001:クレヨン
001:クレヨン









授業が早く終わる日は、あかりに捕まる前に学校を飛び出し、
一人で足の向くままにふらふらと彷徨う。

いつもより足を伸ばすと見慣れないお屋敷街に来てしまって。
どの家も塀が長くて庭がある。
こんなとこ住みてえなー。でもやっぱ不便なのは嫌。


「二階堂」。
おお、いかにも金持ちそう!



「住友」。
って、銀行とかである、あの住友さんじゃ・・・ないよな?どうなんだろ。



「藤原」・・・・。

・・・なんてよくある名字。
オマエの血を引いてるかも知れない人は、
今もこうやって日本中で栄えてるんだよ・・・。


の隣のひときわ長い塀の真ん中にある門には、



「塔矢」・・・・。

・・・って、あの塔矢か?
だって凄く珍しい名字だよな?他で聞いたことねえもん。

でっけー家!
こんな家に住んでる人って別世界って感じだけど、自分が知ってる奴かも
知れないって思うと不思議な感じだよな。

でも・・・ブルーな気分になる。
だって、碁を思い出す。アイツの真剣な瞳。

そのまま通り過ぎかけたけど、でも少しだけ好奇心が優って踵を返した。

いや、ピンポンダッシュなんてしねえよ。
ちょっと確認してみるだけ。




『・・・はい?』

「あ、あの、こちらにアキラくんっていますか?」

『どちらさま?』

「オレ、進藤って言って、その。」

『アキラはまだ学校から帰ってないんですけど、』

「あ、ああ!すみません、じゃあいいです。」

『ちょっと待ってらしてね。』

「いや、あの!」


げー。どうするよ!
ダッシュで帰る?
でも名前言っちゃったしなぁ。


からからから・・・。


「こんにちは。」

「こ、こんちわ。」

「アキラはもうすぐ帰ってくると思うから上がって待ってらして。」

「い、いやホントに。約束してた訳じゃないし、」

「あら。いいのよ。あの子も喜ぶわ。」


喜ばねーよって。碁は打たねえし。
ああ・・・ますます困った・・・。
このお母さん、優しいのになんか逆らえないんだよなぁ。

前あんな別れ方したんだもん。
ぜってーアイツ驚くよな。いや、怒るかも。
・・・どうしよ・・・。




「居間、は気を使うわね。アキラの部屋でお待ちになる?」

「え、いや、」


部屋でって・・・。
普通イヤだろ。自分の知らない間に他人が部屋に入ってたら。
オレなんか親でもイヤだもん。佐為は別だけど。

でも、確かに居間とか落ち着かねえよな。

なんてお母さんに着いて廊下を歩いてたら、障子をあけっぱなしの和室に着いた。

あ、なるほど。こんな感じだったら確かに部屋に入ったりするのも抵抗ないよな。
ドアがない、ってのはプライバシーっての?秘密が持てない感じだ。
まあ秘密なんてないんなら別にいいんだろうけど。


「今飲み物を持ってくるわね。お座布団も持ってきた方がいいかしら?」

「いや、ホントにいいですから。そこにでも座ってますから。」


「そこ」というのはシンプルな学習机の椅子だ。
アイツの部屋・・・。塔矢っていつもこんな部屋で過ごしてるんだ。
背中から荷物を下ろして机の脇に置かせてもらう。

物が少ない。
てゆうかベッドがないだけで、随分広い感じがする。
オレのよりすっきりしてるのに、どっしりとした机。
それに凄く綺麗だ。アイツ、勉強してないのか?
机の上の本も、教科書や辞書、なんか最低限の物しかない。
汚い物とか無駄な物が置いてない。

つまんねー奴。

立ち上がって一つだけある本棚の方に行くと、わ、碁関係の本ばっかりだ!
あと図鑑・・・本・・・あ、これ知ってる。昔の読書感想文の推薦図書だ。
オレもこれで書いた。あかりに粗筋だけ聞いてなんか適当な事書いた覚えがある。

って。

これだけ?
マンガが一冊もない!嘘だろ!
暇つぶせねーじゃん!

もしかして押入の中かなぁ・・・・。
と白い戸を見ていると、

ぱたぱた・・・。

足音が。


「進藤さん?紅茶で良かったかしら。」

「あ、はい、すみません。」

「ここに置いておくわね。」


あー!びびった。押入なんか開けてなくて良かった。
塔矢っていつもこんな感じで過ごしてるのかなぁ?
いつ人に見られてもいいような生活・・・。




仕方なく机の所に戻って椅子に座る。
紅茶にたっぷり砂糖とミルクを入れて啜る。

ん〜、やっぱりつまんねえ机だな。
落書きもねえし。
オレなんか落書きし放題のシール貼り放題の、そういう方が賑やかで
楽しいと思わねえ?

でもこのつまんなさが塔矢っぽくもあるよな。
碁一筋!って感じでさ。





飲み終わってしまうと一層暇を持て余した。
あ〜あ。怒ってもいいから早く帰ってこないかなぁ。

あ。カッターの痕発見。
ははは。やっぱりこういうドジも踏むんだ。
いつもカッター使うときは下敷き敷けって言われても、ちょっと切るくらいで
そんな面倒くさいこと出来るかってんだよなぁ。

そのカッターは・・・引き出しの中、か。


・・・やっぱ開けたらまずい、かな。
見られたくねえよな。

でも、意外と引き出しの中はぐちゃぐちゃだったりして。
んでマンガとかゲームとか隠してあったりして・・・。

じゃないとおかしいよな?
同じ年でこんな愛想もクソもない部屋に住んでて維持してるなんて、信じられねえよ。

まあまあ、いいじゃん。
ぐちゃぐちゃでも同じ男なんだから気持ちは分かるって。

開けちゃうよ?

えい。





・・・・予想通りというか期待を裏切られたというか。

引き出しの中は部屋と同じくきちんと整理されていて、文房具が種類毎にきっちりと
並べられていた。
こういう、文部省推薦みたいな奴が本当にいるんだなぁ。


手前に鉛筆、ボールペン、シャーペン、シャーペンの芯、マジック。
奥に三角定規・・・とこれ、色鉛筆。

わー懐かしいなぁ。色鉛筆なんて最近使ってねーもんな。
取り出してみる。金属の蓋が、一カ所しかへこんでない・・・。
ベコベコでまともに閉まらなかったオレのとえらい違いだ。
「3年2組」だって。ぷぷ。
その下にシンナーで消したらしい「2年・・・」とか言う文字がうっすらと見える。
3年以降は書き換えてねえんだな。

満足して戻そうと思ったら、その下に。


クレヨン。


もっと懐かしい!
この紙の箱。オレが使ってたのと違うやつだけど。
蓋があるだけでも奇跡的なのに、破れてない。
アイツどんな子どもだったんだ?

いそいそと取り出してみると、

「だいだいぐみ とうやあきら」!

ぷぷー!!
そうかそうか、アイツだいだい組だったんだ!
オレ「ひまわり組」だったよ!
オレが行ってた幼稚園は花の名前だったけど、アイツんとこは色の名前だったんだな。
いや、果物の名前か?
あのオカッパもな、そりゃさぞかし可愛かっただろうなぁ。




調子に乗って蓋を開けてみる。
ああ、中は流石に汚れてるな。オレの程じゃねえけど。
でも折れてるのが一本しかない。凄い。
割とキレイに上から使ってある。
結構絵描くの好きだったのかな。

・・・・アイツ、青と黄色が好きなのか。

色の中では青、水色、黄色しかほとんど減ってなかった。
あと、黒。
多分黒で輪郭描いてから中を塗りつぶすタイプだ。
でもそれって黒が滲んで全体にぐちゃぐちゃになりやすいんだよな。

それに、何故か白も減っている。
オレは全然使わなかったと思うんだけど。


あ。
まさか。


画用紙の上に升目を描き、そこに黒と白のクレヨンで
丸を配置していく生真面目な顔をした幼稚園児が目に浮かぶ。

うっわ・・・。
まさかな。それって可愛くねー!ってか怖い〜!
でもありそうー!


そーんなさ、姿が苦もなく浮かんでしまうほど
小さい頃から真剣に碁に打ち込んで来ました!って顔に書いてあって。

そういうのっておかしくて、おかしくて、

・・・涙が出そうにやりきれない。


アイツはきっとこの先も、一生。




思わずつっぷして笑ってしまっていたので気付くのが遅れた、
入り口で立ちすくむ

塔矢。



「わー!!脅かすなよ!」

「普通に来たんだけど。」


眉を寄せて、物凄く不審そうな顔をしている。
そりゃそうだな。
自分が留守の間に他人が部屋に上がり込んで笑っていたら
不審な上に不愉快なことこの上ないだろう。


「あ、ゴメン・・・。」

「何しに来た?」


眉を寄せたまま鞄を机の横に掛けようとして、そこにオレの荷物があるのを見て
また眉間のしわが深まった。


「ゴメンゴメン、今どける。」

「・・・・・。」

「アキラさん。」


わ、またびびった。慣れねーなぁ。こういう部屋。


「お紅茶とお菓子、ここに置いておいていいかしら?」

「・・・はい。」

「ゆっくりしてらしてね。進藤さん。
 アキラのお友だちが遊びに来てくれるなんて珍しくて、嬉しいわ。」

「はあ・・・。」



ぱたぱたぱた・・・・。
遠ざかる足音。
いいよなぁ・・・ああいうキレイで優しいお母さん。


「・・・遊びに、来た訳じゃないだろう?」

「いや、なんつーか。」

「打とう。」

「へ?」

「碁を打ちに来たんだろう?」

「打たない。」

「ふざけるな!・・・・とにかく打とう。」

「打たないっつったろ。絶対打たない。」

「何だって?」

「他のことして遊ぼうぜ。」

「は?」

「オマエ、マンガとかゲームとか持ってねえの?」

「そんなもの持ってない。よしんば持っていたとしてもどうしてボクが
 キミとゲームなんかしなくちゃならないんだ?」

「えーいいじゃん。碁は打たねーんだよ。他のことして遊ぼう。」

「断る!打たないなら何しに来たんだ!」


な、何?コイツなに怒ってんの?
前のことまだ怒ってんのか?
あ・・・でも、確かにオレとコイツの繋がりって・・・碁だけだよな。


「・・・え・・・と・・ゴメン・・・オレ、勝手にオマエのこと友だちだと思ってて・・・」

「・・・・・。」

「へ、変だよな。碁しか打ったことないのに。か、帰るよ。ゴメン。」

「・・・いや、悪かった。友だち、だよ。だからそんな、」

「ホントに?!じゃあ何かして遊ぼうぜ!」

「碁を打って遊ぼう。」

「やーだね。打たないんだってば。あ、そうだ!このクレヨン使おうぜ!」

「キミは他人の引き出しを勝手に、というか何故クレヨンなんだ!」

「懐かしいじゃん。いらない紙ない?なんか絵、描こうぜ。」

「碁は、」

「あ、お菓子もらうね。」


塔矢は気のせいか少し引きつりながら押入の中から画用紙を引っぱり出した。
あ、ホントに押入の中にもマンガはなさそうだ。


「何描こう?」

「・・・好きなもの描けば。」

「オマエも一緒に描くんだってば。」

「分かった。」


塔矢は黄色いクレヨンを取りだしてティッシュを巻き(キレイ好き〜!)、
一人で画用紙にさっさと直線を描き始めた。


ってこれ!


「おねがいします。」


次に黒いクレヨンを持って、ぐりぐりと。


「次はキミだ。」


白いクレヨンを差し出す。


「あっはっはっは!」

「何がおかしい。」

「だって、だってオマエ、」


コイツって幼稚園の時からこんなんじゃねえの?
変わってないんじゃないの?
おもしれー奴!!


「・・っはっは・・・。いやいや、だから碁はしねえって。ホラ。」


画用紙を一枚めくって、塔矢に青いクレヨンを差し出す。


「好きなんだろ?青。碁盤以外の絵を描けよ。」


黄色と黒と白の使い道は分かったから、きっと本当に好きな色は青なんだろう。
でも塔矢は戸惑ったように考え込んでいる。


「オマエさー。偶には碁以外の事考えろよ。小さい頃そのクレヨンで何描いてた?」

「ボクは・・・・。」


やがて塔矢は諦めたように溜息をつき、手を動かし始めた。
いやでも。


「絵は苦手だったから・・・。」


ぐりぐりぐり。


「何か描けと言われたら、いつも・・・。」




青と水色の濃淡で塗りつぶされてゆく画用紙。


「空?」

「うん。」

「・・・じゃあさ、ここと、ここは、塗らないで。」


白いクレヨンで印を付ける。


ぐりぐりぐり。


んで空いたスペースにオレが、


「・・・鳥・・。」

「うん。オレも絵は苦手だけど鳥だけは得意なんだ。」



出来上がった絵は、青い空に浮かぶ雲と、鳥。



「すごい。これだけで随分絵らしくなるんだね。」

「そうだろ?」

「白い部分を塗らないで残して雲にするなんて、考えつかなかった。」


お互いに出来る事を持ち寄って出来た、一枚の絵。


・・・塔矢の空をオレの鳥が飛ぶなんて、普通なら考えられない。

なんてレアな、出会い。

なんて青い、空。







・・・「じゃあオレ、もうそろそろ帰るわ。」


なあ佐為。やっぱりアイツと碁を打つべきだったかなぁ?
今日って変な日だったかなぁ?


机の横のランドセルを取り上げる。


・・・そんなことないですよ。塔矢も楽しそうでした。
   私は打ちたかったですけどね。


はははっ!オマエにはまたいつでも打たせてやるよ。



それが佐為とオレと塔矢との小学生時代最後の思い出だった。




−了−







※実は小学生時代の話。
 この頃からカウントダウンは始まっていたのか。

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