085:コンビニおにぎり








塔矢ん家の庭で、蛍狩りするから来いって誘われたんだ。
びっくりだろ?個人の家で蛍って。
でもよく聞いてみたら専門家にわざわざ養殖して貰ってるみたいで、それ見る為に
塔矢門下の人たちとか先生の後援会の人とかいっぱい集まるのが毎夏の恒例行事らしい。

で、そのおこぼれで別の日にオレにも見せてくれるんだって。
そんなのな〜んだって感じだし、っつかそんなに塔矢と親しくもないし、絶対断る!って
思ってたのに、電話を受けたのがかーさんでさ・・・。


どうせなら泊まりがけ、なんて話にいつの間にかなってて、気が付いたら着替え持って
塔矢んちに来てておばさんに浴衣着せて貰ってたりして
「アキラさんがお友だち連れて来るなんて初めてだから嬉しいわ。」
な〜んて言われて。

違うとも言えず「いや、あの、」って狼狽えてたら隣で黒っぽい浴衣に着替えてた塔矢に睨まれて、
「はぁ、仲良くして貰ってます、」なんてちょびっと嘘吐いたりしてさ。
何やってんだオレ?何か不思議な気分。

でも芦原さんとか、門下の若い人も何人か来てたし、そんなに気を使うもんじゃなかった。





「あら、いやだ。」


ところが、おばさんが縁側に手作りのおにぎりやお酒を並べ終わったあたりで
遠くからゴロゴロと雷の音が聞こえてきて・・・
ぽつ、ぽつと庭の楓を揺らした大粒の雨はすぐに本降りになった。


「しまったなぁ。これじゃあ蛍狩りどころじゃありませんね。」

「そうね。折角来ていただいたのに。」

「でもこの間も見せていただきましたし。」

「ごめんなさいね、良かったらおにぎりやお酒を持って帰って頂戴な。」


みんな本当に蛍見る為に集まってたみたいで、あっさりと諦めて酷く降らない内に、って
ぱたぱたと帰っていった。
オレ居ていいのかな〜と思ったけど、もうお布団も用意してあるし、なんて言われたからいいかな。

で、こうやって、塔矢ん部屋で布団並べて、二人して浴衣のままもそもそとおにぎり食ってる訳だ。


「・・・旨いな。」

「ああ。」

「あ・・・茶碗取って。」

「ああ。」


そりゃ塔矢先生やおばさんと一緒に食卓囲むのも気ぃ使うけどさ。
碁盤もなしにこうやって塔矢と向かい合ってるのも何つーか、ちょっと緊張するような。


「進藤。」

「ん?」

「今日は、済まなかった。」

「へ?何が?」

「何って。蛍が見られなくて。」


え?
ああ・・・って、別にそれっておまえのせいじゃないじゃん。


ざ――――・・・

・・・・ごろ・・・・・・ごろごろごろ・・・・・・


雷のせい。
オレ達を閉じこめている、雨のせい。


でも、どう答えていいのか分かんない間に沈黙は流れて、ああそのまんま
「別におまえのせいじゃないから謝らなくってもいいと思う」って言やぁいいじゃん、って
気が付いた時にはもう何を言っても取り繕ったみたいに聞こえてしまいそうな間が経ってて。


「・・・・・・。」

「・・・・・・。」


やっぱり、気詰まりだ。

あ、そうだ!
デイバッグをごそごそと引き寄せる。


「?」

「ちょっとだけど酒持って来たんだ。」


お土産のつもりだったのに、出すの忘れてた。またタイミング逃してるし。


「おい、まさか飲むつもりか?」

「うん。いいじゃん、蛍の代わりだよ。」

「・・・・・・。」


何で蛍の代わりが酒なんだ、とか絶対言い返すと思ったのに、塔矢は黙った。
なんか・・・リアクションが予想つかない奴だ。


お茶入れる茶碗に酒を注ぐと、なんか親戚のおっさんになった気分になる。
塔矢の方にも差し出すと、黙ったまま自分の茶碗を持ち上げた。


とくとく・・・


いい音。
米の甘い匂いが立ちこめる。


「じゃあ・・・乾杯。」

「乾杯。」

「おう。」


何に乾杯?
蛍が見られなかった夜に?
二人の浴衣姿に?

ばからしい。

見ていると塔矢はぐい、となかなかの勢いで茶碗を傾けた。
オレも真似して口に含んだらほっぺの内側が燃えるように滲みて、
ヤバッと思って慌てて飲み込んだらげほげほと咽せた。


「大丈夫か?」

「だ、大丈夫大丈夫。ちょっ、」


気管に入っただけ、って言おうと思ったらまた咽せて、格好悪いことこの上ない。
それでも塔矢は見なかった振りをして、また茶碗に口をつけた。


「あ、あのさ。」

「うん?」

「さっき何に乾杯って言わなかったろ。」

「ああ。」

「この稲妻に、」


言った途端にまた一瞬電気が暗くなって、2〜3秒後にゴロゴロピシャッ!って凄い音がした。


「ああ、それなら。」


そう言って塔矢が立ち上がり、豆電球を残して電気を消した。
座ると共に、障子が真っ白に光って、また雷鳴が響く。
そして闇。
って結構怖いんだけどさ、塔矢の前でそんなトコ見せられないし。


「オレ達って凄く風流だな。」

「そうだね。風流だね。」

「じゃあまた乾杯。」

「ああ、乾杯・・・こぼすなよ。」


薄暗がりの中、何故か塔矢と交わす酒。
変だなぁ、何でこんな事になってんだろ。


「そうだ、」

「ん?」


今度は塔矢が何かを思い付いて、立ち上がった。


「本物の蛍は見られなかったけど。」


部屋の隅でごそごそと探して、箱のようなものを出してきた。


「わ・・・何?これ。」


小さな小さな緑色っぽい光がいくつか、うっすらと不定期に点滅している。


「え、まさか蛍?!」

「まさか。」


塔矢が笑う気配がする。


「生きている蛍を世話する自信なんてないよ。」


箱の中から木の枝ごと取り出して、盆に乗せる。
発光ダイオードの人工ホタルなんだって。

でも、部屋の中で蛍狩りなんて、


「やっぱオレ達って風流だよな。」

「そうか?ニセモノだよ。」

「だからこそじゃん。」

「そうかな。」

「そうだよ。」

「なるほど。」


何て言うか、上手く言えないけど、ニセモノって分かってても愛でる事が出来るっていうか
そのチープさが愛おしいっていうか、外は嵐なのに、って、何かそういう感じが説明しなくても
多分通じてて、そういうのって凄く心地良い。


「じゃあ、乾杯。ニセ蛍に。」

「乾杯。」


オレも大概酔ってきたけど、塔矢もだいぶキてるらしい。
ごそごそと気配がして、胡座をかいたみたいだ。
塔矢って遊びの対局ん時でも、絶対足崩さないから胡座かいてんの見たの、初めてかも。
しかも、浴衣。

オレの浴衣はベージュ地に紺で大きな柄が入ってる。
ちょっといかつい感じがしないでもないけど、それも気に入ってる。

塔矢の浴衣は紺か深緑の細かい格子柄で、ほとんど一色に見えるけど、高いんだろうな〜って
オレにも思えるような上品な柄だった。

だけど、何かに似てるんだよな〜。
って意識するともなく思ってたんだけど。

襟から、膝から覗いた白い肌。
浴衣の色・・・。


「あ。」

「何だ?」

「その浴衣の色、何かに似てるってずっと思ってたんだ。」

「ふうん。」

「海苔だよ。」

「海苔・・・食べる?」

「そうそうそう!おまえのシルエットが三角形になったから分かった。
 今のおまえ、すっげーコンビニおにぎりに似てる。」

「・・・・・・。」


自分でも何言ってんだ?って思う。
思いながらも面白すぎて、げらげらと笑う。


「なんでおにぎりじゃなくてコンビニおにぎりなんだ?」

「おにぎりってのは・・・。」


さっきおばさんに貰ったようなので、角がとんがってないしそんなに海苔で覆われてないし。


「おにぎりの方がいい。」

「酔っぱらってるな?おまえ。」

「酔ってない。キミこそ酔ってるだろう、ボクがおにぎりじゃなくてコンビニおにぎりだなんて。」


自分が酔ってるのは認める。
さっきから何言ってんのか自分でも分からない。
でも塔矢だって酔ってるだろ?間違いなく。


「コンビニおにぎりだなんておにぎりのニセモノみたいじゃないか。」

「そこがいいんじゃん。」

「そうか?」

「そうだよ。」

「じゃあ、乾杯。コンビニおにぎりに。」

「乾杯。」


また干すと、こめかみがどくどくと鳴った。
一秒毎に、顔が膨らんだりしぼんだりしてるみたいだ。


ざ――――・・・


いつの間にか雷は遠ざかって、雨の音ばかりが響く。
時々障子が少し光るけど、その音はほとんど聞こえない。


「塔矢。」


よろけながらいざり寄って、黒い浴衣を軽く押すと布団に俯せに倒れた。
それでも起き上がるそぶりを見せず肩越しに見上げる横目が遠い稲妻にピカリ。


「何だ?」

「コンビニおにぎりだったら、海苔を剥いて食べなきゃいけないかと思って。」


襟をぐいっと引っ張ると、肩が剥き出しになる。
白いな〜ってしばらく感心してから顔を近づけて、歯を立てるとびく、と震えた。
唇をつけると少しひんやりしていて、嬉しくなって熱い頬をぴたっとくっつける。
すべすべしていて気持ちいい。

塔矢はどうして抵抗しないんだろうってちょっと思ったけど、酔ってるからだろうな。
別にいいや。

首の後ろを舐めて、唇で髪を挟んでざり、ってさせて。


「・・・これも風流なのか?」

「風流だよ。」

「そうか。」


着物を脱がされて発光ダイオードに照らされたおまえは、
美味しいニセモノおにぎり。
キレイなモノクロ映画の女優。
ニセモノの恋人。


「どうして急にボクが恋人なんて事に?」

「風流だから。」

「そうなのか。」

「そうなんだ。」


口ではそう言いながら、どうなんだろ、と思いながら、今日はまだ全然碁の話をしてないや、と気付いた。








−了−








※書いてる私は素面。え、うそん。






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