087:コヨーテ








エレベーターに一人で乗っていると、扉が閉まる寸前に塔矢が滑り込んできた。
オレに目もくれず外にいる人に向かってにこやかに会釈をしている。

そして扉が閉まると共に今気づいたようにこちらに顔を向けた。
さり気なく目を逸らしたが塔矢は素早くオレの首を掴んでダン!と
壁に押しつける。
痛ってー!と顰めた顔に、無表情が近づいてきた。

しゅうぅ・・・。

Gの移動と共に、押しつけられる唇。
やがて離れていった塔矢の目は細められて怒りを含んでいる。


「・・・キミ、キスする時は目、閉じろよ。」


キス?
そんなものした覚えねーんだけど。
ただ、唇を歯で噛まれて痛かった・・・。







三連敗した方が、三連勝した方に絶対服従。

そんな冗談を言いだしたのは、どちらだったか。
うう、多分オレだろう。
勿論自分が勝つつもりだったし、そしたらあの塔矢アキラをパシリに使ってやれとか
進藤くん、とでも呼ばせようか、今思えばたわいもない想像にオレは浮き浮きしていた。

でも、オレ達が真剣勝負をすると連勝は出来るものの、三連勝となると
なかなか難しかった。
それはお互い様で、だけどそんなちょっとした遊び心を入れるだけで
一局一局に燃えて楽しかったものだ。

決着がついたのは、先月。
連敗して後がないオレは、それでもいつもここ一番では勝てたから慌てていなかったし
冷静に打てたと思う。
でも・・・。


「・・・ありません。」


声を絞り出した時、どれ程口惜しかったか。
それを聞いて塔矢も気が抜けたように長い溜息を吐いた。


「ありがとうございました。」

「ありがとうございました。」


石を片付けながら、


「あー!もう!」

「これでボクの三連勝だね。」

「わーってるって。絶対服従だろ?でもすぐに取り返して立場逆転してやるかんな。」

「楽しみにしているよ。」


絶対と言っても、理由なしに対局を拒否したり負けを強要したりするのは
勿論ナシだ。
いいさ、しばらくは塔矢に服従生活でも、すぐに三連勝して顎で使ってやる・・・。
そう、軽く思っていた。


「で。取り敢えずどうする?」

「そうだな・・・今家に誰もいないし、夕食にでも付き合って貰うか。」





連れて行かれたのは高級って事もない、でもしっとり落ち着いた和食の店で
オレ達はさっきの検討をしながら楽しくメシを食った。
んでそこの会計は当然オレが払うのかと思ったけど、ワリカンだった。

塔矢の絶対服従って、甘い?
晩飯に付き合ったりするだけでいいの?

楽なもんだ。
っつかあんまり屈辱感もなくて面白くねえよな。
オレが勝ったら、こういうゲームの醍醐味を教えてやる。

なんて思ってたオレの方こそ甘すぎた。

塔矢が考えていたのは、そんなこぢんまりした事じゃなかったんだ。




店を出てそのまま帰るのかと思ったら、塔矢はオレを連れて
どんどん怪しい地帯へ踏み込んでいった。


「お、おい。帰ろうぜ。」

「どうして。」

「だってこんなトコ子どもが歩いてたら目立つよ。」

「そうでもないよ。二人とも制服を着ている訳でもないし。」


コイツ意外と肝が据わってやがる・・・なんて思いながら、一人ビビるのも格好悪くて
オレも平気な顔して着いていった。

やがて。


「・・・ここでいいかな。」


塔矢が立ち止まったのは、いかにもラブホでござい!というチープな装飾の建物の前。


「え!どうすんだよ。」

「入るんだよ。」


少し背の低いオレの肩に手を回して、押すように入り口に近づく。
あの塔矢が!ラブホに入ろうとしてるぜ!
あー、和谷とかに見せてやりたい。
まぁオレと一緒にだけどさ。


「ちょ、ちょっと待てよ。」

「絶対服従。だろ?」

「いやそうだけどさ、フロントの人にガキで男同士で入ってるの見られたらやばいって。」

「大丈夫だよ。フロントなんてない。」


何でんな事知ってんだ、と思いながらも促されて進む。
勿論オレはこんなトコ初めてで、手が震える程どきどきした。
でも、塔矢も緊張してるみたいで、入り口を通るとき指でオレの肩をぎゅっと掴んだので
却って少し落ち着いた。

開いた自動ドアの前で一旦立ち止まり、強張った顔を見合わせる。
そしてお互いを勇気づけるように小さく頷き合って、えい、と未知の世界を探検する
一歩を踏み出した。


確かに中には人はいなかった。
フロントがあるべき位置には部屋の中の写真が沢山貼ってあるだけ。
そのランプがついているのの中から選んでいいみたいだ。
ってことはランプが消えてる部屋は既に入ってるって事で、こんだけのカップルが今
最中って訳か・・・と思うと自然にニヤニヤしてしまう。


「どの部屋がいい?」

「ん〜、面白い所がいいな。いかにもって感じの回転ベッドがあるトコとか。」

「そんなのなさそうだよ。」

「じゃあどこでもいいよ。あ、カラオケある部屋な。」


オレは塔矢にこうやってラブホに連れ込まれる、というシチュエーション自体が
罰ゲームだと思っていた。
確かに口惜しいような、ある種屈辱的なそんな気持ちが湧いて、
それはこのゲームに相応しい。

でも中に入ってしまえばもう同じだから、中を「社会見学」してから
ゲームしたりカラオケしたり、塔矢と一緒にエロビデオ鑑賞は、ちょっと辛いか・・・。
とにかく適当に遊んで帰るつもりだったんだ。
塔矢の奴、堅物な顔して洒落た事考える、なんて思いながら。




「あ。あの部屋だ。」


薄暗い廊下を進むと、部屋番号が点滅しているドアがあった。


「・・・それじゃ、入ろうか。」


一緒に悪戯をする子どものように、またどきどきしながら顔を見合わせて
ドアを押す。

・・・中は、窓が暗くてベッドがやたら大きい以外は
普通のビジネスホテルとそんなに変わらなかった。


「・・・割と普通だな。」

「そうだね。」


もっとこう、下品でやらし〜感じを想像してたんで、やけに清潔感溢れる内装に
がっかりする。
冒険が、既に終わりに近づいた気がして寂しさを紛らわすように
勢い良く巨大なベッドにダイブした。

ぼよ〜んぼよん。


「おお!さすがにいいスプリング!おまえも来いよ。」

「その前にシャワー浴びてきていい?」

「あ、うん。せっかくだからオレも後で浴びよ〜っと。」

「一緒に入る?」

「よせよバカ。」


そんな友だち同士の会話をしながら。
照れたような顔をしながら水色のぶかぶかのバスローブ着て出てきた塔矢が
ちょっと可愛いな〜なんて思いながら。

オレはまだ、無邪気なガキだった。





「あれ?服着たの?」

「ったりめーだろ?おまえ自分だけ男物のローブ取りやがって。
 あんなピンクの短いのんなんか着られるかよ。」


オレがバスルームから出た時、塔矢はベッドの上で正座をして、
何かを箱から取り出している所だった。


「すぐに脱ぐのに。」

「・・・・・・え?」

「脱ぐんだよ、服。」

「え、待って。オレが?」

「他に誰がいる。」

「いやだって、」

「三連敗。」

「・・・・・・。」


くっそー、塔矢の奴豹変しやがって。何考えてんだ?
と思いながら今着たばかりのTシャツとジーンズを乱暴に脱いで椅子に叩きつける。


「脱いだぜ。次は踊る?」

「踊らなくていい。トランクスも脱げ。」


・・・コイツ、たま〜に多重人格かと思うよな。
にこにこと愛想のいい塔矢、碁を打ってる時の激しい塔矢、
こうやってやけに冷たい目をして、静かだけど有無を言わせぬ塔矢。
同じ人間かと思う程だけど、二番目の顔と三番目の顔を知っている人間は多くない。


「何?おまえ、男のハダカ見る趣味でもあんの?」


腰に手を置いて、ぶらぶらさせながら塔矢を見下ろす。


「ベッドに寝て。」


自分の隣をぽん、と叩く。
まさか。な。
・・・オレの体に変な悪戯したりしないよな?
塔矢アキラだもんな。

少し気味悪く思いながらも、真っ裸でベッドの上によじ登って
膝を曲げて仰向けに寝ころび、腹の上で手を組む。


「足を開け。」

「待てよ!何のつもりだ?」

「キミが三連勝してから聞いたらいいよ。」


塔矢が・・・普段通りの声なのが怖い。
『絶対服従』。軽く言ってしまった自分の声音の記憶が怖い。

でも、まさかまさかと思いながら、オレは急に重くなったような膝を、ゆっくり開いた。
塔矢は、ガウンを着たままオレの足の間に腰を入れてきた。


「なあ。何か気持ちの悪いことしようとしてる?」


股で擦りあいっことか。うわぁ、気色悪そう!
嫌がらせ?でもそれってお互いに気持ち悪いよな。
でもされる方はよけい嫌かな。


「うん。」


オレとは対照的に軽く頷いて、腕立て伏せみたいな体勢になった塔矢は
本当に腰を押しつけて来やがった。

足が更に開かされる。ってか。
・・・え?何で?
布越しに、だけど・・・硬い。塔矢の。


「え?まっ、ちょ・・・。」


慌てるオレが、押し返そうとした手首を掴んでベッドに押しつけ
塔矢は真上からオレを見下ろしながら腰を揺らし始めた。

うわぁ、いやだー!

ローブが捲れて、直接生暖かくて硬い肉に擦られる。
いつもの真顔のまま、でも少し口を開いてオレを見ていた塔矢の息が
少しづつ荒くなる。

ほ、本気かよ、コイツ。
ホントにこのままイッちゃう気?いや待てよ。待てって。

思いも寄らなかった展開に驚いている間にぬるぬるとして来て、
頭の上の顔が目を閉じた。


アッ・・・


声にならない声を上げて、塔矢の動きが止まる。
ほぼ同時に、オレの腹の上にびちゃびちゃと生ぬるいモノが掛かる。
そのままゆっくりと、またオレの足の間を往復して・・・。
塔矢の頬に、一筋汗が流れた。





塔矢って・・・変なんだ。

オレは男の前で出す事すら考えられない。
隣のクラスの奴がプール掃除の時間に何人かでやって、誰が一番遠くに飛ばせるか
競ったとかは聞いたことあるけどその場にいてもオレは参加しないと思う。

塔矢ならそんな時でも平気で勃起出来るのかな。
真面目そうだから想像付かなかったけど。

にしても男相手に、しかももっと可愛くて中性的な奴ならまだしも
オレ相手にイけるなんてかなり気持ち悪いけどある意味凄いよ。

ってか。


「塔矢、べたべたして気持ち悪い。」

「ああ・・・悪い。」


しばらく動きを止めていた塔矢は、オレの手首を押さえていた手を離して
物憂げに前髪を掻き上げると、オレの腹の上の自分のモノを指で掬った。

これ以上は言えない。「絶対服従」だからな。
でもラブホに連れ込まれて塔矢のセンズリに使われたなんて!
これも一生他人には言えない苦い思い出だな。





と思っていたら、そのベタベタな手で不意にオレのを掴んだ。
き、汚ねぇ。


「・・・なにすんだよ。」

「大きくなってるね。」


・・・って言うなって!
いや、恥ずかしい話、擦られるって事は当然オレのに当たる訳で、
そのもどかしい刺激や、普段澄ましてる塔矢のやらしい動きに、
そりゃちょっとは、オレだって男だし。いや男なのにというべきか。


「塔矢。」

「うん?」

「キモいからやめて。」


にっこり笑って言ったのに、応酬するように塔矢も上品に微笑んで


「嫌だ。」


・・・「変」を通り越して「変態」?
じゃなきゃ嫌がらせは徹底的に、ってタイプ?
ってのんびり考えてる場合じゃない。
どっちにしろ、ヤバいじゃん!これって!

案の定塔矢の指が、後ろに滑ってくる。


「おい、やめろよ。」

「やめない。」

「ウンコつくぞ。」

「キミには関係ないだろ。」

「あるっつの。オレの体だっての。」

「絶対服従。」

「にも程があんだろ?これ以上何かしたら、オレおまえの事嫌いになるかも。」

「それでもキミは、男の約束を破るような人間じゃないだろ?」


ぐ。
と詰まる。痛いところを・・・。
相手が適当な人間だったら、オレだって適当に対応するし約束だって破る。
でも塔矢相手だとなぁ・・・。

なんて考えている間に、マジでケツの穴に指の感触が。
き、きたねぇ〜!
っつかホント、生まれてこの方こんなトコ他人に触られた事ないし、
触られるとも思わなかったし、しかもその相手が医者でも何でもなくて塔矢だなんて。

これ夢?夢なのか?
と自問している間に、つぷ、指を入れられた。

う。うっわぁ〜〜〜〜!!
いーーーやーーー!!

き、ききき、・・・・・・


「一応コンドームは使うよ。」

「てめ・・・何でそんなもん、」

「部屋の中に自動販売機があるなんて、便利に出来てるね。」

「・・・・・・。」

「四つ這いに、なれよ。キミはボクの犬だろう?」




それからの事は思い出したくない。

とにかくまぁ、オレは男に・・・っつか塔矢に・・・。
う〜〜、信じらんねぇ。
というより信じたくねぇ。

肩を貸されてホテルから出る頃には、もう血の気もなくて
一人で立っていられない程足もガクガクしていた・・・。


しかも塔矢はその後も自分の家やどこかの薄暗がりで何度も似たような事を強要して、
その度にオレがひぃひぃ言いながら泣いて頼むまで続けるんだ。


「行儀がよくないねぇ。」

「犬はしゃべらないよ。」


へ・・・変態っ!何者?!
すっかりオレの飼い主気取りで人目がなけりゃやりたい放題。
いや、犬の飼い主でもああいう酷い事はしないよな。
ホントに何考えてんだ。
もう塔矢アキラのイメージ崩れまくり。
マジ友だちやめたい・・・。






だが、今はオレが二連勝。
今日は勝つ。絶対勝つ。

でも。
勝てたとして、一体塔矢に何やらせよう?
あれだけの事してくれたんだからな。生半可な事じゃ溜飲が降りない。
例えば幽玄の間で逆立ちさせるとか、裸で仕事に行かせるとかさ。

でもそれだったら絶対他人に事情聞かれるし、聞かれたらそんな変態な要求した
オレの人格が疑われるだけだし。
自分に迷惑が掛からない、塔矢以上の嫌がらせってなかなか難しいんだよな。


「お願いします。」

「お願いします。」


嫌がらせなぁ・・・。

そうだ、今度はこっちが塔矢に突っ込んでやるか!


オレは犬じゃない。
飼い主ヅラして油断してたらいつでもおまえに噛みつく
コヨーテだよ。









−了−









※ また無理矢理になった。不調・・・。






  • 戻る
  • SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送