014:ビデオショップ
014:ビデオショップ









進藤に「オマエ彼女いるの?」と聞かれた。

「いるよ。」と答えた。




本当は彼女かどうか怪しい。
中学校で同じクラスだった子で、偶然家が近所で。
これまた偶々ある夜レンタルビデオショップで出会って以来、偶に塾帰りに電話してきて
あの店に来ないかと呼び出す。

翌日重要な手合いがなければ付き合う。


夜中のビデオショップは非現実的な空間で、普段なら絶対出会わないような人が沢山居る。

逆にボクがプロ棋士であるところの塔矢アキラだと知っている人は恐らく一人も居なくて
そんな所で女の子と話していると、自分が普通というか一般的な少年になったようで
何だか楽しかったんだ。

彼女は競争率の高い高校を目指していて、一生懸命勉強していた。
周囲は全員ライバルなのだと。
だから、唯一進学しないことを決めていてライバルでないボクと話すと心が落ち着く、
と言ってくれた。

ボクは彼女と話して特に落ち着くという訳でもなかったが、
碁と関係ない世界との触れあいはほとんどなかったので、貴重な時間のような気がしていた。

そんな付き合い。



しかし一度店で立ち話をしている所を緒方さんに見られて


「アキラくんの彼女か。」


と尋ねられたのに笑いながら


「そうです。」


と答えたのは彼女の方だ。
だから「彼女」というのはそんなものかと思ったが、
それにしては冗談めかしていたような気もする。

第一手も繋いだこともない。


そう言うわけで彼女かどうか非常に怪しい人なのだが、進藤に「いる」と答えてしまったのは
そんなことを聞いてくるからには彼にはいるのだろう、というのと、それは恐らく
幼なじみであるところの可愛い女の子だろうと思うからで、
ちょっとした見栄のようなものだと自分で分析する。




「いるんだ。ふう〜ん。」


進藤は少しつまらなそうだった。







「アキラくんの彼女が別の男と歩いていたぞ。知ってたか。」


緒方さんに言われたのはその数日後だった。
わざわざ進藤といる時にそんなことを言ってくるのは一体どういう料簡か。


「そうですか。知りませんでした。」


そう言えば彼女が合格した翌日くらいに一度会って以来、半年ほど連絡がない。
ボクも忙しかったし、進藤に先日聞かれるまでは忘れていた程だ。


「なんだ、オマエ振られたの。」


例によって嬉しそうな進藤。碁以外でボクに対抗しようとするのは止めて欲しい。

こういうのを振られた、失恋した、と言うのだろうか。
そもそも付き合っていたのかどうかが怪しい上に、こちらも特に恋着がなかったもので何の感慨も湧かない。

彼女が知らない男と歩いている所を想像しても、街で出会うカップルのようなもので
悔しくも悲しくもなければ、幸せになって欲しいとも思わない。

件のビデオショップに行ったとしたら少し寂しくなったりできるかも知れないが、
そもそも最初も父の弟子の一人に頼まれてビデオを返しに行っただけで
近所でありながら普段は全く通らない場所なのだ。


「ねえ、悲しい?ショック?」


と不躾な事を聞いてくる進藤に、特に考えることもなく正直に感想を伝えると


「あー。そりゃオマエ、全然恋愛してねーな。」


と言われた。



それはそうかも知れない。
でも、彼女が「唯一ライバルでない塔矢」と言ってくれた時、嬉しかったのだ。
「唯一」が嬉しかったのか、「ライバルでない」が嬉しかったのか
その辺りは自分でもよく分からない。



「まあオレもいねえしな。唯一のライバルのオマエにそんなんいたら悔しいから、
 悪いけど安心しちゃうよ。」


どきりとする。


どうして。

進藤に彼女がいない事にほっとしているのか。
それをいると思いこんでいらぬ見栄をはってしまった自分に呆れているのか。

よく、分からない。

「唯一のライバル」。
に胸が高鳴る。

よく、分からない。



ただ、ボクにとっても進藤は「唯一」の「ライバル」なんだ。







数ヶ月後、件のビデオショップの前を通るといつの間にか潰れていた。





−了−







※まださほどゆるくありません。
 次でもっとアレな感じに。





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送