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019：ナンバリング 突然思い立って、日記を付けようと思った。 子どもん時は毎年正月になると日記帳買って、付けるの楽しみだったけど な〜んか母さんが掃除の時とかにこっそり見るんじゃないかとか思って 思ったような事が書けなくて結局三日坊主で終わってよく怒られた。 それをまた書こうと思ったのは久しぶりにあかりに会って、オンラインで 日記を付けられるって知ったから。 いつでも消せるし、三日で終わっても誰も文句言わないもんな。 実はなんとあかりもサイトを作ってて、でもそれは学校の囲碁部のサイトで 一般には公開されていなくて部員だけが見たり掲示板に書き込んだりする 内輪のサイトらしいんだ。 そっか。 ワールドワイドウェブって言っても、別にアドレスをどっかに公開しなきゃそういう事も 出来るんだよな。 内輪ってか、自分だけが知ってるってのも可能だよな。 で、日記だけってのも出来るらしいから、オレは早速無料の日記サイトを申し込んだ。 登録名はまんま「HIKARU」。 最初だけ「新着日記」として紹介されるけど、しばらく書かなかったら忘れられるだろうし それから自分だけの日記を書こう。 登録してから一週間。 ◯月×日 今日から日記をつけようと思う 今日の晩御飯はカレー これが最初の日記。 我ながら詰まらない。 日記書く意味があんのかと思うけど、いっぱい書こうとか決めたら続かないしな。 ◯月×日 今日棋院に逝ったら本当は休みの日だった ひどい んで、この後道玄坂行って打ったんだけど、特に何もなかったから書かない。 ◯月×日 わやの部屋で研究会をした 今日は三人しか来てなかった 最初にわやと打ったんだけど、少し打ち筋が変わってる 絶対にコスんでくると思った所を まあいいや。この日記にはそのことは書かない うん。あの打ち筋はちょっと驚いた。何を参考にしたんだろ。んな事書かないけど。 忘れてたけど碁以外の事を書こうと思ってこの日記書き始めてたんだ。 ＰＣで棋譜整理してる人もいるけど、オレ結構覚えてるから必要ないし。 ◯月×日 駅に行く途中、変わった花を見た 触ったらすぐ落ちてしまった 偶には季節感も。 って名前も分からないから季節感も何もないんだけど。 ◯月×日 昨日見た花前も見たの思いだした さいが名前教えてくれたけど忘れた 全然聞いた事ない名前だったから、古い名前なのかも知れないけどさ。 ◯月×日 さいは凄くきれいでかっこよかった 思ってたけど言わなかったけど 毎日二行だよ、オレの日記。 日記っていうか。 でもこうやって佐為の思い出を書いて、おくのも、いいかも。 まだちょっと、悲しいけれど。 ◯月×日 さいはすっごく年上なのに子どもみたいな所もあって そういう所が結構好きだったな 本当に色々教えてくれた人 大好きだった いなくなってから気付くなんて、ばかだった 10日くらい経って気付いた。 カウンタって言う、アクセスした数が出てくるのが勝手に付いてんだけど、 びっくりしたことに結構行ってるんだよ。 日で割ると平均10くらい。 オレは自分以外見てないと思ったから、え？え？って慌てたんだけど リロードして自分のアクセスがカウントされてるって気付いてホッとした。 だけど最初にアドレス出ちゃってるし、もしかしたら、と思って自分は 日に一回しか開かないようにしてみた。 すると、ど〜もそれでも日に6〜7は進むんだよな。 てことは誰か見てるって事だよな。 オレは気持ち悪くなって、日記にメールアドレスを載せた。 ◯月×日 もしかして、ここ誰か見てる？ プライベートな日記だしあまり見ても楽しくないと思うんだけど 気になるので見てる人メールくれないかな hikaru@××××××.ne.jp 返事あるかな〜。 知ってる奴だったらいやだしって、んな訳ねぇか。 ほとんど期待してなかったけど、次の日メールボックスを開けたら 知らない人からメールが来てた。 「はじめまして、でしょうか。サイゾーと言います。 あなたの日記を毎日拝見しています。 俺は先日彼女と別れまして、その日に偶々あなたの名前を見つけました。 『ひかる』、俺の彼女と同じ名前の人が俺と別れた日に日記を登録していて 思わずそのまま日参するようになっていました。 初めは『棋院』とか『研究会』とか出ていてやはり別人かと思ったけど 途中から出てきた『さい』って、もしかして俺の事ですか？ メルアド変わってるみたいだけど、おまえ『ひかる』？ 違ったら本当にすみません。 でも気になってしまって。 」 なんだ・・・そういう事か。 ってか誰だよアンタ。 「違います。オレ男だし。」って感じの返事したら、日記へのアクセスがガタっと減った。 ざまぁみろ。 それでもカウンタは、オレ以外にも回してる奴がいる。 ◯月×日 センスが痛んで来た こっそりさいのセンスって呼んでたんでちょっと辛い 買い直すか センス、「扇子」って変換したら出てきたんだけど違うかも知れないんで センスのままにしておいた。 二日ほど経ってまた知らない奴からメールがあった。 「こんにちわ！モモコと言います(´・∀・`) HIKARUさんってもしかして将棋してるんですか？ 私は将棋が大好きなんだけどクラスの子と話が合わなくて困っています。 良かったらメル友になってもらえませんか？」 あ〜、なるほど。『棋院』って言葉で『将棋会館』と間違えたな？ 「すみません。碁です。将棋はわかりません。」って返事したら またカウンタの回りが遅くなった。しめしめ。 それでもカウンタは、日に2づつ増えていく。 一回はオレだから、多分もう１人・・・律儀に毎日一回来てる奴がいるんだな。 二人が正確に一日置きに来てるとも考えられないし。 ◯月×日 同窓会があるらしい その日は手合いなんだよな〜鬱 ◯月×日 オレって才能ないのかな 今日ポカやって越知に負けた なんてな 次は絶対負けないけど ◯月×日 さいだったらどう打つだろうと思って当夜と打ったら勝った やっぱりまださいに全然敵わない 字が違ってるけどいいよ、オレしか見ないし。 ってそうか、３番目のロマー「３番くん」がいるんだ・・・。 一体誰だろう。 こんなオレ以外ワケ分かんない日記見て楽しいのか？ オレはもっかいアドレスを入れた。 ◯月×日 誰かまだここ見てるよね？ 前も書いたけどなんで見てくれてるのかすっごく気になるから メールくれない？ hikaru@××××××.ne.jp メールはなかった。 オレは構わずに日記を書き続けた。 カウンタは正確に一日余分に１づつ増えていった。 「なあ、誰がオレの日記見てるか分かる方法ない？」 「え、ヒカルウェブ日記書いてるの？見たい！アドレス教えて！」 「絶ーっ対いや！オレしか見なくていいの！」 「なんだ。だったら別にオンラインにしなくていいじゃない。」 「そういう事もできんの？」 「あったりまえよ〜。」 「知らなかった・・・。」 「まあ、普通にメールアドレス書いてメール貰ったら？ あ、ウィルス対策はしてね。」 「（ウィルス対策・・？ヤバ。なーんもしてない。）そんなのもうやったよ。 それに相手は１人なんだ。」 「え、１人しか見てないのー？寂しー。」 「だってホントは誰にも見られたくないんだもん。」 「じゃあやめたらいいじゃない。」 「いいけどさ、今まで誰が見てたのか気になるじゃん。」 「そうね〜、ヒカルにメールして自分のアドレスがバレるのが嫌なのかもね。」 「へ〜、そういうのがあるんだ。」 「本当に何にも知らないんだね・・・。じゃあメルフォか掲示板つけてみたら？」 「何ソレ。」 「相手がアドレスを入れなくてもヒカルにメッセージが送れるんだよ。」 掲示板ってのは大げさなんでメールフォームというのを付けてみる事にした。 ◯月×日 あのね、アドレス入れなくていいから何かメッセージくれない？ もしカウンタが狂っててホントにオレしか見てないんだったら ここ閉じて自分のＰＣで日記つけることにするから よく考えたらそういう可能性もあるんじゃん？ 誰も見てなくても一日一回回ってしまうカウンタ。 「３番くん」がカウンタだったら笑うよな。 でも、その日の内にメッセージが届いた。 『love you.』 ・・・・・・。 ・・・はぁ？！ 外国人？ってかおかしいよな？何であの日記でオレの事好きになれる？ ◯月×日 えっと、メッセージありがとな 日本人じゃないの？でも日本語読めるんだよね？ ごめん、よく分からない オレの事知らないのにそんな事言われても困る あ、オレ一応男だから 日記というか、もう「３番くん」あてのメッセージなんだけど。 次の日も、メッセージが届いてた。 『know you.』 どういう意味だろう・・・。 オレの事知ってるってか？ 慌てて今までの日記を読み直してみる。 完全に個人的な日記だって思ってたから何も考えずに書いてるけど もし知り合いだったら、オレだってバレるかも。 『棋院』で碁を打つ人間だって分かる。 『わやの研究会』『越知』で、プロ関係者なら何人かに特定しようと思えばできる。 『当夜と打った』のは公式戦じゃなくて碁会所だから大丈夫か。 『さい』・・・ いや、大丈夫だ。まだ大丈夫だ。 これが和谷んちで打ってるメンバーじゃなかったら大丈夫。 それにホントにオレの事知っててオレの事好きってんだったら女だろ？ メンバーで女の子は奈瀬だけだ。 それは絶対有り得ない。 大丈夫。 ハッタリだ。 オレは安心して、でもそれからは個人情報を漏らさないように気を付けながら 日記をつけつづけた。 それに、誰にも見て欲しくないって思ってたのもホントなんだけど逆に何故か 誰か１人でも見てくれてるってのも意外と書きがいがあるんだ。 ◯月×日 近所の三毛猫と結構仲いいんだけどさ 今日オレの部屋までバッタの死骸みせびらかしに来て困ったよ 『lovely.』 ◯月×日 朝御飯食べられなかったから午前中調子が出なかった オレ静かな場所でする仕事してるからお腹鳴ったら目立つんだ 『sorry.』 ◯月×日 今日中学時代の先輩と偶然会った 中学で１人で囲碁部作った人なんだけど、高校でも作ってるらしい 『great.』 あれ以来「３番くん（ちゃん？）」は律儀に毎日コメントを残してくれるようになった。 交換日記みたいな「３番くん」宛の日記と英語の奇妙な一言メッセージは 続いた。 ある時タイトル戦の二次予選で、オレは負けた。 途中まで貰ったと思っていたのに・・・押し負けた。 こんな時佐為なら。 つい思わずにいられない。 ◯月×日 仕事が上手く行かないと、時々落ち込む オレよりその仕事が上手い奴がいて、どうしてそいつに任せなかったのかって 分かってるんだけど 今はオレしか居ない オレが打つしかないって 訳のわかんない愚痴。 それでも返ってきた言葉は、 『need you.』 なんでだよ・・・。 こんな短くて変な日記でしか繋がっていないオレを、どうして必要だなんて 言ってくれるの。 他にもネットの海には楽しいことが山ほど転がってるのに、 どうして、オレなんかに構ってくれるの。 どうして。 アナタハ、ダレ？ オレは本気で「３番くん」の正体が気になりはじめた。 訳が分からなすぎる。 どんな背景を持った人間なんだ？ ・・・もしかして、オレの日記にしかアクセス出来ない、なんて事ないよな？ そんなはずはない。 と頭では分かっているけど、オレは自分がいつの間にか「３番くん」を 佐為と同一視している事に気付いた。 さいにもし体があれば、自由に動けたら、 碁石の持ち方も知らないちっぽけな小学生のガキになんて目もくれなかった まっしぐらに塔矢先生の所に行って打っただろう さいと打ちたがる人は沢山居て、きっと好きなだけ打てただろう なのにオレはおまえを独占して 他の人と打たせないで ばかだったオレ 本当にごめん 分かってる。 「３番くん」はそんな事知らない。 何ワケ分かんない事言ってんだって感じだろう。 ごめん。 愛想を尽かすなら尽かしていい。 ごめん。 自己満足だってなんだっていいから、 今だけ、誰にも言えない懺悔を聞いて・・・。 翌日、「３番くん」からメッセージが返ってきた。 『But I love you.』 泣きそうに、なった。 それからも何気ないやり取りは続いた。 「３番くん」が見てると思うとどんなに遅くなってもオレはＰＣの電源を入れ、 一行でも日記を書いた。 ◯月×日 昼の弁当が不味かった 『sorry.』 ◯月×日 母さんと喧嘩しちゃった 独り暮らししたいな 『feel anxiety.』 ◯月×日 今日塔矢と碁会所で打った どうしてあんなに分からず屋かなぁ 『ha,ha,』 ◯月×日 明日はいよいよ、いすみさんとの対局だ 武者震いがするよ 『Do your best.』 日々の、小さな楽しみ。 でもある日 ◯月×日 今日は何かだるくて仕事さぼっちゃった いつもみたいに軽く返してくれると思ったら来たメッセージは、 『hate you.』 ・・・・・・え？ 今までいつだってオレを励ましてくれたり、軽く笑い流してくれたりしてたのに。 念の為に意味を調べてみた。 『あなたが嫌いです。』 やっぱり・・・。 うそ・・・。 オレはこんな事が情けない程ショックで、慌ててフォローした。 本当にお腹が痛かったんだ 病院に行く程じゃなかったけど薬飲んでも治らなくて 一日寝てたんだ 『Sorry! How are you now?』 ホッとした・・・。 これでもいつになく長い文章。 「３番くん」も少し慌てているらしい。 ごめん 心配掛けたくなくて 多分ちょっとした食あたり もう明日には元気だよ 翌日、棋院で塔矢に会った。 「おう。」 「おうって。昨日休んでたけど大丈夫だったのか？」 その視線が。 気遣わしげにオレの腹の辺りに当てられる。 ・・・・・・。 オレの病気を知っているのは二人。母さんと・・・。 う、そ・・・だろ？ オレの視線に気付いた塔矢がゆっくりと顔を上げ、目を合わせたが その顔は青ざめていた。 塔矢も、気付いたんだろう。 さいだったらどう打つだろうと思って当夜と打ったら勝った さいにもし体があれば、自由に動けたら まっしぐらに塔矢先生の所に行って打っただろう 『love you.』 『need you.』 『But I love you.』 「３番くん」と交わした色んな言葉が 書いてしまった日記が、 「３番くん」が寄越した短い英文が。 頭の中をぐるぐると回り、動けない。 くるくる、くるくる、目が回る。 塔矢と見つめ合ったまま、一言も話さず。 やがて。 オレは立っていられなくなって塔矢の肩に手を置き、もたれ掛かった。 −了− ※サイト運営してみるとこういう妄想しちゃいますね。 | ||
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