凡に憧れてたんじゃないの?
碁を、憎んでたんじゃないの?




・・・ボクが、碁を?
馬鹿な。
碁はボクの半身。
人生の大半を碁に捧げてきたと言っても過言ではない。

でも、瞼を閉じれば

同級生のランドセル。
午後のクラブ活動。
迎えに来た車。
父の弟子。

・・・塔矢って何かゲーム持ってる?
・・・昨日、ポケモン見た?
・・・「将来の夢」という題で作文を書いて下さい。

オレ、宇宙飛行士になりたいんだ。

「もし、父がプロ棋士でなかったら、ボクは、」



あの時何と続けただろう・・・?









「碁は・・・好きだよ。」

「そうだろうな。だからやめられなかった。」

「やめようと思った事もない。」

「ホント?オレは、やめようと思った事がある。」


知ってる。


「碁を憎んだ事も。」


・・・・・・・。




朝の光の中、
ボクたちは至近距離で睨み合う。

お互いを憎んでいるかのように。
お互いが、何か疎ましいモノの象徴であるかのように。


しかしやがて進藤がふわっと目の力を抜いたので、緊張した空気は一掃された。



「だけど、やめられないんだよなぁ!」



死ぬほど憎くて、死ぬほど好き。

そう言って進藤はボクを布団に引きずり込んで抱きしめた。
それでは碁の事か、それともボクの事なのか分からない、と思ったが
聞いても無駄のような気がした。

でも何となく・・・・・・、
何かが腑に落ちる。



「だから、『普通』なんかじゃなくていいんだよ。」



それを気付かせたのは、きっとボクなんだね。
合わせ鏡で自分の後ろ姿を見るように。

お互いの心の淵を覗き込めば、そこに自分の姿がある。





だから、離れられない。

お互いがいれば、「普通」であろうとする事に意味なんてない、と思えるので。







ボクはその朝、初めて進藤に許した。









−了−








※髪型・碁・同性愛。三題噺。「異端」でくくってみたけど「碁」が辛すぎた。
  ややこしい話はむずかしい。(すんません、アプして5時間で早くも直した・・・)

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