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オレが結婚したときにはもうアイツも結婚していて、塔矢家は順風満帆って感じだった。

別に未練も何もないはずだった。
だって今は、本当に奥さんを愛してる。



元々高嶺の花だったんだ。
オレ達がもし付き合えてても結婚なんて出来たわけもないし。

親も世間もきっと許してくれない。





オレの結婚が決まった時も何も言わず、結婚しました葉書っていうの?あれもどうしようか迷って、
結局印刷したのに何も書き足さず、愛想のないのを送った。

リアクションなんか期待してなかったのに、しばらくして「ご結婚お祝」なんて届いて
オレは舌打ちした。

そうだ、アイツはそーいう奴だった。
変に昔気質で、無駄に義理堅いのな。

昔、少しでも恋愛めいた事があった男にそういうことするか?普通。







仕事に関係なく遊んだりしていた期間は短いが、オレ達が連れ立って歩いていると目立った。
当時オレは変な髪型をしていて、アイツはちょっと時代錯誤というか。

まあどの道付き合ってるようには見えなかっただろう。

初詣なんてオレは全くの普段着のダウンジャケットで行ってるのに
アイツはなんか高そうな着物着て来るし。

なんなんだコイツらはって感じだっただろうなぁ。




あれが片恋だったのか、両恋だったのか、未だにオレには分からない。
友だち以上・・・恋人、未満。

一度指で唇に触れてしまった事がある。
何の時だったか。
あ、と思ったときには、もう触っていた。

アイツはその後自分の唇に自分で触れ、俯いた。

キスをするなら、きっとあれが最初で最後のチャンスだった。

でも、しなかった。

指先だけで終わったキス。


あの時オレがもうちょっと勇気を出していたら、
一体どうなっただろう。

・・・どうにもならねえよ。
どうしようもないじゃん。

何もかもが正反対のオレ達。


そんなオレ達でも、楽しかったよ。
あの頃。

うん。



楽しかった。








それでも結婚生活の楽しさや忙しさに紛れて、オレはアイツとの事なんてすっかり忘れていた。
その方が良かったかも知んないけどね。


だから、息子が生まれて病院に行ったとき、廊下でアイツにばったり会ってそりゃ驚いた。



「あ・・・。」

「や・・・久しぶり・・・。」

「ご無沙汰・・・・・・。」

「その、子どもが生まれたんだ・・・。」

「そう・・・。それはおめでとう・・・。男の子?女の子?」

「男。」


それから、オレ達は何となくベンチに座っちまった。
こんな風に話すのは、どのくらい振りだろう。

オレは情けないほど緊張して、どきどきして。
そんで何でコイツ産院なんかにいるんだと思ったら、先方も妊娠してるって事だった。

そりゃ、結婚してりゃ、やることやってるわな。

分かってはいるけれど、沸き起こる、何かがある。






一通り近況を伝えあうと、会話が途切れる。
このどうしようもない間。

静かな緊張の合間にも、どんどん何かは流れ続け、遂に、溢れ出そうとする。
言ってどうなるもんでもない。
だから、言わない方が良かった。
オレはどうかしていた。



「・・・・・・あのさ。」

「?」

「オレ、あの頃・・・。」




驚くほどの素早さで、唇に指を当てられた。

丁度あの時オレがしたように。

何年越しかの、指先だけの、キス。

成り立たなかったオレ達の恋の象徴のような。




オレは何だか泣きそうな気分になったけれど、ホッともした。

そうだ。分かりすぎるくらい分かっていても、口に出しちゃいけない。
言葉にするのとしないのでは、雲泥の差だ。

アイツはそのまま小さく微笑んで、すっと立ち上がった。


「赤ちゃん、見せて。」






ガラスの向こうのベッドに並べられたいくつもの小さな命。
足首につけられた名札。


「あの・・・右から二番目の。札に進藤って書いてあるだろ?」

「ああ、分かった。・・・可愛い・・・。」


うん。うちの子が一番可愛い。

さっきまで泣きたかったのに、自分がとろけそうな顔をしているのが分かる。
そんでその顔を、見て欲しかった。


見て。オレの顔を見て。

オレ、幸せだよ。

おまえが居なくても、幸せだよ。




目が開いてないのが分かっていて、我が子に手を振る。
まるで馬鹿な父親みたいだ。
でも、馬鹿な父親でいなきゃならない時もあるんだ。

そんなアクションで伝えたい事もあるんだ。




なあ。

オレ達の道は別れ別れになったけれど、小さな命に恵まれて、オレは幸せだよ。

おまえも、そうなんだよな?

始まらずに終わった恋だけど、

同じ空の下、あいつも幸せなんだなぁって思える人がいるって

それも凄い嬉しい事じゃん。



離れていても、おまえと、おまえの小さな命の幸せを祈ってる。

おまえも、オレとオレの小さな赤ん坊の幸せを、祈っていてくれ。


今日ここでおまえに会えて、良かったよ。




アイツが、隣で小さく頷いたような気がした。






「・・・名前は?」

「あ。いけね。まだ考えてないや。」


迂闊だな。
でも、沢山候補は考えたんだぜ?
でも日が迫るとただ生まれるのが嬉しくて、その中から決めてなかった。


「あのさ。」

「?」

「唐突なんだけど、ここで会ったのも何かの縁だし。決めてくんない?」


  おまえも、オレとオレの小さな赤ん坊の幸せを、祈っていてくれ。


アイツは、非常〜に困った顔をした。
そんな顔、長い付き合いだけど初めてじゃない?


何事に置いても即断即決。
頭の回転も決断力もずば抜けているはずの人間を考え込ませるのは、楽しかった。



やがて、赤ん坊を見つめた視線を逸らさないままに、囁くように。





「――――ヒカル…」






この子の名前は、進藤ヒカル。


「ヒカル、か。いい名前だ。」


オレは生まれたての我が子に「ヒカル」と呼びかけた。


勉強が出来なくてもいい。
特別な才能なんてなくてもいい。

ただただ、丈夫で、そうだな、明るい光を持った子に育って欲しい。

そんな我が子に、この名前はぴったりだと思った。






「・・・本当は私の子どもが男の子だったらつけようと思っていた名前だけれど。」

「悪りぃな。でもありがたく頂くよ。」

「あなたは変わらないわねぇ。」


おまえも変わらない笑顔で、ころころと笑う。


「んじゃ、代わりを考えるよ。明子の子だからアキラってどうよ。」

「・・・捻りがなさすぎるわ。それに女の子だったらどうするの?」

「女でアキラ。格好いいじゃん。・・・おまえの子だったら美人だろうなぁ。」

「もし女でも、ヒカルくんには上げないわよ。」

「強引に奪いに行くかも。」

「ふふっ。出来るものならやってごらんなさい、って伝えておいて。」






それからオレ達は笑い合って、

それからオレ達は会っていない。





十何年か経って、ヒカルが急に明子の旦那の職業である碁を始めた時に
ふとそんな事を思い出して不思議な縁を感じた。


そしてあの後生まれた彼女の子が男だったのか、女だったのか、
どんな凝った名前を付けたのか、分かるかも知れないと思ったが

自分からは聞かないでおこうと思う。








−了−








※シマちゃんのaquaのピカ誕SS・・・のパロ?
  本家はこんなんじゃなくて、ちゃんとヒカアキで、非常に切なくて、でも暖かい素敵なお話なんです。
  今は隠しになってるんですが、中途半端の恋の「中」からリンクしてまっせ!(なる!)
  明記しても構わないって言ってくれたんで、ホントにバラしちゃった☆てへ。
  キモのセリフは同じです。シマちゃん使用許可ありがとうございました!

  それにしてもこのサイト、異様に明子ネタが多いな。

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