011:柔らかい殻
こんな夢を見た。
ふと、気が付くと。
ボクは随分窮屈な場所にいた。
横たわっているのだが、布団の中ではない。
そして全体に薄皮一枚に包まれているように、手足の感覚が何だか鈍い。
両側に圧迫感があり、よく分からないが上も狭いのではないかと思った。
寝心地が悪い訳ではないのだが、枕が異様に冷たい。
足元からも冷気が滲み入って来て、その寒さだけがやけに応えた。
静かではあるが、何かを隔てた所に大勢の人の気配を感じる。
誰も何も言わない。
ただ、時折衣擦れと、静かな静かな沢山の呼吸の音が微かに聞こえるような気がした。
他には
・・・・・・そくぜーくーくーそくぜーしき・・・・・・
一本調子の低い音・・・人間の声だろうか・・・しか聞こえない。
そして、何かとても懐かしい・・・古い記憶を擽るような匂いがしていたが、正体は分からなかった。
やがてざわざわ、とやけに騒がしくなって、そこが意外と広い部屋なのだと分かった。
がた、と音がして目の前が明るくなったが、目は開かない。
瞼を通して、光が射し込んできたと思うだけだ。
・・・聞き覚えのあるような声が、何か話しかけてくる。
何を言っているのかよく分からなくて聞き返したいが、口が動かない。
そして、話しかけてくる人はどんどん入れ替わり、その度に
顔の横や体の上に、何か非常に軽いものが少しづつ置かれていく。
その度に強まっていく匂い。
先程の懐かしい匂いとはまた別だが、これもどこかで嗅いだことのあるような香りだ。
・・・花。
そう、芳香剤ではなく、生花特有の甘い香りと青臭い草の匂いが混じったような匂い。
花が。
少しづつ、ボクの体の上に置かれていく。
怖い。
どういう事だろう、そんな、切り花を人の上に乗せるなんて。
失礼にも程がある。
これではまるで。
まるで。
・・・その内またがたがたと音がして暗くなり、やがてボクは、寝ている床ごと
ふわりと持ち上げられた。
寝返りを打ちたくても打てない。
そして、もし動けたとしても恐らくそんなスペースはない。
気持ち悪い。
ゆらゆら、ゆらゆら。
大勢の人が外で何か言っている。
そう、これだけの人が集まっていて、ずっと笑い声一つしない。
・・・時折、啜り泣きのような、声が。
またあの一本調子な声と共にボクは運ばれ、少しスプリングの効いた床、
恐らく車に乗せられた。
かしゃん、かしゃん、何か金具の音がして、床が少し振動する。
恐らく、固定しているのだろう。
この・・・ボクが入った細長い箱を。
それからしばらくして、外界と遮断するようにバタン、と音がして
大勢の人声が消える。
エンジン音が鳴り、またゆっくりとボクは移動し始めた。
頭の上の方、恐らく運転席の辺りからようやく話し声や笑い声が聞こえて来て
ボクはとてもホッとした。
やっと、日常に近い空間になってきた。
さっきまでの空気は重すぎて、どうも本当の事とは思えない。
沢山の人の押し殺された負の感情の波に、ボクは押しつぶされそうだった。
このままあなたたちの世界へ。
ボクも良く知っている日常の世界へ連れていってくれ、と思っていたが、
車はしばらくして砂利道に入り、そして止まった。
ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。
かすかな足音が近づいてきて、がちゃ、と音がする。
靴が砂利を踏む音が、リアルになる。
そしてまた金具の音がして、ゆっくりと動かされる。
『っと。』
『気を付けろ。』
ごろっと、斜めにされて花の中に顔を埋めてしまう。
また真っ直ぐになって、ボクはどんどん運ばれていった。
・・・どこだろう。
最初のような、場所ではない。
人はやはり多いが最前程ではないし、もっと天井の高い部屋らしく、声が少し響く。
ざわざわ、ざわざわ・・・
・・・はんにゃーはーらーみーたー・・・
また読経。
そして、思い出した、祖母の家でよく香った線香の匂い。
やがて、聞き慣れない機械音がし始めた。
ガガガーー・・・・。
しゅうう。
がっ・・・ちゃん。
しめやかな雰囲気に似合わない、町工場のような音。
なんだなんだと思っていると、また動かれた。
ころ、ころころころころ・・・
背中の下で、何かが転がる。
車の中のように煩くなく、スムーズに滑るように移動していく。
まるでベルトコンベアーに乗せられているような感じがした。
やがて
ず・・・ずず・・・
コロの無い場所に入り、引きずられた。
と同時に、天井も随分低くなったらしく、音が全く反響しない。
どこか、非常に、狭い場所のようだ。
狭い箱に閉じこめられて、
狭い場所に押し込まれた。
これは・・・。
しゅうう・・・・
・・・・・・いやだ・・・。
・・・いやだ!
いや、やめてくれ!
ボクは、ボクは、
死んでいない!!!
燃やさないでくれ!
柔らかい殻に包まれているせいで動けないけれど、こうやってちゃんと感じ、聞き、考え、
生きているんだ!!!
碁だってまだ打てる!
いやだ、熱いのは嫌だ。
焼け死ぬのは嫌だ。
誰か。誰か。
お母さん・・・お父さん!
進藤・・・・・・!!
『待っ・・・!』
その時遠くで。
聞き慣れたような声がした。
同時に機械の音が止まる。
閉まりかけた扉が動きを止めたらしい。
『塔・・・!・・・んなはず・・・!』
ざわざわ。ざわざわ。
その後、『何度・・・』とか『納得・・・』とか、色々声がした後、
もう一度機械音がして、外界の音が近づいてきた。
ず。ずずー・・・
ころころころころ。
さっきと逆の音をさせて、ボクはもう一度天井の高い場所に、日の光のある場所に
連れ出される。
がたっ。
「塔矢!」
いきなり唾がかかる程の近さで呼ばれた。
・・・けれど、ああ・・・なんて、なんて懐かしい声・・・。
「塔矢、死んだなんて、嘘だろ?な。目ぇ開けろよ。生きてるってみんなに言ってやれよ!」
ぽた。ぽた。
顔の上に、生暖かい水が落ちてきた。
温かい手が、一生懸命頬をさすってくれて、冷たい枕に冷やされた頭がじんじんして
痛い程だ。
痛い、という感覚も久しぶりだが、何度も何度も乱暴にさすられる内に。
頬が、溶けていく。
薄い皮が一枚、また一枚と捲れて、感覚を、現実を、取り戻していくような気がする。
「!な!あったかくなってきた!今、動いた!」
「進藤くん・・・。」
「ホントだって!あったかいって!塔矢!塔矢!」
「もう・・・。」
先程濡らされた頬に、手よりもべたべたした柔らかいものが押しつけられる。
柔らかく熱いものは、やがて、ボクの唇を温めて。
溶かしていく。
睫毛にも水滴が降ってきて、瞼の間に染み込んでくる。
・・・進・・・藤・・・。
雛が卵の殻を破るように、
ボクは少しづつ、瞼を上げた。
「・・・と・・・っや・・!」
久しぶりに見た光は眩しすぎて、真っ白で何も見えなかった。
あとは、大勢の叫び声と、そして混沌。
ボクだっていつかは死ぬだろうけど。
葬式には絶対に進藤に来て貰おうと思った。
−了−
※夢シリーズは大体整合性ないんですが、今回は妙にリアルな夢を見てしまったアキラさん。
最後の二行はちょっと夢から覚めかけかな?
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