060:轍(新) 一度だけ・・・。 そう、過ちを犯した事がある。 今思えば過ちという程の事ではなかったかも知れない。 けれど当時のボクには、取り返しの付かない、この世が終わったと思えるような 出来事だった。 14歳の終わり。 進藤と二年四ヶ月ぶりに対局して。 昼休み、集中していた所を話しかけられてsai の事をほのめかされて。 追いかけた。 いつもの昼なら対局場から出もしないのに、エレベーターの中にまで 入り込んだ。 そして言い争いになって。 ・・・よくニュースで「『口論になりカッとしてやってしまった』と供述」などという フレーズを聞く。 「何だそれは」とよく思っていたものだが、この時ボクは痛いほどそれを 実感してしまった。 その後二人して狭い匣の対角線の端に立ち、唇を拭いながら ボク達は終始無言だった。 一階に着いて扉が開くまで、実際には僅かな時間だったのだろうが 随分長く感じたのを覚えている。 結局その時は事なきを得た。 多分二人とも「なかった事」にしてしまったのだと思う。 その後の昼休みどう過ごしたのかは朧だが、対局が終わった時にはお互い あの事はすっかり忘れたように、検討に熱中していた。 だから、進藤にとってそれは幼い日々の訳の分からない過ちの一頁に 過ぎなかっただろう。 けれどボクにとっては人生の大きなターニングポイントでもあった。 気付いて、しまったのだ。 それまでは全くと言って良い程自覚はなかったのだが。 ・・・ボクは、同性にしか欲望を持てない人種だった。 男と唇を合わせて意外なほど嫌悪感がなかった事に驚き 自分の心の淵をじっくりと覗き込んでみて初めて自分の性向を知った・・・。 きっかけは進藤とは言え、勿論進藤とどうこういう事はない。 ボクにも好みというものがあるし、というよりは職場の人間は身近すぎて そういう気持ちになれないというのが大きかった。 トラブルが起こった場合面倒だというのもある。 そしてボクは夜の街を彷徨い始めた。 ・・・最初の男は安っぽい外見だった。 まだらに茶色くて変に光る髪、無駄に大振りなネックレス。 ヴィンテージのナイキだと、聞いてもいないのに着衣の説明をしてきたのは 擦れた袖口の言い訳だろうか。 当然のように、恋愛感情など湧く筈がなかった。 先方も同じだったと思う。 人種が違う。 余程の事がなければ近づかずに人生を歩んだ方が無難だと、 これまでの経験から、あるいは本能的にお互い身に沁みているタイプ。 彼に連れていって貰ったのも、全くボクの守備範囲外の店だった。 狭くて暗くてごちゃごちゃしていて洋楽がうるさくて。 でもそれはそれでアメリカ映画の登場人物になったようで少し面白い。 それに、少しでも彼と話すと絶望的なズレに居たたまれなくなったので ゆっくり話も出来ない、けれど何となく盛り上がれる時間を共有出来るそんな店は 案外良い選択だったと思う。 そう。 そんなにあからさまに「合わない」事がお互いに分かっていても、ボク達はその夜 「する」つもりだった。 スマートにさり気なく別れて他のもっと合う相手を探す、などという事は 当時のボク達には気が遠くなる程迂遠な作業だった。 つまり世間で言う「やりたい盛り」だったのだろう。 その一点に於いてのみ共感できたボク達は、店を出て場所の件で少し議論した後、 すぐに派手で狭いホテルに移動した。 シャワールームに入ると彼も無意味にはしゃぎながら着いてきた。 石鹸を泡立てながら妙に体を寄せてきて、勃起した自分のものを擦りつける。 犬みたいだ・・・そう思うと少し笑えた。 「フェラった事ある?してくれる?」 「ケツオッケー系?」 曖昧に頷くと、ボクの頭を押さえてしゃがませ、口に押しつけて。 石鹸の指をいきなり後ろに潜り込ませて来て、出す物があったら出せと言う。 色々な面で辟易したが。 傘を持たずに外出した時、降られ始めはどうしようもなく不快だし 出来るだけ濡れたくないと思う。 けれど屋根もない場所で降られて完全に濡れそぼってしまったら、 逆に雨粒を受けるのが楽しくさえなって来る。 それに似て、ボクは命令されたり下品な事や汚い事をするのが 嫌ではなくなって来ていた。 偽悪・・・かも知れない。 その晩、ボクは生まれて初めて男の物を舐め、 生まれて初めて男の物を精液ごと受け入れ、 生まれて初めて生まれて初めて快感に声を出し、 生まれて初めて人前で射精し、 生まれて初めて煙草を吸った。 彼の名前も知らないしそれ以降会わなかったが、今思うと どうしてあんなに怖い事が出来たのだろう。 健康診断の折にこっそりとHIV感染の検査も申し込み、結果が出るまで ボクは胸を撫で下ろすことが出来なかった。 とは言えハメを外したのはその一回きりだ。 その後は相手のペースに巻き込まれたフリはしても冷静さを失わなかったし 嫌な顔をされても必ずゴムを使った。 ボクに、セーフティセックスについて説いてくれたのは「トオル」で通っている 人だった。 一夜限りの心を伴わない肉体の接触には虚しさを感じずにはいられない。 彼との経験で飢餓感が薄れたボクは、ゲイの集まる店に行くようになった。 そこでは「その夜の相手」が見つかると限らなかったが、常連なら何となく 信用が置ける。 それに自分でも驚いたがすぐに何人かの友だちらしき人も出来、 その中にトオルさんもいたのだった。 彼を含め、その店にいるゲイは一様に心優しい。 偶には女性や嗜好の違うゲイを口汚くこき下ろす事もあったが、どこか愛嬌があって 嫌味がない。 親戚の叔母さんや姉のように、ボクの事を「アキちゃんアキちゃん」と呼んで 可愛がってくれた。 ボクと出会った当時、彼・・・いや「彼女」と呼んだ方がいいかも知れないが、 トオルさんは一人の男性と一緒に暮らしていた。 もう長かったらしい。 だが、数ヶ月して別れたと聞いた。 「あんな男、こっちから願い下げだわ」 決まり文句を吐き捨てていたがすぐには思い切れなかったのだろう。 しばらく店に顔を出さなかった。 そして「トオルちゃん、どうしたんだろうね」というのが常連の挨拶がわりになった頃、 何と新しい彼氏を伴ってやって来たのだ。 元々恋多き人なのだろう。 そんな人が何故、一人と長く続いたのか。 本人に言わせると偏に「ミバ」で、一緒に出歩くと「ゴージャスじゃない?」 というのが理由らしい。 確かに前の相方さんは背も高く、派手ではないがバランスの取れた目鼻立ちで よく見れば男前、という部類だった。 加えて筋力トレーニングが趣味だというだけの事はある引き締まった体をしている。 何故ボクがそこまで詳しいかと言うと、彼等が別れる少し前 マンションに鍋に呼ばれて彼と会ったから。 ・・・そしてトオルさんの後、野良猫のようにその後がまに滑り込んだから。 彼は居心地のいい人だった。 ボクの事を「清潔」と言い、キレイだ、一番好きだと繰り返した。 けれどボクはトオルさんに聞いて知っている。 彼もある部分トオルさんと似て、気の多い人なのだ。 似た者同士の二人は、派手な喧嘩を繰り返しながらも離れる事は なかなか出来なかった。 でも結局は別れる運命だったのだろう。 しかしボクなら。 自分でも恋愛体質ではないと思う。 トオルさんのように「燃えるような恋がした〜い」と思うこともないし すったもんだの修羅場なんて絶対にごめんだ。 彼等と正反対の性質を持ったボクなら、上手く行くのではないかと思っていた。 それに、普通なら「合わない」彼のような人と気軽に付き合えたのは どこか緒方さんに似た面影があったから・・・。 緒方さん自身に対してそういった感情は全くない。 けれど、半分一緒に暮らしても彼に対してアレルギー反応が出ないのは やはり幼い頃から接している人と近い人種だからなのだと思う。 セックスは、やはりどこか自分勝手だとは思ったがかなりよかった。 彼に「開発」されて、ボクはベッドの上では一切の社会性を捨てて 快楽の奴隷になる事を覚えたのだ。 ボクは二人を高ぶらせる声を、淫らな仕草を誘惑を、身に付けた。 けれど。 楽しい日々は長くは続かなかった。 トオルさんが「アンタきっと後悔するわよ」と言っていた通りだった。 (意外にもトオルさんはボクに対しては以前と変わらず接してくれていて けれどそれはボクもそれなりに気を使っていたのを評価してくれての事だと思う。) 最初の喧嘩は、詰まらない事だがボクが一緒の外出を拒んだ時だったと思う。 「ゴージャスな」彼と出歩くのを楽しんでいたトオルさんを慮んばかって 彼と遊び歩くのは控えたかったのだ。 もちろん何かの拍子に棋界の人と出会わないかという危惧もあったが。 そして、一番困ったのはボクの碁の勉強を彼が嫌がる事。 「そんなのオレがいない時に済ませておけよ」 それが出来る時もあれば出来ない時もある。 多くのサラリーマンと違って、プロ棋士というものは四六時中碁のことを 考えている程でなければやっていけない職業なのだ。 ボクが色んな人と対局するのも気に食わないようだった。 最初はそれを冗談で「浮気」と言って楽しんでいたようだが、だんだん 本当に嫉妬するようになってきたらしい。 いくら職場の人とはそういう気になれないと言っても、二人きりで長時間 盤を挟んで向き合っているのは「いかがわしい」と。 「・・・どうした?」 向かいに座っていた進藤が急に顔を上げた。 「え?」 「おまえが打ってる最中に溜息吐くなんて珍しくね?」 「あ・・・ああ。すまない」 「謝んなよ。どうしたのかと思っただけだし」 碁会所で、ついつい熱中して二局目も打ってしまった。 ふと時計を見て、彼が帰って来ている時間だと思った時に無意識に 大きな溜息が漏れてしまったのだ。 これは一悶着覚悟せねばなるまい、と。 かと言って早く帰りたい訳ではない。 どちらかというとここで進藤と心ゆくまで打ちたい。 けれど、彼と別れたい訳ではなかった。 ボクが以前と同じくらい碁に時間を割いても、彼が笑って迎えてくれたら。 「・・・何でもないよ」 「そ?ならいいけど。最近おまえ付き合い悪りーし」 「ボクもキミともっと打ちたいんだけどね」 目の前の男には、この境遇は分かるまい。 色々な世界を見たボクには既に幼く見える脳天気な顔。 碁を選ぶか彼を選ぶか、彼に変わって貰うか。 勿論碁を捨てるという選択肢は最初からない訳だが、ボクは一つの岐路に 立たされていた。 ・・・・・・けれど結局それは悩むまでもなく「解決」してしまった。 その晩、案の定口論になって。 それまでも何度も言い争いをしたが決して別れようなどと言い出さなかった彼が、 遂にそれを口にしたのだ。 信じられなかった。 ボクの事を一番好きだと言っていたのだから、きっとすぐに謝って来ると思っていた。 そしてセックスしてなしくずしに仲直り。 そのパターンだと思った。 けれど彼は冷たい目をして。 何も言わず、出て行ってしまった・・・。 携帯に電話しても取ってくれない。 彼の行きそうな店で聞いても消息が掴めない。 数日、そのまま部屋で待ち続けたが彼は戻ってこなかった。 最後に無言電話があったがすぐに切れて、ボクは彼に出て行くのを 待たれていると知った・・・。 公式対局にも集中出来なかったのは実家に戻って二週間ほどだった。 とは言っても戦績が悪かった訳ではない。 結果としては勝っておかしくない対局を一つ落としただけだ。 けれどボクにしては立ち直るのが遅かったと思う。 ボクはトオルさんと違って新しい彼氏を伴う事もなく、例の店を訪れた。 みんなは、何も言わず慰めてくれて。 完全に思い切ったつもりだったが、少しだけ泣けた。 その次の週末、トオルさんと相方さんがあるパーティに連れて行ってくれた。 ボクの気分を盛り上げるか、新しい男を紹介してくれるつもりなのだろう。 正直あまり気は進まなかったが厚意は無駄に出来ない。 それは少し変わったパーティで、仮面舞踏会と言うのだろうか みんな妙な仮装をして顔にマスクをかぶったりこってりと派手な化粧をしていた。 ドラキュラ。 露出度の高い魔法使い。 動物。 革の手袋をはめたピエロ。 ドラァグクイーン。 女装している人も多いが全員男だと思うと面白い。 こんなに人の多い所で、うっかり彼と会ってしまったらどうしようと思ったが これなら安心だ。 ボクも広い会場の隅を通って裏手に連れて行かれる。 そして、紺の身頃に薄青い膨らんだ袖がついていて長いスカートはクリーム色という 奇天烈なワンピースを着せられた。 最後に頭に真っ赤なリボンを結ばれて、口にも同色の口紅を塗られる。 「これは・・・」 姿見に映る、どこかで見たような少女。 「パーティーはテッチャンの奢り、衣装は私の奢りよ。貸衣装だけどね」 「はぁ、ありがとうございます・・・じゃなくて」 「それにしてもアキちゃん色が白いところへ髪が黒いから似合うわぁ! 前から着て欲しかったのよね。ディズニーはお嫌い?」 ・・・まさか自分が白雪姫になる日が来るとは思わなかった。 「行こう!」 顔の上半分を覆う銀色の仮面をつけられ、手を引かれる。 会場へのドアを開けると光と喧噪が耳も脳も焼き尽くした。 大きな音で音楽が鳴っている。 みんなが声を出して笑っているような気がするが、何が可笑しいのか分からない。 けれどボクも何だか愉快な気分になってきた。 踊っているような、揺れているような輪の中に入る。 「スノウホワイト!」 声を掛けられ振り向いて笑顔で手を振るが、多分知らない人だろう。 お尻や胸を触ってくる手をはたき、頬を膨らませて怒ったフリをする。 それでも笑いが止まらない。 調子に乗った「狼」に抱きかかえられ、喉を反らして狂ったように笑い続けた。 笑いながら、会場の周囲を囲んでいる黒いカーテンが所々 不自然に揺れているのに気付く。 ・・・ああ、そうか。 本当はもう一回り大きな部屋なのだろう。 そこを壁から少し離してカーテンを巡らせ、恐らく中も少しづつ 区切ってあるのだと思う。 ボクを抱いた男が壁に向かった。 ゴム、持ってたかな、と少し考え、そう言えばトオルさんが会場に入る寸前 ポケットに滑り込ませてくれていたな、と思い出す。 男は揺れていないカーテンを少しめくって「失礼、」と言い、 次の場所に向かった。 と。 その時、目の前に別の男が現れる。 ボクはその格好を見てまた大笑いしてしまった。 金色のカツラにプラスチックの王冠。 目元は黒いマスクで隠してあり、服はボクと同じように青い身頃とパフスリーブ。 違うのは、下半身の白いタイツ。 脚にぴったりと貼り付いたそれの、股間の辺りはタオルか何かでコケティッシュに 膨らませてある。 誰がどう見ても西洋風のバカ王子で、生地の感じなどからして 恐らくこの白雪姫の衣装と対か、少なくとも同シリーズなのだろう。 「待て!白雪姫を目覚めさせるのは王子の役目!」 喧噪の中で、叫んでやっとこちらに声が届く。 「狼には赤ずきんだろう?」 ボクを抱いていた狼は、少し迷ったようだが結局笑いながらボクを下ろした。 こんな所で争うのも野暮だと分かる程の人だったのだろう。 対して、ボクを手に入れて満足そうに笑う王子は子どもっぽい。 まあいいか。 どうせ誰とも分からないのだからどちらでも構わない。 ボクが苦笑すると、王子はぐいぐいと手を引っ張って、隅のカーテンをめくった。 そこは先程と違って「当たり」だったらしく、すぐにボクを押し込む。 仮面を外そうかどうしようか迷ったが、王子は仮面を外さずすぐに キスをしてきた。 何か、少し懐かしい。 若い男だな、と思った。 それから王子はしゃがんでボクのスカートを捲り上げ、中に潜り込む。 直接脚に触れられるのがくすぐったいと思っていると、目の前のスカートが 王冠型にもりあがって来てまた爆笑してしまった。 王子がスカートの中で王冠をかなぐり捨てる。 そしてボクの内股を舐めた後、下着をおろした。 スカートがもぞもぞと蠢き、見えない舌に性器を嬲られるのは妙にエロティックで ボクはすぐに脚を開いて大きな喘ぎ声を上げた。 「エロいね。エロい体で、エロい声」 スカートから出た王子は、今度はボクを壁に向かわせてスカートの後ろをめくり 覆い被さって耳元に囁く。 ボクは俯いてくくくっと笑い、脚で下着を脱ぎ捨てた。 その際、転がっていた王冠も踏まないように蹴って隅に追いやった。 ああッ!あ、あ、 ・・・いい?気持ち、いい? うん、あ、あん、もっと・・・もっと、 ・・・あんまり煽んないで・・・もうダメ・・・ ボクも、ボクも、イきたい、あ、イく・・・あああ・・・ 一緒に、いこ、 正直、彼の技術や何やが素晴らしかった訳ではない。 けれどその勢いと、このいつ誰に覗かれるか分からない状況、 隣から漏れてくる声、スカートを捲り上げられての不自由な体勢に 倒錯的な快感を覚え、これまでにない程感じた。 終わった後、二人ともぐったりして抱き合ったまま床に転がってしまったが 外に出るのも何となく惜しくて、そのまま二回戦目に突入する。 もう衣装もぐちゃぐちゃだ。 クリーニング代はボクが払わねばなるまい。いや弁償か。 それでも淫らな王子と白雪姫は絡みつづける。 今度は正常位なのでお互いに向き合えた。 王子は、ボクに入れたまま顔を近づけて来る。 「ああ、すげ・・・。今までで一番いい・・・」 「ボクも・・・」 腰が撓められる。 少し痛い。 彼も辛いだろうに。 けれどその痛みさえも快感にすり替わって。 舌を絡め合う。 よがり声が飲み込まれる。 「どうしよう、」 「なに、が?」 目が、汗が、息が、心臓が。 中で彼が動く。 先程とは違い、今度は前立腺に直接強くこすりつけられているようで 痛みに近い程の快感にちりちりと脳が灼かれる。 熔ける・・・。 やがて爆発するような感じではなく、精液が押し出された。 じわじわと、それでも目の玉がひっくり返りそうになる程の恍惚。 先方も極まったように激しく動きながらめちゃくちゃにボクの唇を貪っ・・・。 ・・・・・・!! ・・・ずれた、仮面に視界を遮られ、 苛立ったようにカツラごとむしり取る王子。 ナイロンの、ブロンドの下にも金色。 それは、よく見知った・・・・・・、 ・・・・・・、 ・・・萎えても良かったのに、結局訳の分からない快感に翻弄されてボクは 声を上げながら再び達した。 終わった後も抱きしめられて呆然と考える。 ボクも、仮面を取るべきか。 それとも。 素顔を曝した王子は照れたように笑って開いたままのボクの脚を 股間に入れていたタオルで拭いてくれる。 その上にスカートを掛けて優しく撫でた。 ・・・そんな、爪のすり減った見慣れた指で。 「ねえ白雪姫。オレたち、これで終わり?」 「・・・・・・」 「あ、あのオレ怪しくないから!後で身分証見せるし!」 「そんなに、簡単に信用していいの?」 普通に話しているようだがやはり外がうるさくて、ボク達はやや怒鳴り合うような 状態だった。 彼はまだボクに気付いていない。 「うん。こう見えてもこの世界長いし。信用出来る奴かどうか位分かるよ。 それにカラダの相性もバッチリだし。今アンタを逃がしたらオレ絶対後悔する」 決まりきった口説き文句のようだが、彼が言うと何故か信憑性があった。 ボクは、これ以上彼を騙すような事が出来なくてゆっくりと自分の仮面を取った。 それからボク達はその狭い空間でたっぷり三分間は沈黙していたと思う。 その間二度、カーテンが開いたがすぐ閉じた。 昔キスしてしまったエレベーターのように、強制的に時間を切ってくれる 鉄の扉がないのが恨めしい。 「う・・・そ・・・」 「うん・・・」 やがて呻いた進藤。 何が「うん」なんだと思いながらもそれ以外何も言えなかったボク。 「取り敢えず・・・着替えようか・・・」 進藤と別の、着替えた場所に戻ると丁度トオルさんもいた。 「あら。長いこと見ないから黙って帰っちゃったのかと思ってロッカー見に来たのよ」 「そんな事しませんよ」 「そう?じゃあ・・・」 ニヤニヤ笑う顔から目を逸らし、後ろを向いてワンピースのファスナーを下ろして貰う。 その時姿見の自分の顔が目に入ったが、口紅が剥がれて頬の方まで はみ出して、酷い顔だった。 進藤もこんな顔を前にしてよく真顔で口説けたものだ。 顔を拭いて、いつもの服に着替えて廊下に出る。 急に静かになるのが、白々しい日常そのもののようで少し淋しい。 けれど口ひげマリリン・モンローのままのトオルさんは気にせず着いて来た。 出口近くの壁に、普段着の進藤は凭れて俯いていた。 「進藤」 彼は、顔を上げて酷く情けない顔をして笑う。 そこには「白雪姫」を抱いていた時の情欲の色はない。 「彼?」 「はい」 「あら若いのね。付き合う気?」 どうしようもなく複雑な気分だった。 彼は棋士仲間で、とてもそんな対象じゃない。 と、思っていたのに。 共有してしまった、今でも思い出すだけで体が火照りそうになる熱い時間。 何となく兄弟としてしまったかのような気まずさがある。 「実は彼とは、以前からの知り合いなんです」 「あらぁ」 「オレ!」 進藤はまた俯いて、両手で髪の毛を掻き上げ掴んだ。 「ごめん、オレ、おまえに何てこと、」 「進藤」 「ああホントに、何しちゃったんだオレ。選りに選って」 「やめてくれ。お互い様だ」 「塔矢・・・」 「ボクだって。ボクだってこの世界に長いんだ。 キミの前に何人もの男と寝ている」 「んな事・・・言うなよ・・・」 そんな事、分かっただろうに。 「塔矢アキラ」を知っている者に見られたと思うと消え入りたくなるような 頭を掻きむしって忘れたいのにありありと思い出してしまう、自分の痴態。 「・・・事実だ。ボクは多分キミが思うほど清廉潔白な人間じゃないよ。 キミこそこんな場所に・・・驚いた」 「オレは・・・だって、昔おまえとキスしちゃってから・・・ 言えなかったけどあれが気持ちよくて。あ、オレゲイだって気がついて」 ああ・・・。 モノクロームの映画のように、無声だけれど細部まで鮮明な映像が頭に浮かぶ。 意味を為さない口論、近づきすぎる顔。 口を押さえ、出来るだけ離れて気まずそうに顔を逸らしあう二人の少年。 ああそうだったのか・・・。 あの時を境にボク達の生きる道は決定的に分かれたと思っていたけれど。 今まで出会わなかったのが不思議な位、同じ時に同じ道を歩んでいたんだ・・・。 それはまるで二本の轍のように。 平行線を描いて。 「で?付き合うの?」 またトオルさんが聞く。 彼女はボク達の関係を知らない。 一生真剣勝負をしなければならない相手だなどと想像もせず ただの同級生か職場の同僚だとでも思っているのかも知れない。 そう。 進藤はそこいらの男とは違う。 軽い気持ちで寝たり付き合ったり出来るような、そんな男達とは決定的に違うのだ。 でも。 けれど。 「・・・ええ。ボクは、そうなってもいいと思っています」 また無言で別れ、お互い忘れた振りをして日常に戻ってしまっても良かったかも知れない。 あるいは、この事について話すのはずっとずっと先に引き延ばしたい気持ちもあった。 成長していなくて情けないけれど。 「彼となら」 けれど今回はエレベーターの時とは違ってトオルさんが、 誤魔化しようのない第三者の証人がいるから。 ・・・という事にしておこうか。 こんな事を言ってしまった理由は。 「と・・・や・・・ホントに、いいの?」 「ああ。キミが良ければ」 進藤はおずおずと手を伸ばして、指先でボクの顔に触れた。 その目にはまだ不安そうな色が浮かんでいるが。 その気持ちはよく分かる。 同業者と上手く行くものなのか。 バレたりしないか。 この先別れる事があったとして、その後どうやって付き合って行けばいいのか。 それでも、キミとなら上手くやって行けるような気がするよ。 最初は・・・さっきはカラダを好きになったけれど、 今はキミが好きだと思えるよ。 「可愛くて素敵な王子様じゃない。幸せにね。白雪姫」 トオルさんに背を押され ボクはそのまま進藤に寄りかかった。 ちらりと前の彼の嫉妬深い顔が浮かんだが、 それは驚くほど色褪せていた。 −了− ※オリキャラ満載。極力薄くしたつもりなので許して下さい。 あ、でも「狼」は実は誰かだったかもね。なんつーてな。 |
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