012:ガードレール
012:ガードレール







18になったらすぐに免許を取れるように、早めに教習所に通いはじめた。
あまり時間が取れないので合格するかどうかおぼつかないが
それでも車の運転が出来ると何かと便利だと勧められたのと、あと、

進藤が原因であることも否めない。

進藤は僕に先立つこと約3ヶ月、18になると同時に、二輪の免許を取った。
何故四輪でなく荷物も運べない二輪なのか、僕には分からないが
彼には騎馬民族の血でも流れているのかも知れない。





去る秋晴れの日、棋院から出ると、進藤がCMに出てくるような
大型のバイクを前の道路に横付けしていた。

そしてガードレールを挟んだその隣には金髪の美女、じゃなくて和谷。
二人は巫山戯ながら、何か言い争っているようだ。
和谷は僕に目を留めると、嬉しそうに


「あ。おい!塔矢!」


おいと呼ばれるほど親しくもないと思うのだが、和谷流の人なつっこさだろうと
飲み込み、我ながら中途半端な笑顔を浮かべて近づく。

進藤は。

進藤は、人間が生涯で何度浮かべるかと思うほどの、満面の笑み。


「紹介するぜ、塔矢。こいつ、オレの恋人!」


どうだ!見ろ!
と言わんばかりの、最高に得意げな顔。
かっこいいだろ?かっこいいだろ?
口には出さないが、全身からオーラが立ちのぼる。
かっこいいと言わなければ殴りかかって来んばかりの無言の圧力さえ感じた。


「あ、ああ。とても格好いいね。」

「だろう?あ、照れてやがるぜ、コイツ!」


何がどう照れているのか分からないが、進藤はいかにも愛おしそうに
そこらじゅうを撫で回す。


「ぴかぴかしていて・・・鉄の、馬みたいだ。」

「!」


進藤は息を呑むと、顔をくしゃくしゃにして両手の指で僕を差し、
激しい勢いでブンブンと首を振って頷いた。
思わず少し後ずさってしまったが、どうも声も出ないほど喜んでいるらしい。


「そ、そうなの!鉄の馬なの!オレ、もう、昨日外に毛布持ち出してこいつと
 一緒に寝ちゃって風邪ひきそうになってさ!だって、一刻も離れたくなくて、」

「あ、あそう。」

「なあ、進藤。じゃあさ・・・」


和谷が後ろから僕の両肩に手を置く。
只でさえ知らない人に触られるのは緊張するのに、どうも必要以上に
力が入っているような気がしてならない。
手を置く、というよりは逃げないように掴まれているような。


「オレじゃなくて、塔矢がいいじゃん。」

「ああ、それでもいいけど。」

「何が。」


和谷はいよいよ肩を掴む手に力を込める。
本能的に「逃げなければ」と、鞄を前に抱えて身を捩るが、今はもう
あからさまに逃すまいと後ろから抱きしめて、肩を顎で刺す。


「離せよ!」

「言うこと、聞く?」

「何が!」

「聞くなら離す。」


まるで女の子が嫌がることをして喜ぶ小学生のようだと思った。

揉み合う内に目の前のガードレールに体を押しつけられて、
スーツの布地に白い粉が付着する。
こんな事がなければ気が付かなかったし、別に気づかなくても
全然構わなかったチョーキング現象。


「あのね、今僕たちがどう見えているか分かるか?」


スーツ姿の真面目そうな少年。
いやがる少年を拘束する、くだけた服装の少し年長の少年。
その脇で大型バイクに跨って不敵な笑みを浮かべる前金髪。


「あ。」

「・・・・・。」

「あっはっは!ゴメンゴメン!なんかカツアゲか誘拐犯みたいだよな!」


手を離してホールドアップの姿勢をとりながら、爆笑の和谷。
笑い事じゃないぞ。全く。


「で、一体何なんだ。」


スーツの袖を叩いて白い粉を払い落としながら聞く。


「いや、進藤がさ、その新しい恋人の後ろに誰か乗せたくて
 仕方ないらしいんだよ。」

「ああ。」

「そんでさ、塔矢、家まで送って貰ったら?」

「そうか。ならお願いしようかな。」

「ええっ!?」


自分で言っておいて、大げさに驚愕する和谷。
それを見て、なんだよーと膨れっ面の進藤。


「どうしたんだ。」

「いや、あの、怖くねえの?」

「怖いって・・・。免許は持ってるんだろう?」

「うん!見せてやろうか。」

「いや、いい。」

「バイクの後ろ、乗ったことあるんだ?」

「ないけど、別にただ座ってればいいんだろう?」

「ああ、カーブの時とか、ちょっと体重移動に協力してくれれば十分だから。」

「意外と命知らずだな。」

「縁起でもねーこと言うなって!」

「その免許、やっぱり見せてくれるか。」

「塔矢までなんだよ〜。和谷がいらねえこと言うから。」



また睨み合いはじめた二人に、じゃあ荷物を減らしてくる、と言い置いて
一旦棋院に戻る。

再び出てきたときには和谷の姿はなかった。



「何。喧嘩したの。」

「いや、伊角さんが出てきたから一緒に帰ったよ。」

「そう。」

「お前にも『気を付けて帰れ』って伝えてって。」

「ああ・・・。和谷ってほとんどしゃべったことなかったけど、
 何というか、すごく親しげだな。」

「はははっ。和谷も言ってたぜ。」

「何て。」

「『塔矢ってしゃべりにくいと思ってたけど話してみるとそうでもないな』って。」

「別に、今までも普通だったし、今日だって普通にしてたよ。」

「それに・・・・・。」

「何?」

「お前が年上を呼び捨てにするの、初めて聞いた。」

「あ?あ、そうか。」


進藤がいつも呼び捨てにしているから、つい自分の中でも和谷は和谷だった。
本人とは親しくなくても、進藤の中の和谷の事はよく知っているから。


「そうだよ。」


僕に明るい笑顔を向けた。

明るすぎる、笑顔だと思った。







底知れぬ淵に飲み込まれるような疾走感。

初め腰に手を回せと言われたときは躊躇してしまったが
今は嫌も応もなく全力で頼りない細い腰にしがみつく。

免許があるとかないとか、そんなことはどうでもいいと思うようになった。
免許っていうのは、免状のようにある程度の技術を保証するものであって、
それが取れたということは、すなわちドライバーとしてプロであり、
絶対安全運転を出来る者だという証拠だと思い込んでいたが。


・・・だったら交通事故なんて起こらないよな・・・。
後で気づいてももう遅い。

分厚くて重いヘルメットをかぶったときは重厚すぎて少し笑ってしまったが、
それだけの装備が必要なほど、

危険なことだったんだ。

しかも、

進藤は僕の家の付近を通り過ぎて、山の方へ。


「おい!」


無視か?
いや、風とエンジン音に遮られて聞こえないのか。


「おい!」


遠い。

これほど進藤と密着した事はなかったのに、今ほど遠く感じられた事もない。

背中から少しでも離れるのが恐ろしくて、もう声を掛ける気力もなかった。
ただただ進藤を後ろから、
抱きしめる。





「なあっ!」

「・・・・・はっ?何か、言ったかっ?!」

「このまま、」

「ええっ?!」

「このまま、いこうか!」



え、何処へ。
というか、家に送ってくれる話はどうなったんだ。
勝手にドライブにしてくれて。
僕は命の危険まで感じているというのに。

山道のカーブを曲がる度に、終わった、と目をつぶり、何度目かに
目を開けると、ライトに照らされた(もう日が暮れていた)白いガードレールが
浮かび上がった。

一瞬だったが、それは酷く歪んで折れ曲がっていて、白一色ではなくて、
何か色がついていて。
打ち捨てられたような、茶色い、花束。



・・・逝こうか・・・



え?

ふいに自分の頭の中に浮かんだ文字に、ゾッと背筋が凍る。



進藤。

何故。

ごめんだ。

折れた

ガードレールの白い粉。

和谷。

肩を掴む指。

助けて。

明るすぎる、笑顔。

無器用そうに碁石を摘む、指。

本因坊。

おかあさん・・・・。













勿論そこで進藤と心中していたら、僕は18歳を迎えることもなかったわけだが
あの日は、心底怖かった。
気が済むまで山道を攻めた進藤は約束通り僕を送り届け、


「お前がしがみついてくるのが楽しくってさあ、ちょっと遠回りしちゃったよー。
 でもまた棋院から帰るときとか、時間が合えば送ってやるから。」


なんてあっけらかんと言うものだから。

僕は自分の誕生日まで進藤と顔を合わせないように気を付けながら、
教習所に通っているわけだ。


ねえ、進藤。今度は僕が送って上げるよ。
ちょっと遠回りしてしまうかも知れないけどね。






−了−








※個人的に思い入れのある物。
 色々深読み出来るように工夫したつもりだけれど。
 健全なのか不健全なのか。一体カプリングは何なのか、
 想像して楽しんで下さると嬉しいです。




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