010:トランキライザー(新) オレって基本的にゲイじゃないと思うんだ。 うん。 けどな。人生って何が起こるか分からない。 冴木さんや和谷や、なんせ森下門下の若い連中で飲みに行って 大概酒入ってもうそろそろ解散かな、と思い始めた頃に 緒方さんと塔矢と、芦原さん、だっけ?塔矢門下の人たちと道端で 偶然すれ違った。 普通だったらそのまま会釈でもしてすれ違う所なのに、その芦原さんとかいう人が 冴木さんに絡み始めて・・・。 それからみんなでなんか、狭い階段昇ったとこにある小さなスナックに雪崩れ込んだんだっけ? オレの記憶はそこで途切れている。 次に意識が戻った時、まず妙にやらかくて寝心地がいい場所だな〜、と思って、 それってどこだよ、と気が付いて目を開けると。 隣に、裸で膝を抱えた人間が座っていた。 誰かが分からなかったのは、俯いて膝に額を付けてるもんで、切りそろえられた長めの髪が 完全に顔を隠してたからなんだ。 白い肌。 毛が薄くて女みてぇ。 やっぱ塔矢って顔だけじゃなくて、 ・・・じゃなくて塔矢っ!? 「・・・と、」 思わず声を上げると、その人物がぱっ、と顔を上げた。 ・・・やっぱ塔矢かよ・・・。 何故か隣に裸の塔矢がいた。 ちょっと涙ぐんでいるように見えるのは・・・気のせい、だよな? 足は布団で覆ってるけど、尻の辺りも見えてるから多分全裸だろう。 んでもって、気が付いたらどうもオレも全くの裸みたいだった。 なんで選りに選って塔矢と、裸で同じ布団に寝てんだよ、と思って慌てて回りを見渡すと ・・・これって、うわさに聞く「ラブホ」・・・って奴ですか。 必要以上に大きなベッド、紫色の絨毯、塞がれた窓。 まるで昨日行ったスナックからテーブルや家具がなくなったみたいな、 「っつ、」 光景を思い出すと共に階段を降りるときに足を滑らせて二回尻餅をついたのまで 思い出して痛みが甦り、尻たぶを押さえた。 青痣出来てっだろうな〜。 「・・・めん・・・。」 「へ?」 「ごめん。」 黙ってこちらを見ていた塔矢が、初めて出した声はそれだった。 二回目の「ごめん」の声はくぐもっている。 俯いて、向こう側を向いたから。 少し肩が震えてる。 「塔矢・・・。」 「ごめん・・・ごめん。」 えっと・・・泣いて・・・る? あの塔矢が?まさか! オレはやっと冷静に、状況を判断しようという気になった。 ラブホテル。 全裸。 消えた記憶。 謝罪。 涙。 ・・・これって。 これって、かなり、かなり、そうだよな? オレ、やっちゃった? ケツの穴が痛・・・くはないから、多分・・・オレが、やっちゃったんだ・・・。 塔矢がこんだけ謝ってくる、って事は、多分塔矢の方がちょっかいかけてきたんだろうな。 意外と結構飲んでたみたいだし。 で、まさかと思ってたらオレの方が本気になっちゃった、ってとこか。 って、うわ、これ、オレの方がごめんって感じ? いや確かに男とやっちゃったのはか〜なりヤだけど、どっちかってえと ヤられた塔矢の方が嫌だろう。 なのに泣きながら謝る。 人が良いというか育ちが良いというか。 ・・・・・・。 「ごめん・・・。」 まだ俯いたままの塔矢の髪にそっと触れると、口の中にレモンのような味が広がった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ まったく。 緒方さんも、何故こんなものを持っているんだ。 と、今更八つ当たってみた所で仕方がない。 いつも悪い遊びに誘ってくれる兄弟子に強引に連れて行かれた夜の街。 「もう、帰ります本当に。」 「あと一軒いいじゃないか。」 「電車がなくなります。」 「オレが車で送ってやる。」 「ご冗談を。」 そんな押し問答をしていないで、背を向けて普通に帰れば良かったんだ。 どうせ次の日には記憶もないんだから。 「あっれー?冴木くんじゃない!」 そうすれば、出会わずに済んだものを・・・。 振り向けばそこには、見知った数人の棋士の中に 真っ赤な顔をしてにへら、と笑った進藤がいた。 「そうそう、酒と一緒に飲むとな、」 「危ないでしょう。」 「勿論自分ではやらん。こういうのはモルモットからと相場が決まっている。」 何故か全員で転がり込んだ店。 丁度トイレに立っていた進藤の、グラスの中に溶けていく錠剤。 普段なら冗談にしても止める所だが、やはり・・・ボクも酔っていた、としか言えない。 それから帰りに会計を済ませてふらつきながら店を出る緒方さんについて 階段を降りると、先に出ていた和谷君たちが爆笑していて。 どうしたんだと聞いたら、進藤が盛大にこけた、と言っていた。 何がそんなに可笑しいんだと訝しむと同時に、やはり進藤にあの薬が 効いてしまったのか、と怖くなる。 その後はもう、緒方さんも芦原さんも放っておいて進藤につききりだった。 あの薬のせいで、と思うと居たたまれなかった。 酔っぱらった兄弟子のせいではあるが、黙って見ていたボクも同罪だ。 「きもち・・・悪りぃ・・・。」 「え、吐くのか?」 「ん・・・頭、が、」 思わず辺りを見回すが、既にみんなとはぐれていて一体ここが何処かも分からない。 「待ってろ、トイレを探してくる。」 「や・・・。も、寝る・・・。」 そのままずるずると座り込んで、ゴミの散乱した汚い地面に寝転がりそうな気配を見せたので 慌てて脇を持って支える。 「寝る・・・ねむたい・・・。」 「待て、待て!」 お誂え向きと言うのだろうか? 目の前に「ご休憩」の文字。 ボクだってそれがどういう場所かは知っている。 だが、今のボク達が求めているのはトイレと、そして清潔な寝床のある静かな空間。 ここしかない、と思った。 ぐにゃぐにゃの体を何とか部屋まで運ぶ。 ベッドに投げ出すとさっきまで気持ち悪いだの言っていたのはどうしたのか、 布団に潜り込んで幸せそうな寝息を立て始めた。 これは朝まで目覚めないな・・・。 仕方ない、ボクも付き合うか。 洗面所で歯を磨き、顔を洗って部屋に戻り、上着を脱いでハンガーに掛け 靴下を脱ぐ。 そしてベッドに潜り込むと、尻ポケットにこり、とした感触があった。 ・・・残りをこんな所に入れたっけ・・・。 ベッドサイドのコップに水を入れて、進藤と同じ錠剤を飲み干したのは気まぐれか それともちょっとした罪滅ぼしのつもりだったのか。 自分でも分からないままに、そのまま横になった。 ・・・うえ。 げ。 意識が遠のき始めた頃に、隣で不穏な音がした。 ね、寝ゲロか?! 慌てて顔を見たが、やはり安らかな表情だ。 違うのか、と思いつつもこの様子なら寝ている間にぶちまけられる可能性は 十分にあるな、と思った。 思い始めるともう眠ることなど出来はしない。 かなりの力仕事になったが、やっとの思いで寝ている進藤の服を全部取り去った。 下着だけはどうしようかと迷ったが、何かと万が一という事がある。 同じ布団で寝る以上はと、自分も全裸になった。 これでもし何かあっても、部屋にシャワーという便利なものがある。 シーツは申し訳ないが少しお金を置いておいたらいいだろう。 やっと安心してぽふ、と横たわる。 その振動で、進藤の体がこちら側に転がってきた。 ぴたりと寄り添われる素肌。 反射的に押しのけようかと思ったが・・・何だかとても温かくてすべすべして気持ちが良くて。 どういう訳かそれが男の体だという事を忘れ、抱き寄せてしまった。 起きたとき、自分が何処にいるのか分からなかった。 瞬きをする毎に頭がはっきりしてきて、ここがいわゆるそういうホテルであると思い出す。 自分でやっておいて何だが、酔いが醒めると男をこんな場所に連れ込んでしまった事が 何だかいたたまれなかった。 マットの上に座り、取り敢えず進藤が目覚めたときに何と説明しようか考えていると、 「う・・・。」 進藤が、苦しげな呻き声を上げた。 そして、布団の中で自分の尻をさすっているようだった。 ・・・・・・。 途端に、昨夜抱き寄せた感触をありありと思い出してしまった。 「人間のな、欲望を剥き出しにするんだ。」 「普段から抑制していなければ何でもないでしょう。」 「そんな奴いるものか。」 「ボクは現在100パーセント満足していますよ。」 「まさか。」 「本当です。」 「ではそれは、自分で気付いていないだけだろう。」 「自分で気付いていない欲望なんて、」 あるわけがない、と思っていたが。 だからこそあの錠剤を飲んだのだが。 その後の記憶がほとんどないのだ。進藤を抱き寄せた事以外。 あの時、本当にそれが進藤だと忘れていたのだろうか? 「ボクは今、これが進藤だと忘れている。」と自分で自分に言い聞かせて 触れたのではなかったか? ホテルの看板が見えた時、本当に他の選択肢が思い付かなかったか? 何の下心もなくここを選んだのか? ・・・全く、覚えがない。 すべてそうだとも、違うとも、言えなかった。 その時自分が何を考えていたのか、どういう思いだったのか思い出せない。 考えている内に頭が痛くなってきた。 そうしてそのまま、膝に頭を乗せてまた寝てしまっていた。 「と、」 声に意識が戻って、膝の上で小さな欠伸をしてから顔を上げる。 少しうとうとしていたようだ。 進藤は全く今目覚めた所らしく、寝ぼけ眼であちらこちらを見回している。 そうだ、ラブホテルにいる事をどう説明しようかと考えていた所で 嫌な可能性に思い至ってしまい、寝てしまったんだった。 「っつ、」 顔をしかめてまた尻を押さえる。 ・・・ああ。やっぱり。 信じたくないが、ボクは昨夜、進藤にとんでもない事をしてしまったらしい。 それが進藤だからなのか、それとも誰でも良かったのか分からないが してしまった事はもうどうしようもない。 まだ尻をさすっている進藤から、顔を逸らす。 「・・・ごめん。」 謝って済むことではないが、だからと言って謝らなくて良いという物ではない。 やっと手に入れたライバル、ボクはこんな事でキミを失いたくないんだ。 「ごめん。ごめん。」 きっと今のボクは卑屈な顔をしている。 見られたくなくて、顔を逸らしたままで何度も謝る。 「ごめん・・・。」 進藤の返事はない。 許すことなんて、出来ないよな・・・。 ボクだって逆の立場なら、絶対に許さない。 ・・・けれど、碁打ちとしてのキミから、離れることは出来ないと思う。 だから、こんなこと、都合がいい話だけれど。 何発殴ってもいい。 許してくれなくてもいい。 ボクと、碁を打つのをやめるのだけは、勘弁してくれないか・・・。 その時、髪にふわりとした感触があった。 温かい手が、そっと頭を撫でる。 「泣くな塔矢。」 泣いてなんかいない。 けれど、その怒っていない声音は、涙がでるほど嬉しかった。 −了− ※えっと・・・すれ違い? お互いやっちゃったやっちゃった、と思いながら相手を気遣いながら上手く行くんじゃないでしょうか。 誤解が解ける日が楽しみです。 薬は普通の精神安定剤です。 勿論酒と一緒に飲んじゃあいけません。 |
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