016:シャム双生児








「塔矢・・・塔矢。」


その瞬間、いつも名前を呼んでしまう。


「・・・・・・。」


答えがないのもいつも通り。
その顔は、見えない。

やがて股間から脳天まで真っ白に突き抜けるような快感の後にやってくる、
気怠い余韻。



「・・・終わったか?」


まさか早く抜けとは言わないけど、そう思っている事はびしびしと伝わってくる。
オレがずるっと引き抜いて横に体を投げ出すと、
塔矢は後始末をするべく、目隠しを、取った。









塔矢におまえが好きだと告白した時。
確かに照れくさくて、冗談めかしてしまったかも知れない。
それでも「ボクもだ。」と答えてくれた事にオレは有頂天だった。

抱きしめてキスをしたら、驚いてたけど、微笑んでいた。
人生は、なんて美しいんだろうと本気で思った。



初めて塔矢を抱いたのはイベントで同じホテルになった時で、
夜部屋を訪ねて、させて欲しいと頼んだんだ。
「具体的にどうするんだ」と真面目な顔で訊くから、かくかくしかじかと聞きかじり情報を伝えると
「そんな汚くて気持ち悪い事は出来ない」と断られた。

そりゃそりゃちょっとは傷ついたけど、そんな潔癖な所も愛しくて。
オレの事好きなんだから許してくれるはずだなんて自分に都合のいい憶測の元に
強姦同然に、やった。

塔矢は抵抗する代わりに、ずっと顔にタオルを押しつけてた。

体には何をしても耐えてたのに、タオルを取ろうとした時だけ本気で抵抗されたから
オレは塔矢が恥ずかしがってるんだと思った。

終わった後漸くタオルを外した塔矢を覗き込むと、少し目が赤いみたいで。
「泣いちゃった?」と訊いたら、「いや・・・」と顔を逸らして。

その様子が初々しく映って、オレはそのまま塔矢をぎゅうっと抱きしめた。

そう。
オレは、塔矢の顔を、見ていなかったんだ。




それからも塔矢は、する度に必ず自分に目隠しをした。
オレは未だに最中に塔矢の顔を見たことが、ない。

どうして気付かなかったんだろう。

おかしいおかしいと思いながらも塔矢を抱くとその度に快楽は深まって、
だから同時に膨らむ訳の分からない焦燥感も、オレは無理矢理恋だと勘違いしていた。

何となく吹く隙間風に、
気が付かない振りをして。

偶に身を震わせる事があっても、
性欲がそれを直視することを許さず。


でも、逃げても、逃げても、それはどうしようもなく目の前に差し出されて、
遂にオレは認めざるを得なくなった。



愛のないセックスの、虚しさを。




塔矢が目隠しをするのは、自分を日常と切り離す儀式だ。
オレから顔を隠し、自分の視界を閉ざして、「塔矢アキラ」はスリープする。

こんな風に言葉にできるようになったのは最近だけど、前から、どこか
塔矢というより人形を抱いているような気はしていた。

白い仮面を被って。

塔矢は自らの体を自分から切り離し、オレに差し出す。



結局さ。

塔矢は極めてノーマルな嗜好を持った男だったって事なんだ。

普通に女の子に性欲を持って、女の子に愛されると嬉しくて。

オレの前ではそういう所を見せないように気を使ってくれてるみたいだけど、
それでも、分かってしまう。


男、それも塔矢にしか欲情できないオレとは違う。




それでも最初は努力もした。
塔矢も気持ちよくなってくれたら、嗜好も変わるんじゃないかなんて期待して、
目隠しをしたままの塔矢を口でくわえて、イかせた事があった。

シーツを握りしめる塔矢の指の関節は白くなっていて。

その顔は見えなかったけれど、塔矢の味は苦くて少ししょっぱくて、
終わった後の空気と同じ味で、オレは自分がいかに愚かな事をしたのか、思い知った。










後始末を終えて服を整えた塔矢が、まだ裸で寝転がってるオレを見下ろす。


「・・・風邪ひくぞ。」


本当は、いつまでも男の裸なんか見せんじゃねーって思ってる。


「うん・・・。よかったよ・・・塔矢。」


カラダは気持ち良かったよ。でも、心は虚しかったよ。

オレ達は微笑み合う。
お互いに・・・心の中の声まで筒抜けなのが分かっていても。


・・・好きだから。

・・・そういう意味で好きじゃないから。


オレ達は、この迷宮から抜け出したい。




友だちのままでいられれば良かった。
今思えばあの頃が一番幸せだった。




塔矢が悪いんじゃない。
オレが告白した時、そういう意味に取ってくれなかったとしても、
塔矢もオレの事が「好き」だったのに、嘘はないと思う。

かと言って、自分が塔矢を好きになったのが悪いとも思わない。
それも抑えようがなく正直な気持ちだったし。



・・・でも、
でもオレの「好き」と塔矢の「好き」の意味が全然違うって事に気付いたときには
オレ達はもう抜き差しならなくなっていた・・・。


狂ってしまった歯車。


早く、早く終わらせなければ。
こんな歪んだ関係。


と、思いながらもう数ヶ月。

過ぎちゃったな・・・。






「進藤?」

「塔矢・・・オレ。」

「?」

「オレさ、多分、色んな事、分かってるんだ。」


自分でもびっくりするくらい、本当に自然に口が開いた。
最初の一言がするりと出たら、
今日、今このチャンスを掴まないと次いつ言えるか分からない。


「・・・・・・。」

「・・・・・・その。」

「・・・・・・。」

「色んな事が。」

「うん・・・。」



途切れないように必死で紡ぎ出す、言葉。
今日は、塔矢に告白してから、丁度一年。



「ホントは・・・・・。ゴメンな・・・。」

「・・・・・・。」

「勇気が、出なくて。」



去年の今日も、勇気を振り絞った。
きっと今日は、そういう日だ。



「おまえに辛い思いさせてばかりで。」

「何・・・・・。」

「でも、好きで好きで堪らなくて。」

「・・・・・・。」

「だけど、分かったんだ。」

「・・・何が?」

「好きだからこそ、辛い思いなんてさせちゃいけないって。」

「・・・・・・。」

「ゴメン。本当はこんな事言うのも、その、アウトだと思うけど・・・。」



気持ち悪いと思うよ。
オレだっておまえ意外の男に、好きじゃない奴にこんな事言われたら嫌だと思う。



「進藤、ボクは、」

「・・・・・・。」


自分の肩が震えてしまったのが分かる。
今度はオレが黙り込む番。


「・・・ボクが、キミを好きだと言ったのは嘘じゃないよ。」

「うん・・・知ってる。・・・サンキューな。」

「・・・・・・。」

「でも、もう、・・・やめよう。こんな事。」





遂に口から絞り出した、囁き。


その時の塔矢の顔は、何とも言えない。表現できない表情だった。





終わった・・・。



長くて、短かった一年が。

苦しくて、幸せだった一年が。








・・・・・・・・・・・・・・






・・・それから季節は移り、やっと塔矢の肌が恋しいこともなくなって、
オレ達は表面上は以前と同じような関係を取り戻すことが出来た。
未だにちょっとはぎこちないけど、その内に本当にただの友人に戻れるだろう。

それともう一つ。



オレは、公式戦でも非公式でも塔矢アキラに勝てなくなった。



理由は分からない。他では勝ってるから調子が悪いとも思えないけれど
塔矢にだけはどうしても勝てなかった。

一度碁会所で打ってる時、塔矢が信じられない悪手を打ってしまった事があった。
チャンスだ!と思いながらもそれを生かす事が出来ないで、結局負けちゃったんだ。
塔矢以外にもこうなら、プロ廃業だ。




そんな事が続いたある夜、かなり久しぶりに塔矢が部屋に訪ねてきた。


「何?」

「上がるよ。」


出来れば上がらないで欲しい。
多分最近の「対塔矢限定不調」の文句を言われるんだろうし・・・
それ以上に、二人きりになったりしたら、オレは自制心に自信が持てない。

出来るだけ塔矢を見ないように。
キレイな目や、白い喉や、手首に目が行かないように。
と努力していたら、努力していたのに、


塔矢は真っ直ぐベッドに行って腰掛けて
何も言わず白いタオルで自らに目隠しをした。


・・・抱けっての?今ここで?
何考えてんだよ、一体。
折角抑え込んでるのにそんなことをしたらなし崩し的に


決壊しそうだ。


ごくりと喉が鳴る。
塔矢の真っ白な視界を思う。


試されているんだろうか、オレは。



「・・・何でそんな事すんの?」

「分かるだろ。」

「分かんない。」

「鈍い、」

「知ってるぜ!」


遮る。出来るだけ冷たく響くように。


「・・・おまえがノーマルだってこと。」

「・・・・・・。」

「抱かれたい訳じゃないんだろ?」


その、白く覆われた顔の上半分の裏側には一体何が。


「何で今更そんな事すんだよ、何の為に別れたと思ってんだよ!」


荒がったオレの声に、目のない塔矢の顔が、あやつり人形のように無表情に傾ぐ。
自分でもコントロール出来ずに溢れ出す、理性を越えた苛立ち。


「・・・好きだから、おまえが嫌がる事したくねーんじゃんかよ!」

「ボクが?」


頭を傾げたまま、子どもみたいなとぼけた物言いにオレの目の前も白くなる。
頭が沸騰して、何も考えないままに・・・。


「そうだろ?本当はストレートのくせに男に抱かれるなんて死ぬほど嫌だろ?
 気色悪いだろ?」


・・・あああ。遂に言っちまった。
最悪。
でも、止まらない。



「認めたくないから、目隠しなんかして『ボクじゃありません』って自分誤魔化してたんだろ?」



オレは自虐的だ。
そんでしかも、塔矢が嘘でも否定してくんないかな、なんてどこかで甘えてる。

痛々しくて、哀れな、
子どもはオレだ。




「・・・ああ。その通りだよ。」

「・・・・・・。」




痛々しくて、哀れな、
オレは子ども。





ガラスのような静寂。
息をするのも躊躇われるような空気の中、
オレの心臓からはどばどばと血が溢れ出して流れ続ける。


自分で察しているのと、本人の口から言われるのは全然違う。
でも、それはオレが悪いんだ。
自分が放った弾が打ち返されただけ。
でも、



「死ぬほど嫌だよ。男に触られるなんて鳥肌が立つよ。」



ああ、誰か、助けて。
もう許して・・・。






耳を覆って、蹲って、小さくなって消えてしまえ。






・・・前よりも長い沈黙、破ったのは、今度も塔矢だった。


「・・・だけどキミ、ボクに勝てないじゃないか。」


急に何で碁の話なんだろう。
頭に血が昇ってもいいはずなのに、子どもになってもいいはずなのに
クールダウンしてしまう自分はプロ棋士だと思う。
叫び出す代わりに、静かに答えてしまうそんな所がちょっと嫌いだ。


「おまえが強いんだよ。」


なんてね。
自分でも分かってる。
そんな訳はない。
あの信じられない悪手がワザとかも知れないってのも、何処かで気付いてた。


「本当にそう思ってるのか?」


真っ直ぐなおまえには、嘘が吐けない。


「いや・・・。」


そうだよ、オレはおまえに勝てないんだよ。
そしてその原因は、おまえに捨てられたせいだとオレは考えている。
おまえの白い身体にもう触れられないと思うと、気が、どうか、して、


「なら、」


塔矢は深い溜息を吐いた。




「キミはボクを抱き続けるんだ。欲望が続く限り。碁を続ける限り。」




・・・・・・・・・・顔を上げて、塔矢を見る。

その顔には、忘れていた。

白い目隠し。


・・・・・・そう、か・・・。


オレがおまえに勝てなくなったら、オレ以上に困るのは・・・。








離れられない。

お互いにどう思っていようと。

これから幾度喧嘩しようが、オレは自分の欲望の赴くままに塔矢を抱くだろう。
抱けるから、勝てるんだろう。

塔矢も、溜息を吐きながら、目隠しをしたままオレに抱かれるんだろう。
オレと神の一手を極める時を夢見ながら。


幸せなのか。
不幸なのか。


お互いにどう思っていようと、
離れられない。





「・・・別れるなら、もっと早い時点だった。」

「いつなら、良かった?」

「最初にする前。」


それはまた、随分昔だ。


「いや・・・出会う、前か。」

「出会う前に別れようって?」

「そう。」

「無理だよ、そんなの。」

「そうか。」


塔矢は物憂げに顔を横向けた。
何かを真剣に考えているようにも、何も考えていないようにも見えた。


「・・・望もうが望むまいが、キミとは離れられないんだな。」

「そうみたいだ。」


オレだって、オレのこと好きでもないおまえを無理に抱くなんて、
本当は。


「キミとの関係は、『運命』に似ている、とよく思う。」


他人事のような塔矢の声。

運命の人。か。
オレ達はそんな甘っちょろいもんじゃないだろ?
愛情と敵愾心や、憎しみが入り混じった、どっちかっていうと・・・


「兄弟・・・いや、双子みたいだ。」


塔矢の唇がうっそりと微笑む。


「双子でも離れようと思えば離れられるじゃないか。この逃げられなさは、そう
 ・・・シャム双生児のようだ。」


ははは。上手いな塔矢。
仕事ですら鬱陶しいくらいにいつでもどこでも並べられ比べられ。
きっとそれは死が二人を分かつまで。
それに・・・


「イヤ?」

「ああ。嫌だ。」


ニベもない物言いに、傷つくオレは、もういない。




「オレは、おまえとこうやって繋がってるのは嬉しい。」


足を深く折り曲げて腰を繋げると、塔矢は仮面の下で小さな悲鳴を上げた。


オレは口の端で、嗤った。







−了−












※それでも勝てなかったらしばかれますな。
  最初夢シリーズにしようかと思ったけれど敢えて現実で。
  萩尾望都「半神」の影響を受けないように注意しようと思いましたが無理でした。






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