047:ジャックナイフ








後で聞いた話によると、塔矢は指導碁のつもりで出掛けたらしい。
が、実際着いて見ると・・・それはヤクザの賭碁の代打ちだった。





「塔矢・・・。」


呼び出されたその部屋は、入った途端にムッとする臭いで充満していた。
青臭い・・・オレにも覚えのある臭い。

そんな事気にも留めない様子で何人かの男が堂々と素っ裸で、
あるいはシャツだけ、ズボンだけ履いて煙草を吸ったり酒をあおったりしている。

塔矢はと言えば、真ん中の大きなベッドの上で仰向けに横たわっていたが
手足が変な方向に曲がっているのと、その汚れ具合でゴミ捨て場に捨てられた人形のように見えた。





男達は、塔矢が代打ちを断って彼等の上役の「顔に泥を塗った」事、
焼きを入れる為に本来なら指の一本でも貰う所だが、プロ棋士であり子どもでもあるから
こういう形にした事・・・そして、塔矢がオレに助けを求めた事を簡単に説明して
去っていった。
一時間以内に後始末と掃除をして出て行け、と言い残して。


男達がいなくなって、初めて滅茶苦茶緊張していた事に気付く。
短時間に凝った肩を回しながらベッドに近づいたが、塔矢は動けないようだった。


ドロドロでくしゃくしゃのシーツ。
胸や顔だけでなく、髪にも白濁した粘液がべったりとついていて、汚い。
特に開かされたままの足の間は汚くて、精液だけでなく、血や排泄物らしいものも
滲みていた。

便所だ。
公衆便所だ。
オレは悪感がしてえづきそうになった。


でも塔矢は、そんな状態でも顔はいつもの塔矢アキラのままで、
オレと目が合っても顔色一つ変えず「面目ない。」とでも言いたげに
あの塔矢アキラの微笑みを浮かべた。

・・・それが、何故か苛々して、痛々しくて、ムラムラして。

オレは黙ったまま自分のジーンズのファスナーを下ろし、半分勃起した物を取りだして
塔矢の口に押しつける。

既に精液にまみれていた顔で、意外にも抵抗無くオレのものを受け入れ
上手に歯を立てずに吸った。
それで何だか無性に泣きたくなってオレは歯を食いしばり、塔矢の髪を掴んで
強引に出し入れする。

飛沫を、塔矢の口めがけて飛ばしたが、避けも飲みもしなかった。






帰りのタクシーの後部座席で、塔矢はまだ辛そうにシートに体重を預けていた。
部屋のシャワーできれいにしたつもりだが、まだ匂いが残ってやしないかと、
オレはその髪に鼻を埋める。

シャンプーの匂いしかしない。


「・・・どうして、オレを呼んだの?」

「・・・・・・。」


「立て。」とか「帰るぞ。」とかいう事務的な言葉以外で、今日初めて掛けた言葉。
でも、塔矢は答えなかった。

代わりに物憂そうに鞄のポケットに手を突っ込んだかと思うと、片手に収まるほどの
平たい銀の筒のようなものを取り出した。


「?」

「・・・護身用・・・。」


次の瞬間、カショッ、と音がして、筒の横手から勢い良く刃が立ち上がったと思うと
筒を柄にしたナイフの形になり、それを認識すると同時にそれがオレの横腹に押しつけられていた。


「・・・!」


ぎらりと凶悪に光る、鋭く美しい刃。
オレは、硬直する。
運転手も息を呑んだのが、分かった。


「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・ふふ。驚いた?」


しばらくオレを脅かした後塔矢はナイフを離し、馴れた仕草で刃を納めた。
オレは急いで腹を見たが、シャツも切れていない。


「こんな物を持っていたって、いざとなってもキミを刺す事すら出来ない。」

「・・・・・・。」

「僕は、あまりにも、無力だ・・・。」


ナイフを納める手に、ぽた、ぽた、と雫が落ちる。
慌てて塔矢の顔を見たけれど、やっぱりいつもの塔矢の顔で、
ただその目から透明な水が流れているだけだった。

すごく、きれいだと思った。


「弱すぎる・・・。」


そんな事、ない。


どんなに恐ろしくても屈せず、
どんなに汚されても汚れず、
どんなに口惜しくても相手を傷つけない。


決して血に染まることのない美しい刃を秘めたジャックナイフは、
何者にも褥されることのない塔矢自身のようだと思った。






−了−






※落としたり持ち上げたり。
  実際はジャックナイフ携帯は非合法ですよ。確か。






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