011:柔らかい殻
011:柔らかい殻






『すみません〜、大事な秘蔵っ子を。
 可愛がりますね(*^_^*)
 楽しみにしています。

 また今度面白い標本が手に入ったら送ります♪

 芦原 
 beatle@ns2.00000.ne.jp           』





送信してからふ・・・と溜息が漏れる。

本当は生き物なんか欲しくないんだけどな〜。


手合いで出張することも多いから生きてるのは無理だってのに
もうすぐサナギになるし温度管理だけしておけば触らなくていいからって・・・。
成虫になったらどうしたらいいんだってんだよね。




地方のクワガタやさんが、自分の育てているオオクワガタの産んだ卵が孵って
幼虫が大きくなりそうだから一匹分けてやる、と言ってきた。

ボクは今のところ標本専門だから、って一旦は断ったんだけど
まあ自慢半分だから、と強引に送ってくれることになった。
確かに自分とこで大きなオオクワが出来たらそりゃ自慢だろうけど。





3日後、意外と大きな段ボールが届いてびっくりした。
でも緩衝剤を除いたらこれまた意外に小さな菌糸瓶が出てきた。

幼虫は中の方にいるのか全く顔を見せない。
でも、だんだんワクワクしてきた。

生きている虫を飼うのは院生時代以来だ。
プロになってすぐは忙しかったわけじゃないけど、大人になったら
そういうのは卒業しなくちゃ、と思った。
だからそれ以来標本ばっかり。

どのくらいの大きさなんだろう。
成虫より二回りぐらい大きいとして・・・。

っていうかドコに置こう。
やっぱ「標本室(はぁと)」かな。
周りが大人の死体ばっかりだったら気持ち悪いかも知れないけど
ちょっと我慢してよ。
キミもその内仲間入りするんだからさ。





そのまましばらく忘れるともなく忘れていたんだけど、
ある晩いつも通りにオレの持ってるオオクワたちに見惚れていると
背後で微かな気配がした。

いや、気配と言える言えるほどの気配でもなかったんだけど、振り向いてみると。

静かな棚の一部に違和感がある。
ガラスの菌糸瓶の内側に、動く物がある。


「おお!オオクワの幼虫くん、はじめまして!」


思わず立ち上がって寄って行った。
オレンジの頭が、可愛く小刻みに動きながらおがくずを蹴散らしていく。
ガラスの壁にぶつかって、少し戸惑っているようだ。

それにしても・・・でかい!

幼虫が成虫よりでかいのは当たり前だ。
でも、いつもあまりにも成虫の標本ばかり見慣れてしまっていたので、少し驚いた。

いや、それにしても・・・

これって、順調に行けば、80ミリに迫るんじゃないか?


「凄いな、キミ!オオクワの幼虫くん。」


サナギになるのが楽しみ過ぎる。
後でもう一度お礼メールを送っておこう。

おお、モリモリ食べてる。もっと食べてよ。
もっともっと大きくなってよ。

なんと将来が楽しみな、オオクワの幼虫。

・・・じゃ、ちょっと呼びにくいな。


「アキラ・・・。」


オレはその幼虫に「アキラ」という名前をつけた。






アキラが瓶の外側から見える範囲に顔を出したのは、その後1回だけだ。
もしかしたらもっと出てたのかも知れないけれどボクがいない時だったのかも知れない。

何日も見なくても、どうせ中の方にいるんだろうし、
食べ物に囲まれているわけだから心配はない。
大きくなるべく万全に整えられた環境の中でぬくぬくと育っていくアキラ。

どんどん大きくなってくれよ。

姿が見えなくても、オレはアキラのことを忘れたことなんてなかった。


なんと将来が楽しみな、アキラ。






それにしても・・・最後に姿を見てから2週間も経つと、流石に気になってくる。

今アキラはどの位の大きさなのかなぁ?
いやそれよりも元気なんだろうか。



オレはある晩ついに我慢できずに、菌糸瓶の蓋を開けた。
割り箸で慎重に慎重におがくずをかき分けてみる。
少しづつ傾けてみる。

なかなか出てこない。

かき分けたおがくずがすぐに落ちて埒があかないので、ついに紙を広げて
スプーンで掻き出してみる。

やがて底の方に。


「・・・アキラ・・・。」





アキラは無事だった。

サナギになっていた。

でも。






「オマエってこんなにちっちゃい奴だったのか?」


あの、将来を予見させた大いなる頭部は何処へ行ったのだろう。
あの、モリモリと食べていたおがくずは彼の身にならなかったのか。

窮屈そうにオオアゴを曲げて縮こまった姿を見る。

まあ、羽化したら顎も足も伸びる訳だから・・・。
でも殻の分一回りは小さくなるよな?

そう言えば、こんなものだっけなぁオオクワの幼虫って。






まあ、それでも72〜3ミリは行くかも知れない。
それだって充分大きいじゃないか。
期待が大きすぎたんだ。

あんまり期待しすぎたら、アキラが可哀想だよ。



なんて思いながら茶色くなったアキラをそっと摘んで掌に乗せてみる。

ちょっと前まで白っぽくてぷよぷよしていたアキラは、今は
茶色い皮に包まれて硬く、どっしりとした成虫になる時を待っている。

不思議だよな。

なんであんなに白くて柔らかい物が、黒くて硬くいものになるんだろ。
あの黒い羽や顎は、一体何処から来るんだろう。



この柔らかい殻の内部では今、どんな作業が行われているんだろう。



なんてもっと早く疑問に思うべきだった事かも知れないけれど。

オレは、アキラの腹を持って、ぱき、と割ってみた。






大して面白くなかったんで慌てて戻したけれど、合わせ目からどろりと汁が出て、
ああ、もう戻らない、と思った。


しばらくどうしようか考えたが取りあえずアキラを置いてPCを起動し、
アキラの養父に自分の不注意でアキラを死なせてしまった旨をメールで送った。

ちょうど見ていた所らしく、すぐに「(笑)」というタイトルの返事が返ってきた。
よくある事だから気にするなという内容だった。

彼が本当に(笑)な気持ちで送ってくれたのかどうかは分からない。





少し日参している昆虫サイトを見てから、また電源を落とす。

アキラの所に戻ったけど生き返っていなかった。

でも、乾燥している標本と違って、そのままゴミ箱に捨てる訳には行かない。
一瞬衣を付けて揚げて食べちゃおうか、なんて思い付いて、
くっくっ、と自分で笑ってしまう。

だってさ、サナギになったアキラの中身ったらさ、

カニクリームコロッケにそっくりだったんだ!



とバカバカしい事を考えるのはやめにして、取りあえず何枚かのティッシュでくるむ。
そのままビニール袋に入れて捨てても良かったんだけど、
今夜は涼しくて、そしてキレイな月夜だ。






片手にアキラ、片手に小さなスコップを持ってマンションの階段を降り、
エントランス近くの植え込みに向かう。


「この辺で、いいかな。」


一応クヌギっぽい木の根元に穴を掘った。
アキラがもし羽化していたら、登りたくなったであろうクヌギ。

スコップで土を掻きながら何となく思い出す。

やわやわとしていた大きなアキラ。
美味しそうにおがくずを食べていた。

オレはオオクワが大好きだけれど、エサを食べている所ってもう長いこと見てなかったんだ。



頬が熱い。



結局二回しか会わなかったけれど、
ボクはキミが育ってくれるのをとっても楽しみにしていた。

キミが大きな成虫になったら標本にしようと思っていたけど。

別に大きくならなくても、
キミをこのクヌギの木に止まらせてやれば良かったんだ。

別に大きくならなくても、
キミがオオクワガタであることには変わりはないんだから。





穴の底にそっとアキラを寝かせる。



柔らかい殻から出る事なく終わってしまった彼の生涯。

伸びることの出来なかったアキラの立派なオオアゴを思ってオレが流す涙を


月が見ていた。





−了−





※何故オオクワに「アキラ」なんて名前を付けるかとか
  芦原さんってこんな人だっけ?とかは『日々是盲日8』にて。
  いや、あんまり説明になってないんだけど。

  盲日の芦原さん×アキラさん、とある人に言われたのでやってみたが全然違いますね。
  また今度再挑戦するかも。断言はできない。

  追記:こともあろうにキリリクで再挑戦してしまいました。→「騎馬民族」













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