049:龍の牙(新)








塔矢と俺と両方仕事がなくて、でも例の碁会所が閉まってたりする時は
塔矢んちに邪魔して打ったりする。
煩く口を出して来るギャラリーもいないしくつろげるから、オレとしては
実はこっちの方が嬉しい。

けど今日に限っては、碁会所の方が良かったな、と思った。
塔矢んちだとくつろぎ過ぎちゃって、うっかり油断した。


「進藤、どうしたんだ?」

「え、何が?」


オレが普段どおりにふるまえたのは、ここまでだった。


「顔色が悪いようだが。」

「そう・・・か。」


頭がふらふらして、そのまま横たわってしまったオレに、塔矢が慌てて駆け寄ってきた。






「・・・タクシーを呼ぼうか。」

「え・・・いいよ。」

「すぐに病院に行った方がいい。」

「んな大げさな。」


ちょっびっと、頭がふらふらするだけ。
風邪ひいちったかもだけど、しばらく休まして貰ったらすぐ帰るから。
塔矢は少し考えてからどっかへ消えて、枕と布団を持ってきてくれた。


「とにかく布団で寝ろ。」


やだ。
だるいし、そんな持ってきたばっかの布団に入ったら冷やっとするもん。


「いいから。」


塔矢がばふっと分厚い布団をかぶせてきた。
冷たい、けど頭の下にひんやりした蕎麦殻の枕を入れられてこっちは気持ちがいい。


「まずいな・・・リュウカンかも知れない。」


・・・リュウカン?


ゴホンといえば。

ああそれは「龍角散」か。
多分親父ギャグなんだろうけど元ネタの分かんない父親の口癖。
我が家では、風邪薬つったら龍角散の葛根湯なんだ。

そっかー。
やっぱ風邪ひいちゃったか。


「リュウカクサン・・・。」

「え?何?」


いや、何でもない。
リュウカン。
って何だろ。





それから寝たつもりはなかったんだけど、おでこに冷たいものを乗せられて
目が覚めた所を見るとしばらく眠ってたのかも。


「あ、悪い。起こしたか。」


濡れタオル、かな。
気持ちいい。けど気持ち悪い。
ちょっと胸が・・・。
吐いたら楽になるんだろうな、って感じの気持ち悪さだけど、トイレまで行くのがだるい。


「これ、有り合わせの風邪薬だけど・・・龍角散、買って来ようか?」


頭を横に向けると、これもいつの間に用意したのかお盆と水滴のついたコップ、
アルミでパッキングされた薬包。


「んにゃ・・・いい。」


情けねー。塔矢に看病されてるよオレ。

龍カン。
カンは患者の患かな。

龍の、患者。
いやいや龍だなんて、それほどでもないすよ。とか。


「じゃあ、これ飲んで。」


ぴ、とパッケージを破る音がして、口元に苦い匂いのものが寄せられた。
口を開けると乾いた唇がぱりぱりと裂けるような音がする。
何か顆粒を流し込まれて、喉まで入ってむせた。


「けふっ、けふっ、」

「あ、ごめん。ほら、水飲んで。」


だりー。
水飲もうと思ったら起きなきゃじゃん。
でも喉が苦しくて、オレはやっと肘をついて半身起き上がる。
湿った生ぬるいタオルが顔から手に落ちた。

口元まで持ってきてくれたコップの水を飲んで薬を流し込むと
驚くほど喉がすっきりして体中に染み渡っていく気がする。
そのままコップを奪って息をするのも忘れてごくごくと全部飲んだ。


「もう一杯飲む?」

「ん・・・いい。」


ばたん、とまた倒れて布団を首元に引き寄せると、タオルを水に浸して絞りなおして
くれたらしい塔矢が、またおでこに乗せてくれる。


「気持ちいー・・・。」

「そう。」


・・・よく考えたら、これってかっなり悪いよな。
他人んちで勝手に倒れて、こんなに看病までしてもらっちゃって。
迷惑かけてごめん。
でも
塔矢って、怖い奴だけど案外優しいのな。


「とーやー・・・。」

「うん?」

「・・・りがとな。」


おまえがこんなにイイ奴だって知ることが出来たのは
怪我の功名ってか今回の唯一の収穫かも。

『男は強くなければ生きていけない。
 優しくなければ生きていく資格がない。』

・・・そうだね、パパ。
塔矢って強いから優しいのかな?

龍だ。恐いけれど優しい、まるでおとぎ話の龍。


「そんなにしおらしいキミを見ると、」


リュウカン。は、龍の看護士さん。
なんちゃってね。
えへへ。それもなんか贅沢。



「・・・たくなるよ。」



ん?なんか、言った・・・?


見上げた塔矢の瞳が、どういう光線の加減か緑色に光って見えた。
笑った口の端から見えた犬歯が、いつもより長く見えた。







−了−







※危機的状況。
  流感は流行性感冒。念のため。






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